沖縄戦を学び直す時期
元沖縄県教職員組合委員長、広範な国民連合顧問 石川 元平

3月の名護市辺野古沖での転覆事故で二人の命が失われたのは非常に残念であり、決してあってはならないことです。船を運航していたヘリ基地反対協議会に、おごりや慣れがあったと言わざるを得ません。沖縄県教職員組合委員長として復帰運動や平和運動に身をおいてきた者として、事故への反省を踏まえて運動への姿勢をキチンとする必要さを改めて感じています。
しかし、文部科学省が5月に同志社国際高校の沖縄研修旅行に対して政治的中立を定めた教育基本法第14条違反と認定したことは断じて容認できません。事故の検証と平和学習や平和運動は分けて考えるべきです。
基本法は平和で民主的な国家及び社会の形成者を求めている
文科省は「法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない」との14条2項に違反しているという。だが、同高校の沖縄研修旅行が、「特定の政党」を支持したり反対したりする活動でないことは明白です。
むしろ第14条第1項が「政治的教養は教育上、尊重されなければならない」と定めていることが重要です。そもそもこの教育基本法の前文は「我々日本国民は、民主的で文化的な国家を更に発展させるとともに、世界の平和と人類の福祉の向上に貢献することを願うものである」と始まり、「日本国憲法の精神にのっとり、我が国の未来を切り拓く教育の基本を確立し、その振興を図るため、この法律を制定する」とあります。そして第一章教育の目的及び理念の第一条では「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」と定めています。これこそが教育の目的なのです。
だとするならば、沖縄に米軍基地が集中する背景には「沖縄戦」があり、その後の歴史を「体系的に学ぶ」必要があるのです。事故は二度と起こさない検証と対策が必要ですが、「沖縄戦を学ぶ」ことは日本の教育にとっても今、非常に重要になっていると思います。
重要な役割果たす教育
教育は良くも悪くも「人を改造」します。戦前の皇民化教育は天皇のために命をささげる国民をつくりました。そして朝鮮植民地支配に始まり、中国大陸からさらには東南アジアまで支配と戦争を広げ残虐の限りを尽くした。最後は沖縄地上戦であり、広島・長崎の悲劇だった。「天皇のために命を捧げる国民」なしにはこの歴史は不可能でした。教育はきわめて大切です。
47年に施行された教育基本法前文は「われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設」を謳い、さらに「この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである」となっていることを指摘しておきたい。しかし、米統治の沖縄では憲法とともに適用されなかったのです。
米施政下で沖縄の教育者たちは本土と同じ民主的な教育の実現を目指しました。琉球立法院が教育基本法や学校教育法などの「教育四法」案を複数回提出しました。しかし、米軍の琉球列島高等弁務官は承認しませんでした。
そこで教職員会は、米国民政府の布令ではなく住民側からの教育立法を目指す「教育四法民立法運動」を展開しました。そしてついに米側は58年1月に成立を認めた。教員が、県民が、沖縄が自ら権利を勝ち取った瞬間でした。
闘争はその後も続きました。教員の政治活動を制限する「教公二法」案が提出されると、教員や市民ら約2万5千人が67年2月24日、立法院を包囲し廃案に追い込み、翌68年の初の主席公選では革新共闘の屋良朝苗の当選を勝ち取りました。こうした復帰闘争の高揚は69年の日米首脳会談へ続き、72年5月15日の施政権返還となります。
沖縄の歴史に学ぶ時
戦後81年たった今、戦争を「総括」しないまま軍備を増強し、戦争への道を歩んでいるように思えてなりません。「沖縄戦を学び直す」時です。
沖縄の私たちは、日本帝国主義(明治政府)による武力併合から、沖縄戦、米占領支配、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガン・イラク戦争、最近のイラン戦争まで、あらゆるカタチの戦争を見てきました。基地・軍隊という構造的暴力の被害者という立場だけでなく『悪魔の島』と呼ばれる「加害」の島にもなってきました。
私は海外の東西南北の地点から、沖縄を眺望してきた経験があります。現在の基地の島沖縄は、「太平洋のキーストーン(要石)」として他国侵略の拠点としてなっています。
しかし、琉球の昔から『万国津梁の邦』であったように、今日的に見ても、平和創造のアジマー(十字路)、「ピース・アイランド」たり得る地位を占めています。万国津梁の鐘として知られる首里城正殿の鐘の銘文は、冒頭に次のように刻銘しています。
「(訳文)琉球国は南海の勝地にして、三韓の秀を鐘め、大明を以て輔車となし、日域を以て唇歯となす。舟楫を以て津梁となし……」
この誇り高い崇高な精神を生かされ、現在世界各地には40万人を超えるウチナーンチュが暮らし、活躍している。
トランプ大統領が北京を訪問し、中米新時代を印象づけた。
この次、「北朝鮮と米国の国交回復」というニュースに接しないとも限らない。そうなれば在韓はおろか在沖米軍の存在価値も無くなるだろう。和平は、見えない交渉の後、突然やってくる時もある。和平が誕生した暁には、沖縄から釜山―ソウル―ピョンヤン―中国―ロシア―ヨーロッパへのシルクロードならぬ『ピースロード』建設も夢では無くなるだろう。
東アジアなど諸国との共生を追求する時代に入った
こういう夢も持ちながら、基地経済から脱却して東アジアをはじめとする諸国との共生の道を追求する時代に入ったように思う。
そのための決意としても、「日米の軍事植民地化を廃し、人間の尊厳を脅かす米軍基地の『即時無条件全面撤去』を要求する」ことを今から真剣に議論し共有していく必要があると思う。沖縄の海も空も陸も、人間までを支配し続けようとする国家権力への有効な対抗手段になり得ると思う。
紆余曲折はあってもかつてサンフランシスコ体制を乗り越えたようにオール沖縄の態勢でもって展望をきりひらいていけるのではないか。すでに述べたように私たちウチナーンチュには古の昔から「万国の津梁」「イチャリバ・チョーデー」という地球市民的な広い肝心(チムグクル)が受け継がれてきた。地上戦を体験して培い、獲得した『命どぅ宝』という普遍的価値をもつ平和思想がある。戦世をくぐり人びとを勇気づけたのは三線に代表される文化力であった。
沖縄には軍事力に優る文化力と人間力、平和力がある。沖縄には、世界の平和創造、構築の土壌が備わっていると信ずる。沖縄は今後、アジアをはじめ世界各地の若い世代を中心とした交流の場として、また、情報発信の場として人類生存に貢献しうるのではないか。
沖縄の平和運動、そして沖縄に降りかかる不条理の根源には沖縄戦があります。全国がいまこそこの教訓に学び平和思想を共有すべきです。
最後に自詠の琉歌(8・8・8・6の30音)を添えます。
戦世ぬ哀り 忘て忘らりみ いちぬ世になてん 命ど宝
