世界の構造変化を見据えた戦略対応が求められる
『日本の進路』編集部
「アメリカ・ファースト」のトランプ大統領は巻き返しを狙って関税で世界を揺さぶっている。「米国による戦後の支配システム」が崩壊に瀕しているからである。
米国は直近では、交渉を申し入れた国々には相互関税上乗せに90日間の猶予期間を設けた。一方、中国からの輸入には145%の関税を課した。
中国は、絶対に屈しないと対抗措置を取っている。WTOに提訴し、多角的貿易体制と国際経済・貿易秩序の擁護を表明している。
わが国も不当な攻撃を敢然と撥ね返すとともに、戦略的対応が必要である。国民全体を豊かにして国内市場を拡大することが肝心であるが、わが国貿易の60%はアジア域内である。日中韓3国、さらにASEANやインドなどとの連携強化が何よりの展望である。
そのためにも政府も国会の与野党も視野を世界全体に広げ、米国一辺倒から脱却しなくてはならない。
農業など国民経済が
犠牲にされる
米国の関税をテコとした対日要求は「アラスカのLNG事業への資金提供」「農産品市場への市場アクセス増」「防衛費のGDP比大幅増」「為替」などである。
トランプ大統領は「米国は日本を守るが、日本は米国を守る必要がない。貿易協定にも同じことが言える」と中国を敵視する日本の保守層、反動派を揺さぶる。「米国産コメに700%の関税をかけている」などと恫喝する。
とんでもない。米国は自動車産業を含めてわが国大企業の対米輸出を何度も狙い撃ちしてきた。だがそのたびにわが国政府は、農林畜産業や小売業などを次々と生け贄に差し出して米国の攻撃をかわし、輸出大企業の利益だけを守ってきた。
こんな歴史をこれ以上繰り返させてはならない。
犠牲に差し出されかねない業界や地域、関連の労働者は身構えている。その要求と闘いを断固支持する。対応次第で農業など国民経済の各方面に打撃は大きいし、世界経済の低迷は不可避。プラザ合意などの時と同じか、それ以上にわが国経済にも大きな打撃となる可能性も。警戒が必要である。
米国覇権のための
自由貿易体制
米国は自国の覇権的利益のために、戦後の自由貿易システムをつくってきた。
第2次世界大戦中の1944年、自国のドルを基軸とする「金・ドル本位制」の国際通貨体制を成立させ、世界経済の支配権を確立した。さらに47年に自由貿易を謳う関税貿易一般協定(GATT)を主導して世界市場で支配的位置に立った。世界中に張り巡らせた軍事力でそれを保障した。
米国は当初、旧敵国で資本主義のライバルとなる日本と西ドイツを遅れた農業国にとどめようとしていた。ところが強国をめざすソ連、さらに49年中国革命の勝利で発展した社会主義陣営に対抗する必要に迫られた。政策転換しマーシャルプランや(日本には)1ドル360円の固定為替相場などで戦後復興を支援、さらに米国市場を輸出先として開放した。
戦争で荒廃した日独は急速に再興・発展した。貿易赤字が拡大した米国は、70年代のニクソン政権で金ドルの交換停止・固定相場制を放棄。貿易摩擦は激化し、米国はしばしば貿易制裁や為替調整など厳しい措置で日独などに対抗した。
それでも米主導の国際システムを守る姿勢は堅持せざるを得なかった。戦後のシステムで最も恩恵を得たのはドルを握った米国だったからだ。米国は実質輸入額を47年から2024年の3・6兆ドルまで70倍近くに増やしたが、金融やIT(情報技術)などの高付加価値の産業に軸足を移し、莫大な利益を世界中からかき集めた。直近の世界長者番付では上位10位のうち8人が米国人である。
しかし同時に、米国の貧困率は15%(2021年)で、比較できる31カ国で6番目に高い。貧富の格差は著しく、国内対立は「内戦」寸前と言われるまでになっている。
各国で米依存から
自立の動き
トランプ再登場はこうしたことの政治的結果である。
大統領就任演説で「米国を再び製造大国にして黄金時代を築く」と宣言し、矢継ぎ早に自動車・同部品の25%関税などの「相互関税」を導入した。いくらかでも余力のあるうちに製造業など国内経済を再建し、資本主義大国を維持したいということだ。
だが、容易でない。
欧州は、安全保障も含めて対抗と自立を一気に強めている。フランスのマクロン大統領は「防衛・安全保障問題における欧州の独立性を強化する」と言い、ドイツは軍備増強を一気に進める。EUも中国との貿易関係の再構築に動いている。米国の隣国カナダでも自立の動きが強まる。
日本はどうするか。朝日新聞は「政府も一皮めくれば頭を抱えている人が多い。米依存からの脱却はもはや現実の課題だ」と伝え、外務省幹部は「日本外交の心は既に米依存を脱却しているが、それを表に出さないのもまた外交だ」と言っていたという。
今の対米従属政権の下では「表に出せない」のである。明確に米国依存を脱却する政治が必要だ。
世界の重心となったアジア
いま最も特徴的なことは、世界構造が変わったことだ。
各国の経済力を比較する購買力平価GDPで見ると、米国は2016年、中国に追い越された。経済大国であったG7諸国の合計が54兆ドルに対して、グローバルサウスの上位7カ国(中国、インド、ロシア、ブラジル、インドネシア、トルコ、メキシコ)は74兆ドルである。とりわけアジアが世界の重心になっている。
遠藤誉さん(筑波大学名誉教授)によると23年現在、「世界の約70%(145カ国)が米国よりも中国との貿易額が多い。うち112カ国は米国との貿易額の2倍以上を中国と貿易している」という。
しかも、科学技術力でも今日中国が米国を圧倒的に凌駕している。
さらに最近の中国やインドなどBRICS首脳会議(拡大で36カ国参加)では、「ドルに依存しない自国通貨での新たな決済システム」の必要性を確認し、その導入の検討を進めている。米国の経済的力の根源だったドル基軸通貨体制への公然たる挑戦が進んでいる。
これが世界の現実である。トランプが焦るのも無理はないが、もはや覆せるものではない。
もしも、米国中心と中国中心の経済ブロックに世界が分かれたら、やっていけないのは米国である。
この趨勢を押しとどめるものがあるとすれば、アジア同士の戦争であろう。米国はそれを画策しかねない。台湾海峡や朝鮮半島を火種にしてはならない。
東アジアの連携強化を
アジアの平和と連携強化をめざす努力が求められる。
3月末、日中韓3国経済貿易大臣会合が開かれ、トランプ政権の保護主義的関税措置を懸念する意見などが出され(NHKニュース)、WTOのルールに基づいた多角的貿易体制を支持し、日中韓FTA交渉の加速、RCEPの拡大などで合意した。
こうした流れをさらに日中韓首脳会談へ、3国関係の強化に結びつけたい。そのためにも自治体や民間での日中、日韓、3国の平和友好交流を強めよう。
今年は日本のアジア侵略戦争が敗戦して80年である。
どの道を行くか、厳しく問われる。アジアと共に生きる選択を、トランプが日本に迫っているとも言える。これをチャンスに変えたい。