復帰50年 県民大会開催される 大城 貴代子

沖縄は本当に変わったか?

 

沖縄県女性団体連絡協議会前会長 大城 貴代子さん

 

 

 

「沖縄病」に罹った私

 私は、山口県の出身です。うちなーんちゅになって68年になります。
 まだ復帰前の1963年、沖縄から訪れた青年団との交流の時のことです。「沖縄の青年たちは、何を青年団活動でやっているの?」と聞きましたら、「復帰運動」と言ったのですね。「復帰運動」?それ何という感じでした。私は、「ひめゆりの塔」の映画とかは学校で見に行き、奄美諸島が日本復帰したというのは、小学校の6年生の頃だったんですが、新聞を見て知っていましたが、沖縄の復帰運動のことはまったく知りませんでした。

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復帰50年 県民大会開催される 新川 秀清

戦場だったところに嘉手納基地はあるのです

 

第4次嘉手納基地爆音差止訴訟原告団 団長 新川 秀清さん

 

 

 

 

 「戦世(いくさゆー)」から77年、「復帰」から50年がたちました。
 私たち基地周辺に住んでいる住民が、これでは「にじてぃ にじららん」(耐えようにも耐えられない)ということで立ち上がって、嘉手納基地の爆音を止めろという裁判を提起してから40年です。今年、第4次の爆音訴訟を提訴いたしました。

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復帰50年 県民大会開催される

基地のない平和で誇りある豊かな沖縄をめざす

 

 

 

 

 

 沖縄の施政権返還(日本復帰)50年を目前に那覇市で4月30日、「復帰50年・基地のない平和で誇りある豊かな沖縄をめざすオンライン県民大会~屋良建議書は実現されたのか~」(同実行委員会主催)が開催された。

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「平和で豊かな沖縄の実現に向けた新たな建議書」を断固支持する

「平和で豊かな沖縄の実現に向けた新たな建議書」を断固支持する

 

自主・平和・民主のための広範な国民連合

 

 沖縄県玉城デニー知事は、施政権返還(日本復帰)50年に合わせ、「平和で豊かな沖縄の実現に向けた新たな建議書」を庁議で決定した。われわれは、この新建議書を断固支持し、わが国政府が全面的に受け入れるよう強く求める。

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経済安全保障  西 聖一

台湾半導体企業(TSMC)の熊本進出と「台湾有事」

 

熊本県議会議員 西 聖一

 

 

 熊本県では、昨年11月に半導体受託生産の世界最大手の台湾企業TSMCの熊本県での2024年操業開始発表を受けて、産官学連携の体制整備を行うなど積極的な取り組みを急ピッチで行っている。

 これまでも、疲弊する地方の自治体にとって、企業誘致による経済の活性化は大きな施策の柱の一つとなっていた。今回のTSMCの進出は、これまでにないビッグチャンスと受け止められ、工場建設地の菊陽町だけではなく、周辺自治体もこぞって取り組みを進めるなど、波及効果の最大化を目指して動きだしている。

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食料危機と安全な食料の自給  熊本

熊本の集い 鈴木宣弘先生の熱弁に聴き入る

 

 

 食と農を考える熊本の集いが4月10日(日)、熊本市内で開かれた。農業を取り巻く厳しい状況を憂える生産者と消費者でつくる実行委員会が主催、約80名が参加した。農繁期と重なり、その上コロナ禍の中で、参加者の数が心配されたが、会場は、追加の椅子と机を出すほどになった。しかも、学生から高齢者、生産者と消費者、3分の1は女性が占めるなど、参加者の幅広さが注目された。

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食料危機と安全な食料の自給  福岡

福岡市で「日本の食と農の未来を考える」つどい

 

 広範な国民連合・福岡は、グリーンコープ生協ふくおか、福岡県教組や、種子条例制定をめざす市民グループや個人で実行委員会を組織し、4月9日、福岡市で「講演と交流のつどい――日本の食と農の未来を考える」を開催した。「食料の安全保障を考える福岡県民ネットワーク」が後援し、当日は約150名が参加。ネット配信も行われ、約50名が視聴した。

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日本の食料危機と安全な食料の自給  鈴木 宣弘

日本は独立国家たりえているか

東京大学大学院教授 鈴木 宣弘

 

 

ウクライナ危機で激化する食料争奪戦

 ただでさえ食料価格の高騰と日本の国際社会での「買い負け」懸念が高まってきていた矢先に、ウクライナ危機が勃発し、小麦をはじめとする穀物、原油、化学肥料原料などの価格高騰が増幅され、食料やその生産資材調達への不安は深刻の度合いを強めている。シカゴの小麦先物相場は本年3月8日、ついに2008年の「世界食料危機」時の最高値を一度超えてしまった。

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特集 沖縄「日本復帰」50年  玉城 愛

復帰50年に思うこと

 

うるま市 27歳 玉城 愛

 

 「復帰50年」の節目に私が考えていることはいくつかある。沖縄における性差別問題や、沖縄における「復帰運動と天皇制」についてだ。
 私が沖縄の「復帰50年」に思うことは、「特別」で「めでたく」、「喜ばしい」ことではないことは確かだ。今日も続く天皇制、第二次世界大戦末期の沖縄戦と日本の敗戦、そして沖縄の米軍政府による統治を、私は、沖縄は、忘れてはいない。「復帰50年」は、日本が沖縄を統治するために、沖縄の「節目」を装った日本政府によるプロパガンダにすぎないからだ。

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特集 沖縄「日本復帰」50年  翁長 雄治

県民が主体的に平和な暮らしを渇望して選択したのだが

 

新しい風・にぬふぁぶし 幹事長/沖縄県議会議員 翁長 雄治

 

 

 「復帰」と言うと、沖縄県内にも若い世代にはピンとこない人も多くいる。私も1987年、復帰から15年たった年に生まれていて、当たり前に日本国民として生活をしてきた。日本の憲法のもと教育を受け、医療・福祉などの社会保障制度を享受してきた。さらには、日本の安全保障における重要な役割をもつ日米安保の維持のための在日米軍施設についても、「日本国民」として当たり前の負担として、深く考えずその問題に接してきていたと思う。

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特集 沖縄「日本復帰」50年  新垣 邦男

改憲より地位協定改定が先だ

 

衆議院議員 新垣 邦男

 

 

復帰闘った親世代の思い

 今年復帰50年を迎えますが、当事、私は高校に入ったころです。復帰前の運動の印象は強烈にありますね。沖縄が日本に復帰するんだということで、大人たちが頑張って運動を進めていましたから。
 実は父が教員で、戦前も教員をやっていました。厳しい親でしたが、戦時中の教育に忸怩たる思いがあったのかもしれません。東京で学生運動の影響を受けた兄が帰ってきたときに、若気のいたりでえらそうに父を問い詰めても、父は全然反論もしないし何も言わないんです。でも、なんとなく寂しそうな顔でいたことを覚えています。

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特集 沖縄「日本復帰」50年  松元 剛

「返るべき祖国だったのか」

 

琉球新報社取締役編集局長 松元 剛

 

 

 「沖縄がこれまで歩んできた歴史の一こま一こまをひもとき、終戦以来ひたすらに復帰を願い、必ず実現することを信じ、長く苦しく、そして厳しかったこれまでの日々を思い起こすとき、県民とともに言い知れない感激とひとしおの感慨を覚えるものであります。鉄石のような厚い壁を乗り越え、険しい山をよじ登り、イバラの障害を踏み分けてついに悲願を達成し、復帰にたどりついてここに至りました。

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特集 沖縄「日本復帰」50年――日本復帰50年を検証する

対米従属の呪縛から脱却を

 

広範な国民連合顧問・元沖縄県教職員組合委員長 石川 元平

 

 

天皇メッセージの検証を

 沖縄の「日本復帰50年」を検証することは、即、日本の戦後史を検証することにもつながると思うので、勝手ながら持論を述べさせていただく。
 はじめに、「昭和天皇メッセージ」がもたらしたものについて検証したい。
 1947年9月と48年2月のメッセージはよく知られているが、50年6月26日、米国の国務長官顧問のダレスが朝鮮戦争勃発の翌日、帰米の途中に天皇に会い、そこで発せられた「第3のメッセージ」についてはあまり知られていない(中小企業組合総合研究所発行『提言』2016年5月1日号、「日米安保条約と日本国憲法」参照)。

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特集 沖縄「日本復帰」50年 ――城間幹子 那覇市長に聞く

じわじわと積み重なった平和への思い
強い気持ちで戦争を拒絶

 

沖縄で教育者として長く子どもたちを育て、教育長を経て政治の世界で活躍する城間幹子那覇市長に、復帰50年に対する思いを聞いた。聞き手は山内末子沖縄県議。(文責、見出しとも編集部)

 

城間幹子那覇市長

山内末子沖縄県議(以下、山内) 那覇市も昨年市制100年となり、沖縄県は今年復帰50周年の節目の年を迎えました。復帰当時、城間さんは何をされていたのか、お聞かせください。

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