高市発言後の日中経済関係

 中国との関係悪化を口実に

軍事産業の拡大など誤った方向へ

東京大学社会科学研究所教授 丸川 知雄

 

 

 2025年11月のいわゆる台湾有事をめぐってなされた高市首相の国会答弁以来、日中関係は十数年来で最悪の状況に陥っている。高市発言の直後から、中国中央テレビ局のニュースでは連日高市首相批判が展開され、中国の公式メディアはやがて日本を「新型軍国主義」と非難するようになった。中国から日本への団体旅行はぱったりと止まり、日中の学術交流活動も次々とキャンセルされている。日本への個人旅行を制限する動きはないが、中国政府から訪日旅行者に対して日本の治安状況についてやや過剰な注意喚起が行われている。今年1~7月の中国からの訪日客は昨年同期に比べて56%も減った(表参照)。

中国による制裁措置

 高市発言に対する中国の制裁措置は貿易にも及んでいる。中国商務省は26年1月に軍民両用品を日本に輸出する際の規制を強化することを発表し、2月には宇宙航空研究開発機構(JAXA)や防衛大学校など20の企業や機関を輸出禁止対象に、スバルや三菱マテリアルなど20の企業と機関を監視対象に指定した。さらに6月にも三菱電機系企業や防衛研究所など20の企業と機関を禁止対象に追加した。軍民両用品のなかには7種のレアアース元素も含まれるため、レアアースの輸出が制限されて日本の産業に広範なダメージが与えられることが懸念されている。おりしも日本の探査船が南鳥島沖の深海からレアアースを含む泥の回収に成功した。これによって中国の「経済的威圧」に対抗できる「強靱なサプライチェーン」が構築できるとの期待が高まっている。また、中国は23年から福島第一原発の処理水の海洋放出を理由に日本産水産物の輸入を停止していたが、それが25年11月にようやく輸入が再開されたと思ったら、すぐに再び停止されてしまった 。

影響は限定的

 ただ、最悪だった2012年から13年にかけての時期と比べると、経済関係に及ぶ影響は比較的軽微にとどまっている。12年には尖閣諸島をめぐって両国の対立が深まり、同年9月に日本政府による国有化が行われると中国全土の125都市で反日デモが起きた。デモ隊によって日系のデパートや工場が焼き打ちされる事件まで発生した。日本人駐在員は家族を日本に帰し、日中交流事業は軒並みキャンセルされた。
 一方、25年11月の高市発言に対する中国の市民の反応は冷静である。筆者は11月末まで北京に滞在し、その後も5回訪中しているが、日本製品不買などのいわゆる「反日」的な動きはみられないし、中国の学者たちとも従来通り友好的な交流を続けている。中央テレビ局ニュースでの高市発言や日本の軍拡に対する論調は厳しいが、ほぼ同じぐらいの頻度でそれを批判する日本の市民運動の声も紹介しており、高市発言批判が日本国民に対する反感に転じないように配慮しているようである。さらに、そもそも中国で中央テレビ局ニュースを見ている人は少ない。
 中国では高市発言の前から日系の回転ずしチェーンが大人気である。筆者は高市発言の直後に北京でスシローの店を訪れたがその人気にまったく衰えはないようで、予約なしの客は3時間待ちという表示が出ていた。中国大陸におけるスシローの店舗数は2025年11月末時点で69店だったのが、26年8月末には120店を超えた 。つまり、日中関係悪化の逆風のなかで50店以上新たに開店したのである。
 2012年に日中関係が悪化した時には日系ブランドの自動車がデモ隊の攻撃のターゲットになり、路上の自動車や自動車販売店が襲われた。中国の乗用車市場における日系ブランド車のシェアは11年には19・4%だったのが、12年には17・5%、13年には16・5%に下がり、かなりマイナスの影響を受けたことがうかがえる。
 一方、高市発言以降、日系ブランドの自動車の販売に特に不利な影響は出ていないようである。26年1~7月の乗用車販売台数のうち日系ブランド車のシェアは12・1%で、その1年前の同じ時期のシェア(12・3%)から微減したのみである。もっとも、19~21年には日本車が中国で20%以上のシェアを占めていたのに比べるとだいぶ下がったことは否めない。ただ、これは中国で進むEV化などの自動車の革新に日系メーカーが追いついていないためであり、反日感情はおそらくあまり関係がない。日系メーカーのなかには新車の企画・設計の主導権を中国の合弁企業にゆだねることによって変化にキャッチアップすることを目指しているところもある。

レアアース輸出規制の影響

 レアアースの輸出規制に関しては、2026年6月に富士電機の日本人社員2人がレアアース製品を不正輸出した嫌疑により大連で拘束される事件も起きた。『日本経済新聞』は、26年上半期に規制対象となった7種のレアアースの日本に対する輸出量が前年同期に比べて51%減ったと報じ、日本の産業に対する影響を懸念している 。
 ただ、過去に中国がレアアースの輸出規制を強めた時(2011年)、中国の輸出統計では輸出量が激減したが、日本の輸入量はあまり減らないという不思議な現象がみられた。何らかの形で規制をすり抜けて日本向けのレアアース輸出が行われていたようである。理由はどうであれ、日本側にとっては輸入量が確保できるかどうかが重要であり、日本側の輸入統計を見る必要がある。
 そこで日本の中国からのレアアース輸入量を確認すると(表参照)、2026年1~7月には金属の形態ではマイナス4・5%、化合物の形態ではマイナス7・0%と、喧伝されているほどには減っていない。レアアース磁石を含む金属製磁石の輸入量に至っては22・1%の大幅増である。ただ、これより細かい貿易統計が得られないため、規制対象となった7種のレアアースの輸入がどうなっているかはここからはわからない。
 また、レアアースの輸入額をみると、金属も化合物も2・5倍前後に増えている。つまり、レアアースの輸入単価が大幅に上昇したことを意味する。中国政府による輸出規制の影響かもしれない。

高まる日本の中国依存

 日本の中国との貿易を全体としてみると、高市発言後にデカップリングが進むどころか、むしろ輸出入ともに大幅に伸びている(表参照)。なかでも中国からの化学製品の輸入額が26%も伸びた。その結果、日本の貿易総額に占める中国の割合が20・0%から20・5%へ拡大し、依存がいっそう進んだ。
 一方、中国の世界との貿易はより大きく拡大しているので、中国の貿易総額に占める日本の割合は5・0%から4・9%に低下した。つまり、日中貿易では日本が中国に一方的に依存する関係が強まる趨勢にある。
 残念ながら日本の政治はこうした現実から目を背け、中国との関係改善への意欲がみられない。高市政権はむしろ中国との関係悪化を格好の口実にして、軍事産業の拡大を通じて日本を「強く豊かに」するという誤った方向へ突き進んでいるように思われる。