今や中国は世界の問題児ではなく「安定剤」
拓殖大学海外事情研究所教授 富坂 聰

羽田空港から都心へと向かう高速道路からの眺めは、いつも旅の郷愁も手伝って美しい。
だが2025年の9月末は、そんな余韻に浸る間もなく現実へと引き戻された。洪水のような着信音に誘われ画面を開くと自由民主党の総裁選のニュースがあふれ、各候補が重視するテーマの一つが「スパイ防止法」だったからだ。
夏の参議院議員選挙の雰囲気もそうだが、それはほんの数時間前まで滞在していた中国で起きている慌ただしい変化と比べ、あまりにもコンストラクトが鮮明だった。
いったい何が、そんな違っていたのか。端的に言えば国を発展させ、国民を富ませるエネルギーだ。
25年、私は春にチベットを、秋には青海省から甘粛省に足を運び、中国が誇る発電設備を現地で見てきた。中国に追い風が吹いていると感じたのは、生物を拒絶する高地や砂漠地帯が、太陽光パネルや風力発電設備を置く、絶好のロケーションとなって機能していると分かったからだ。
この再生可能エネルギーをめぐる中国の長期的視点については後で詳しく触れたいと思うが、さまざまな意味で時代の変化が中国に追い風となっている。中国がこれまで打ってきた布石が、各所で花を開いているのだ。
例えば、国際情勢の変化だ。今年2月、アメリカとイスラエルはイランに大規模な攻撃を行った。
世界を震撼させた攻撃によってアメリカとイスラエルはイランとの戦争に突入した。そしてホルムズ海峡は事実上閉鎖され、そのことでサプライチェーンは混乱し、未曽有の不可測性が世界経済を覆ったのだ。
昨年の相互関税の発動以来ずっとトランプ政権の気まぐれに振り回され続けてきた世界は、ここでもまたアメリカの一挙手一投足にじりじりする状況に陥ったのだ。
だが、そんな混乱の中にあっても比較的穏やかな空気をまとい続けた国があった。中国である。
まるで台風の目のように中国の周囲ではゆっくり時が流れていた。それはアメリカとイランの間で攻撃の応酬が続く中でも、世界各国から多くの多国籍企業のトップが入れ代わり立ち代わり訪れていたことからも伝わってくる。
白眉は今年3月22日、中国国務院発展研究センターが開催した「中国発展ハイレベルフォーラム」の年次総会だ。驚くべきは、集まった4割がアメリカ企業のトップだったという事実だ。
中国は世界の安定剤
であり、唯一の「大人」
なぜ、そんなことが起きるのか。出席者の一人、米コロンビア大学のアダム・トゥーズ教授は、その理由を「世界が中国を〝安定剤〟と期待しているから」と評した。
「中国は今日の国際舞台において、残された唯一の『大人』だという言葉をよく耳にする。そのような『大人』が存在すれば、国際社会は期待を寄せる」(トゥーズ教授)
残念ながら、こうしたニュースが日本で大きく報じられることはない。また報じられていたとしても日本の読者の多くは素直には受け止めはしないだろう。
日本で暮らしている限り、不都合な世界の変化をスルーしても暮らしに困ることはない。だが世界の認識とのギャップは埋めがたいほど開いている。
例えば、アメリカを拠点とする独立系シンクタンク『ピュー・リサーチ・センター(PRC)』の調査だ。それによれば世界の対中感情は大きく好転し、アメリカを上回っていると指摘されているのだ。事実、英『BBC』はこの結果を「世界25カ国・地域、アメリカより中国に好意的 米機関調査で初めて多数派に」(7月16日)という見出しを付けて報じている。
また対中感情の改善が若者、就中Z世代で特に顕著であることもさまざまな調査で明らかになっている。シカゴ世界問題評議会は今年3月に行った世論調査で、それを明らかにしている。
こうした結果の裏側には世界の安定剤として機能し始めた中国の姿があるのだが、それは政治的には戦争との距離を保ち、一方経済では自由貿易の推進者としてサプライチェーンの安定化に貢献していることが指摘されているのだ。
中国が中東で戦争が起きても、比較的落ち着いていられるのは冒頭にも触れたように石油依存を減らし、再生可能エネルギーへの転換を猛スピードで進めてきたことが大きな要因として挙げられる。
その現場を訪れると、とにかく見渡す限り地平線の先まで太陽光パネルが並び、その上では風力発電のブレードが回っていた。その光景は壮観だった。
誰も住まない地の果てで生み出された電力は、最新の直流送電線網で都会へと送られてゆく。いわゆる「西電送東」という政策だが、これによって産業に恵まれない貧しい省への所得移転も実現する。

国内での所得移転と
脱石油依存を達成
いわゆる太陽光発電や風力発電など再生可能エネルギーは、自然現象の影響を避けられず、安定した電力供給がネックだと指摘されてきた。そうした欠点を補うために、各地の発電所は水力発電と組み合わせたり、蓄電池や蓄電システムを充実させて対応していた。
余談だが、ゴビ砂漠を覆った太陽光パネルは、太陽光を遮断する作用があり、そのことで砂漠に植物が芽生え、砂漠化防止にも貢献があったことも知った。また、その植物の処理ために羊を利用したことで、現在は太陽光パネルの下で育った「ソーラー羊」が地元の副産物となって潤しているというから笑ってしまった。
さて、こうした中国の取り組みの効果が覿面に可視化されたのは2026年の年が明けて間もなくのことだ。きっかけはイラン戦争によって石油が逼迫したことだ。
当初、日本のメディアはイラン産原油の多くを中国が買っていることをとらえて「中国にダメージが…」と報じた。しかしそうした論調はほどなくしてトーンダウンしていった。
中国がイラン産原油の重要顧客であることは間違いないが、それはイコール「中国のイラン産原油依存」ではないからだ。そもそも中国は中東の石油だけに依存しているわけでもない。加えて脱石油の構造転換も猛スピードで進めてきていた。
事実、中国の発電設備容量はすでに半分以上を再生可能エネルギーが占めている。しかも、本格的に石油が来なくなっても、石炭が豊富な中国では一時的な措置として石炭で補うこともできる。
さらに中国にとっての追い風は世界各国で電気自動車(EV)を見直す動きが活発になったことだ。
そもそも中国は、国を挙げてEVの普及に取り組んできた。象徴的な政策はナンバーの登録である。現在の中国ではガソリン車を購入してもナンバーを取得するのは至難の業だ。費用面でのハードルだけでなく抽選で当たらなければならないからだ。だがEVの場合には抽選は不要だ。これが大きなインセンティブになっている。
こうしてEVの割合を高めてきたことで、ドライバーのガソリンへのニーズは他国に比べて低く、石油が入ってこない状況下で混乱は回避できるのだ。
アジアの多くの国ではガソリンスタンドに長蛇の列ができ、ヨーロッパでは安いガソリンを求めて国境を越えるドライバーもいたというから大変だ。
ウサイン・ボルトを
上回るロボットの走り
EVへのニーズが高まったのは、ガソリンが入手困難になっても電気が止まることはないことをユーザーたちが意識したからだ。そして中国からヨーロッパに向けて輸出されるEVは激増した。
今後EVへのニーズが世界でより高まれば、次に課題となるのは電力需要の逼迫であり、求められるのは発電設備の拡充である。
電力供給は言うまでもなく今後の経済発展を左右する鍵だ。
象徴的なのが今世紀を代表する二大国、アメリカと中国が激しく鎬を削る最先端分野の戦いである。真っ先に思い浮かぶのはAI(人工知能)だろう。またAIを使った人型ロボットだ。
このいずれの分野でも中国の存在感は際立っている。先月は北京で「世界ヒューマノイド・ロボット競技大会」が開催され、陸上100メートルと400メートルの決勝では、人類の世界記録を超えるタイムが次々と飛び出し世界を騒然とさせた。前者はウサイン・ボルト(ジャマイカ)が持つ男子の世界記録9秒58を上回る8秒86が、後者は38秒15で世界記録を5秒以上も上回った。
私も会場で大会の様子を見学したが、白眉は障害物競走で、昨年はただ走るだけのロボットが、今年は昇ったり降りたり、跳ねたり這いつくばったりして会場を沸かせていた。目立ったのは、技術の現在地ではなく進歩の速さだ。
ドローン、通信、EVなどで見られた長足の進歩が、この分野でも遺憾なく発揮されていることが伝わってきた。
同じことはアメリカが最も重視するAIでも起きている。
昨年はDeepSeekが旋風を巻き起こしたが、今年はMoonShotAIの「Kimi K3」が発表され、その性能が先行するOpenAIのChatGPTやアンソロピックのClaudeなどと比べても遜色ないとして話題をさらった。
トランプ政権は中国のAIの発展を何とか遅らせようと最先端半導体の輸出を制限してきた。
米政権による最先端半導体の輸出禁止は通信機器メーカーの華為科技(ファーウェイ)を狙い撃ちした時からだが、中国企業はファーウェイを筆頭にこうした規制が加えられるたびに独自技術で対抗し乗り切ってきた。
また今回のAIを狙った半導体の輸出規制では、中国は一世代遅れた半導体の使用を余儀なくされたが、そのハンディを補うのに大きな役割を担ったのが、実は本稿で注目する電力だった。
一世代遅れた半導体で最先端半導体と同じパフォーマンスを実現しようとすれば5倍の半導体(一つの例えだが)を使わなければならないのだが、このことを逆からとらえれば、5倍の半導体を使えば最先端半導体と同じパフォーマンスが実現可能だということだ。
問題は5倍の半導体を使えば5倍の電力が必要になるのだが、中国はすでに安価で大量の電気を供給できるだけの態勢を整えてしまっているので、その競争が可能なのだ。
石油の輸入に頼らない再生可能エネルギーの発電システムを整備し、AIでもしっかり戦えるインフラを持った中国。その強みは実は長期目標を着実に実現できる政治の力でもある。
そうした政治の力をまざまざと見せつけられ帰国した日本では、「国旗損壊法だ」「スパイ防止法だ」と後ろ向きの議論ばかりが目立つ。
これで前に進むことができるのだろうか。彼我の差は埋めがたいという外ない。

富坂聰教授の最近著
おそるべき「中国一強」時代
小学館新書 定価1100円(税込み)
