沖縄をハブとする東アジアの平和ネットワークをめざす国際シンポジウム ■羽場 久美子

■基調の問題提起 ― 沖縄をハブとし東アジアの平和ネットワークを作る

青山学院大学名誉教授 羽場 久美子

 皆さんこんにちは。羽場久美子でございます。
 「沖縄をハブとする東アジアの平和ネットワークをめざす国際シンポジウム」という場で、まさにその沖縄をハブとし東アジアの平和ネットワークをつくる、中国や近隣国とは戦争しないという立場から、報告をさせていただきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。


今、東アジアで何が起こっているのか?

誰が平和を乱しているのか?

 今、鳩山先生からもごあいさつがありましたように、現在東アジアの情勢は非常に厳しい状況になっております。今、東アジアで何が起こっているのか。今、誰が平和を乱しているのか。今やウクライナと極めて似た状況が東アジアでも始まっているといえます。
 米軍の増強、米軍および基地が沖縄の島々に拡大・配置され、そして自衛隊が次々と沖縄、南西諸島に入ってきています。参議院選挙での自民党の勝利後、岸田首相はすぐに憲法の改正、軍備増強について触れられました。最近8月3日にペロシ・アメリカ下院議長が、さまざまな反対を押し切って台湾を訪問し、「アメリカは決して台湾を見捨てない、団結して台湾を守る」というようなことまで言われました。台湾総統たる蔡英文氏は「アメリカは台湾の民主化を支援してくれる」という発言をされた。これらは中国に対する大変な牽制であり、挑発であったと思っています。
 他方で、中国はこの挑発に乗り軍事演習をし、さらに日本のEEZ(排他的経済水域)と呼ばれる海域にミサイルを5発も発射したことは大変残念に思っております。
 G7はそれをすぐ取り上げ一斉に中国のミサイル発射を非難しました。ご存じのようにアメリカはウクライナに対して次々とジャベリンや自爆ドローンなどの武器を供与し、ウクライナ軍を強くしたあと、それに対してロシアがウクライナ侵攻すると「100%ロシアが悪い」ということで、世界中にロシア孤立の網を築いたわけです。
 これらを考えると、東アジアで決してウクライナとロシアとの関係を繰り返してはならないと思います。これは先ほど鳩山先生もご指摘されたことです。
 中国は厳しい状況にあると思うのですが、断じて挑発に乗って軍事行動を起こしてはならないと思います。
 われわれは東アジアでは戦争をしない。アメリカの武器輸出を止める。沖縄の基地をこれ以上拡大しない。そして挑発的な行動を非難するということを主張していきたいと思います。

ロシア・ウクライナ戦争の、東アジアへの教訓

 ロシア・ウクライナ戦争は非常に東アジアに似ているともいわれます。ロシア・ウクライナ戦争の東アジアへの教訓は、次の通りです。
 アメリカはNATO東方拡大を冷戦終焉後30年にわたり継続してきました。そしてウクライナでは、特に2014年のマイダン革命以降、次々と武器供与を行い、現在も最新兵器のジャベリンなどを売り込み、自分たちは戦争に参加せずにウクライナとロシアというスラブ民族同士の戦いを背後から支援しているような状況になっています。
 ところが、これに対してロシアが突如ウクライナ侵攻を行い、また首都キーウまで攻め上ろうとしたことで、ロシアは決定的に世界から孤立してしまったことは、ご存じの通りであります。ウクライナはアメリカとNATOの武器で、ロシアと戦っています。いわば「兄弟殺し」です。
 東アジアでの戦争も、おそらくアメリカは戦争に参加せずに、私たち日本が軍備を2倍に増強し、中国あるいはロシア、北朝鮮と戦うなどということは絶対に起こしてはならないと思います。
 アメリカを代表する国際政治学者のジョセフ・ナイは、ロシアの「ウクライナ侵攻はアメリカと西側諸国を決定的に有利にした」と、この3月のアメリカでの国際会議で言いました。軍事面では武器供与、今アメリカの軍需産業は空前の儲けをしている。また経済面では経済制裁することにより、ロシアの石油、天然ガスを欧州や日本に買わせず、3月の時点ではアメリカのシェールガスの販売が倍加したといわれました。また政治的には、トランプによって落ち込んだ国際社会の権威が再び回復し、米欧が結束したということがいわれました。
 これに対してロシアはどうでしょうか。軍事、経済、政治において決定的に孤立し、あるいは弱体化を強いられた。これが3月の時点の評価でした。
 しかし半年たち、バイデン政権下では現段階で経済は石油価格が高騰し、ウクライナへの軍事支援は膠着し、米欧アジアの結束は、特に中国・インド・ASEAN、さらにアフリカがアメリカの戦略に懐疑的であることから、必ずしもうまくいっていない。アメリカの世界的影響力の頭打ち状態が明らかになってきています。
 こうした中、東アジアで中国も、もしこのような形で挑発に乗って戦争を起こせば、政治、経済、軍事で立ち直れない孤立に至る可能性があります。アメリカの戦略を甘く見てはいけない。情報戦や政治戦において、いかにアメリカが正義の側にあるか、いかに相手が悪魔の側にあるか、徹底的に社会に吹き込むことができる力を持っている。メディアを操作する力を持っています。
 重要なことは、ウクライナでも東アジアでも戦争を止めることです。ウクライナでは、国連やトルコや中国やインドの仲介によって、ロシアの戦争を停戦に向かわせることが重要。アジアでは戦争をしないということを実現することが重要です。

「価値の同盟」で世界の「二極化」を狙うバイデン大統領

 バイデン大統領は2021年のG7、ちょうど1年前ですけれど、コロナ後の世界について歴代の大統領の理念を援用しながら、「価値の同盟」を主張しました。「民主主義」対「専制主義」という形で世界を分断していくことになります。この狙いは明らかにロシア、中国の封じ込めを意図している。
 東アジアが米中対立の最前線になることは絶対に避けなければなりません。しかし、今アメリカが「価値の同盟」で目指そうとしていることはそういうことです。ロシアよりも中国がアメリカにとって危ない。なぜならば、あと10年もしないうちに中国は経済的にアメリカを抜くからです。アメリカは、中国が抜く前に叩こうというのが今の戦略です。
 果たしてそれは成功するでしょうか。アメリカはもはや戦後直後のような力はない。そうした中、アメリカは軍事力の同盟によって対抗しようとしています。
 アメリカのインド太平洋戦略というのは、ご存じのように中国封じ込めの同盟としてQuad、Quadプラスがあります。実はこのQuad、4カ国という意味なのですが、日米豪印4カ国の戦略対話は最初、当時の安倍首相が提案したといわれています。中国を封じ込め、中国の陸と海の「一帯一路」を分断する。インドを引きつけ楔を入れる狙いです。しかしインドは、これに必ずしも積極的に賛成していない。
 さらにそれを強化するために韓国、ベトナム、ニュージーランドを加えて、これに台湾も加えながらQuadプラスをつくろうとしています。

アメリカのインド太平洋戦略

 Quad、Quadプラスは「東アジア版NATO」と呼ばれています。中国、ロシア、北朝鮮を封じ込め、台湾と沖縄をその防波堤にしようとしている。そういう状況を東アジアでつくり出してはならないと思います。
 今のQuadには日本とインドというアジアの国が入っているのですが、日本やインドが必ずしも積極的ではない。躊躇している。なぜ躊躇しているかというと中国との経済関係、あるいはインドはロシアとの経済・軍事関係があってなかなか思うようにはいかない。
 そこで生まれたのがAUKUS。これは各国の頭文字を取ってAUはオーストラリア、UKはイギリス、USはアメリカ、アングロサクソンの3国同盟です。これはさらにQuad以上に軍事、IT、AI、核のより密接なアングロサクソンの同盟といわれています。
 なぜこのように結び付くのか。20世紀のアメリカ一強と異なり、アメリカは同盟を組まないともはやトップの座を維持できない。すでに中国のIT人口は10億に至りました。米欧日のIT人口を合わせても、中国が凌ぐ。それをインドが追っている。ITやAIは、経済だけでなく、軍事や社会、あらゆるものをリードするという点で、その中国に対抗するためにQuadやAUKUSをつくっているということです。
 さらにこれを軍事的に見てみると、われわれの日本列島がいかに地政学的に重要なものなのかが分かります。琉球弧・南西諸島を含む日本列島は、アジア大陸の東側にくっついている小さな島々に見えますが、大陸の側から見るとロシア、朝鮮半島、中国を封じ込める3千キロにわたる自然要塞になります。
 この自然要塞日本をアメリカが押さえることで、中国やロシア、北朝鮮が太平洋に出てくることを抑える。だから北方領土と尖閣諸島は重要なのです。また空のレベルでいえばミサイルがアメリカに飛んでくるのを、日本のイージス艦、イージス・アショアで抑える。いかに日本列島3千キロ、うち沖縄・南西諸島1200キロが重要なのかが分かります。日本列島の半分近くが沖縄・南西諸島なのです。
 もし台湾有事が起これば、米軍の軍事基地、沖縄も即巻き込まれる。ミサイルがわれわれを守るのではなく、向こうから撃ち込まれる標的になる。つまりアメリカが私たちを守っているのではなくて、私たちがアメリカを守るために、中国・台湾の目と鼻の先に立ちはだかっている、という図式になります。ここに次々に武器が流入したらどうなるでしょうか。

アジアは平和の地域。二度とアジアに核爆弾を落とさせない

 振り返ってみると、沖縄戦から広島、長崎への原爆投下は1944年10月の米軍の空爆に始まり、那覇市は90%が焼け野原になったといわれています。そこから沖縄戦が始まり多大な犠牲者を出しました。その後、米軍は8月6日広島に原爆を落とし、9日は長崎に原爆を投下しました。私の父は広島で原爆を受けました。そして奇跡的に生き延び最後にはガンで亡くなりました。被爆二世として二度と日本に原爆を落とさせない。原爆を落としたのはアメリカです。中国でもロシアでもありません。
 なぜ私たちは台湾を守るため、日本が武装し戦わなければならないのでしょうか。こんなに近接した、歴史的に文化と人の交流を続けてきた中国やロシアや韓国に対して、私たちは弁慶のように手を広げてアメリカを守るために戦うべきでしょうか。全くその必然性はない。
 沖縄で大量の民間犠牲者を出した、そして広島の子どもたちや若者たちあるいは一般市民、長崎の市民の上に、都市の上に爆弾を落とした人道的罪は、現在でも問われなければならないのだと思います。世界で原爆を、都市に、民間人の生活の上に、実際に落とした国は、一つしかありません。
 ロシア、中国にはそれに続いてほしくないと思います。アジアは互いに密接に交流してきた平和の地域です。二度とアジアに原爆を落とさせたくないと思います。

沖縄を平和のハブに、交流のネットワークを

 ここは素晴らしい沖縄の土地です。空は抜けるように青く、海はどこまでも深く美しい。沖縄は歴史的に平和と交流の島でした。東南アジアから、そして中国大陸から、朝鮮半島から、さまざまな所から人びとが集まり、お互いに交流をしてきました。そして現在、空においても沖縄は世界中とアジア中と結び付くネットワークをもっています。中国13億人、ASEAN6億人、日本1億3千万人、沖縄をハブに、ここで東アジア20億人の巨大マーケットができている。つまり、沖縄は交流とマーケットの中心地であり、文化の中心地であります。
 若者と経済界がリードする平和と繁栄の地域に、なぜ大量の武器を入れ、中国大陸に対して武装しなければならないのでしょうか。アメリカのアジア支配だけの都合です。
 私はこれに対して、「沖縄が平和のハブになるように」ということを申し上げました。鳩山先生も、沖縄に平和の東アジア共同体をつくるべきだと言われました。
 私の意図するモデルは冷戦の二極化時代の中で市民によりつくり上げられたCSCE(ヨーロッパの安全保障協力会議)というものに端を発しています。1975年にヘルシンキでNGO、地方自治体と市民が発案したものです。冷戦で世界が二つに分断されているそのただ中で、CSCEは、西側のEUやNATOだけではなくて、ロシア、アルバニア、セルビア、東ヨーロッパ全部の国が入って、話し合いをする場をつくった。冷戦期に、です。市民によって、です。
 私は先日、ウィーンにあるCSCEの本部に行ってきましたが、ちょうどロシアのジャーナリストを殺害した問題やアルバニアでの民族対立の問題が話し合われていました。それぞれの課題で、その双方の側が出てきて、「議長、ありがとうございます」と言いながら、批判されている側も同等の場で、自分たちの主張をお互いに出す。素晴らしい場だと思いました。異なる意見を相互に聞いたうえで、構成国全体で判断する。非難し封じ込めるのとは真逆の立場です。これをぜひ本来平和で相互交流によって発展してきた、東アジアにも市民の手で、皆さんの力でつくっていただきたいと思っております。

あと10年で中国が、40年でインドが、アメリカを追い越す!

 アジアは何が得意でしょうか。文明と経済が得意な、豊かな地域なのですね。これはアンガス・マディソンが作成した世界統計図です。一躍有名になり統計学が世界を席巻する基礎となりました。通常半年かかって打ち出される各国GDPを、世界最速のメガコンピューターで計算した世界各国のGDPシェアを西暦1年から2030年まで文化・文明も経済数値化して打ち出すと、なんと中国とインドが西暦1年から1800年までの18世紀間もの間、世界の経済の半分以上を握っているんですね。落ち込んだのは植民地時代でアメリカと欧州が、武力によって植民地を拡大する中、アジアは植民地化されてGDPは落ちていきます。しかし、植民地が解放された第二次大戦後、再び成長してきて今やアメリカを追い抜こうとしている。
 つまり、中国の発展は奇跡ではなく、元に戻ろうとしているだけなのだということです。それを、アメリカは軍事的封じ込めで妨げようとしている。それは歴史の流れを武力で抑え込むことではないでしょうか。
 中国の「一帯一路」だけでなく、インドもSAARC(南アジア地域協力連合)やBIMSTEC(ベンガル湾多分野技術経済協力イニシアチブ)という組織を周辺国と共につくっている。中国もインドもすでに14億を超える人口がありますが、それを自国だけで抱え込むのではなくて中国は地球を半周するほどの投資インフラ百年計画で世界と結ぼうとしています。インドも14億という人口がありながら、周りの国々と結び付き南アジア連合SAARCをつくっています。インドでは、「南アジア大学」がデリーにつくられて、南アジアではパキスタンとインドなど戦闘している地域もあるが、若者たちが共に学ぶことによって、将来は友好と連帯の地域になるだろうと言っているのですね。これをぜひ東アジアでもやっていきたいと思います。

東アジアの平和の話し合いの場をつくる

 東アジアで平和の話し合いの場をつくる。もし政府が難しいなら、私たち自治体や市民、大学、若者たちがつくっていく。そして、そこで軍事や経済、政治、社会、文化、歴史の話、何でもしていく。本日このような場をつくってくださった国民連合の皆さんに心から感謝するとともに、本日のシンポジウムをぜひ恒常化させたいと思っています。毎年開き、地域連携の強化につなげてゆきましょう。
 アメリカは今、米中核戦争を着々と準備しています。アメリカが世界トップの座に生き残るためです。『2034』というアメリカの元NATO欧州連合軍最高司令官が書いた本をぜひ読んでみてください。そのレッドラインは尖閣、南シナ海、台湾であるといわれています。東アジアの核戦争の、リアル小説です。
 絶対に東アジアで戦争を起こしてはならない。東アジアで戦争が起こったら1億人を超える犠牲者が出るといわれます。ウクライナや第2次世界大戦の比ではない。東アジアは六者協議と呼ばれる6カ国の利害が錯綜している所です。米、中、ロシア、北朝鮮、韓国、日本です。現段階で、政府レベルで平和をつくり、手を握ることは、きわめて難しい。
 むしろ緊張が増している。だからこそ、沖縄から、市民から、若者から、地域から、皆さんに平和の礎をつくっていただきたいと思います。

何をなすべきか ― 沖縄、地域自治体をハブとする平和構築

対話の場の確立(まず、知識人・地域市民・メディア・NGOで!)

 最後になりますが、何をなすべきか。沖縄や自治体をハブとする平和構築、対話の場をここからつくっていきましょう。戦争ではなく、平和、対話。そして日中韓、さらに台湾を結ぶ、継続的な繁栄のネットワークを、私たちはつくることができると思います。私たちは勤勉さと経済力、知力、「和」というアジア特有の協同の考え方を持っています。全ての近隣国と仲の良い沖縄を中心に平和のネットワークを、アジアに平和をつくっていってください。市民、若者たちの手で、私たちの手でがんばっていきましょう。
 ありがとうございました。