沖縄戦を学び直す時期
元沖縄県教職員組合委員長、広範な国民連合顧問 石川 元平

3月の名護市辺野古沖での転覆事故で二人の命が失われたのは非常に残念であり、決してあってはならないことです。船を運航していたヘリ基地反対協議会に、おごりや慣れがあったと言わざるを得ません。沖縄県教職員組合委員長として復帰運動や平和運動に身をおいてきた者として、事故への反省を踏まえて運動への姿勢をキチンとする必要さを改めて感じています。 続きを読む
元沖縄県教職員組合委員長、広範な国民連合顧問 石川 元平

3月の名護市辺野古沖での転覆事故で二人の命が失われたのは非常に残念であり、決してあってはならないことです。船を運航していたヘリ基地反対協議会に、おごりや慣れがあったと言わざるを得ません。沖縄県教職員組合委員長として復帰運動や平和運動に身をおいてきた者として、事故への反省を踏まえて運動への姿勢をキチンとする必要さを改めて感じています。 続きを読む

石川 元平(87歳、広範な国民連合顧問)
沖縄戦は、アジア太平洋戦争最後の最大の地上戦であった。結果は、軍人をはるかに上回る数の住民が犠牲になった。また、沖縄戦は天皇制国家体制を守るための「捨て石」作戦であった。 続きを読む
広範な国民連合顧問・元沖縄県教職員組合委員長 石川 元平

沖縄の「日本復帰50年」を検証することは、即、日本の戦後史を検証することにもつながると思うので、勝手ながら持論を述べさせていただく。
はじめに、「昭和天皇メッセージ」がもたらしたものについて検証したい。
1947年9月と48年2月のメッセージはよく知られているが、50年6月26日、米国の国務長官顧問のダレスが朝鮮戦争勃発の翌日、帰米の途中に天皇に会い、そこで発せられた「第3のメッセージ」についてはあまり知られていない(中小企業組合総合研究所発行『提言』2016年5月1日号、「日米安保条約と日本国憲法」参照)。