今後の核軍縮にとっての示唆
NPO法人ピースデポ代表・長崎大学客員教授 鈴木 達治郞

2026年5月22日、核不拡散条約(NPT)再検討会議の最終日、国連総会会議場は一瞬静まりかえった。ベトナムのドー・フン・ヴィエット議長が「成果文書採択をめざし、最善を尽くしたが、全加盟国の合意を得られることはできなかった」と発表したからである。これで、15年、22年に続き、3回連続成果文書の採択ができない結果となった。果たして、この結果をどう評価すればよいのか。今後の核軍縮を進めていくために、われわれはどうすればよいのか。再検討会議での現場の議論や識者のコメントなどを踏まえた上で、考察してみた [1]。
戦争が継続する中での再検討会議:対立が深刻化
今回の再検討会議は、ロシア・ウクライナ戦争に加え、米・イスラエル対イラン戦争が加わり、戦争が進行中という緊張関係の中、さらに日中・米中関係、朝鮮半島の緊張なども加わり、もともと「合意を達成できる環境」とはほど遠い、という観測が流れていた。したがって、最終文書採択の可能性に対する期待は低かった。一方で、核の脅威が増す中、NPTは世界の安全保障と平和にとって不可欠な条約であり、世界の核不拡散体制の礎として維持しなければいけない、という共通意識から、合意に向けての努力もなされるのではないか、という期待もあった。
しかし、会議が始まると、想定以上に核兵器国間、核兵器国と非核兵器国、さらには核の傘に依存する国とそうでない国の間の対立は、22年再検討会議より、さらに深刻化していた。一般演説では、米国は、ロシア・中国に対する批判に加え、イランを名指しで批判。ロシア・イランはそれに対抗して米国を批判。中国は特に日本政府の軍事力強化、非核政策の見直しをしつこいほどに批判。さらに、非同盟諸国からは、国際法を遵守しない核保有国への批判や、核の傘(拡大核抑止)や「核共有」に対する批判が続出。このような状況では、とても建設的な議論にならず、合意は難しいとの見方が広がっていった。
「骨抜き」とまで言われた
最終文書案
一方、なんとか最終文書を合意にもっていけるよう、ヴィエット議長は精いっぱいの努力を重ねてきた。通常、成果文書案のドラフトは第3週に回覧されるが、第2週に「ゼロ案」として回覧された。さらに、文書をめぐる議論の透明性を高めるため、文書案に対する議論を公開の場で実施するなど、新たな試みがなされた。しかし、残念ながら、交渉は難航し、最終文書案は最終的に第4案まで作成された。その中身を見ると、反対が予想される文書はどんどん修正・削除され、第3案では93項目、13頁だったものが、第4案は43項目、7頁に縮小されていた。

具体的にどのような修正がされたかを主要な項目について表-1にまとめてあるが、結果的に「骨抜き」と呼ばれても仕方のない内容になっていた。
このような内容の成果文書では、かえって採択されない方がよかった、という考え方もありえるだろう。懸念となっている核軍縮への新たな道筋や提案は、最終文書案からは見えてこず、「成果」と呼ばれる項目はほとんど修正・削除されていたのである。
影が薄かった日本
この会議で、日本はどのような役割を果たしたのだろうか。会議の冒頭、各国代表の一般演説では、国光文乃外務副大臣が、高市首相のメッセージを伝えるとともに、日本政府の核廃絶へのコミット、透明性の向上、NPT体制の維持・支援を述べた上で、「NPTの守護者として、日本は皆様とともに、この共同の歩みを続けていくことを誓います。」 [2] (傍線筆者)と強調したのである。
しかしながら、会議全体として、「NPTの守護者」としての役割を果たしたか、というと、残念ながらそこまでのリーダーシップは見えてこなかった。会議の参加者からは、「日本の影は薄かった」との声が聞かれたのは、「NPTの守護者」と宣言した国としては、とても残念であった。対照的だったのは、第1週のNGOセッションで発言した日本被団協濱住治郎事務局長の次の言葉が印象的だった。
「80年前の原爆投下は、いまも被爆者のからだ、くらし、こころに影響を与えています。原爆は人間と共存できない、悪魔の兵器です。(略)ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ウォー、ノーモア・ヒバクシャ! 戦争をしたから核兵器が使われたのです。戦争はしてはいけないのです。核兵器も戦争もない世界の人間社会にむけ、ともに力を尽くしましょう。」 [3]
こういった印象に残る発言や行動は、残念ながら見られなかったのである。
NPTは辛くも生き延びた?
成果文書が3回続けて採択されなかった事実は重い。その背景には、「核兵器のない世界をめざす」という共通の目標(NPT前文に明記されている [4] )を促進するよりも、「自国の安全保障や利益」を最大限に主張する、という国益重視の姿勢が顕著であったことを忘れてはならない。とくに、国際法を軽視し、核軍縮を求める文言を骨抜きにしようとする核保有国、そして日本を含め、それを支持した核の傘に守られた同盟国の責任は重い。
一方で、再検討会議のプロセス全体を捉えても、NPT体制の「機能不全」や「空洞化」といった表現がよく見られるが、それだけでは十分ではない。結果だけを見るのではなく、会議全体でどのような議論がされたか、そしてその対立構造はどのようにすれば、解消するのか、といった冷静な分析がこれからは必要になる。5大核兵器国と非核兵器国が一堂に会するNPTは、極めて重要な「場」であることは間違いない。そういった意味でも、NPTの重要性を否定したり、「脱退」を示唆したりするような発言が一切なかったことは、せめてもの救いである。NPTは、やはり世界の安全保障と平和にとって重要な条約であり、今後もこれを維持すべきだ、という合意は存在していたと言えるだろう。言い換えれば、「NPTは辛くも生き延びた」と言えるのではないだろうか。
核軍縮への道は険しいが、諦めてはいけない
最後に、上記のような結果を踏まえた上で、今後私たちが核軍縮を進めていくにはどうすればよいのか。具体的な措置を考えてみよう。筆者が所属するパグウォッシュ会議は、NPT再検討会議に備えて、核リスク削減や核軍縮・核不拡散促進への提言 [5]をまとめているので、その一部を紹介して、本論のまとめとしたい。
1、核使用リスク削減に向けて、核保有国の対話促進
まず、「核兵器は二度と使われてはならない」という「核のタブー」を維持することが、何よりも重要だ。「核戦争に勝者はあり得ず、決して戦ってはならない」というメッセージを核保有国間や、核の傘国間で再確認することが必要だ。そして、「先制不使用」など、現実の「核使用リスク削減」につなげるために、具体的な施策を検討していく必要がある。これらについて核保有国間の対話を促進することを求めなければいけない。
2、核保有国の責任追及
NPT第6条の義務遂行について、曖昧な対応をとる核保有国に対し、「透明性向上」の報告義務をきっかけに、その責任をさらに追及することが必要だ。核保有国が国際法を軽視したり、明らかに違反を犯したりすることへの責任追及を緩めてはならない。
3、地域の安全保障の取り組み強化
核抑止への依存を高めようとする背景には、地域の安全保障環境の悪化がある。核軍縮・不拡散を進めるには、当該地域の安全保障枠組みを強化して、緊張緩和につなげていく必要がある。現在は「核抑止強化」が「緊張を増す」という「安全保障のジレンマ」に陥っている。これを逆転させる必要がある。
4、破壊的先進技術と核兵器
これまでの核軍縮は主に「核弾頭数の制限、削減」が主要な交渉対象であった。しかし、今後はそれだけでは十分ではない。特に、AIやサイバー、宇宙技術のような破壊的先進技術が核兵器システムの信頼性に大きな影響を与えることを考えれば、先進技術の開発・応用を核兵器との関係を理解した上で、核軍縮交渉を進めることが必要となる。
5、核抑止からの脱却
最後に、核抑止への依存度を低減していく方向で、核軍縮・核不拡散政策を構築していかねばならない。「核抑止」のもたらすリスクを再認識し、長期的には、地域の安全保障緩和をめざし、国益を追求した「国家安全保障」から「共通の安全保障」へと、安全保障政策そのものの「パラダイムシフト」が必要だ。具体的には「非核兵器地帯」の設置交渉を始めるなど、地域の安全保障向上と核軍縮・不拡散の両立を図ることが必要となる。
[1]ピースデポでは重要な一次情報を随時取り上げて、ウェブサイトに掲載する「脱軍備・平和情報モニター」を今年度より開設。第11回NPT再検討会議の特集で、各国の主要な一般演説、ワーキングペーパー、最終文書案などを公開している。http://www.peacedepot.org/
[2] Statement by Japan, General Debate, April 27, 2026. https://estatements.un.org/estatements/14.0447/20260427150000000/YzgaFGpGEuFE/tzfuuzgd_nyc_en.pdf
[3] ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会HP;https://www.nomore-hibakusha.org/?p=2135
[4] 「厳重かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約に基づき核兵器の製造を停止し、貯蔵されたすべての核兵器を廃棄し、並びに諸国の軍備から核兵器及びその運搬手段を除去することを容易にするため、国際間の緊張の緩和及び諸国間の信頼の強化を促進することを希望し……」核不拡散条約前文。https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kaku/npt/index.html
[5] Pugwash-Carnegie Briefs on Science and World Affairs, “The NPT at a Crossroads: International Perspectives and Policy Priorities for the 11th Review Conference of the Nuclear Non-Proliferation Treaty 2026,” April 2026. https://pugwash.org/2026/04/27/pugwash-policy-brief-the-npt-at-a-crossroads/
