もはや暮らしも平和もこの国は持続不可能だ
『日本の進路』編集長 山本 正治
主食のコメもない、灼熱の夏。大地震警告の列島。東アジアの戦争を阻止できるのか。文字通り国民の生活・生命とわが国の存立に関わる重大局面である。
立憲民主党代表選、自民党総裁選(本稿執筆時点では結果はまだだが)を経て、どの時期になるかは別に衆院解散総選挙である。しかし残念ながらこうした深刻な危機、重大な課題は争点になっていない。自民党では自らの金権腐敗、裏金問題には触れない。両党とも、中国脅威の誇張と日米同盟強化、軍拡主張の競い合いだけが目立つ。
重大局面にある日本の課題を直視し、持続可能な国へと打開の闘いが求められる。政治を変える壮大な闘いが必要だ。
完全に行き詰まった
自民党政治
裏金問題、金権腐敗で行き詰まり国民から見放されたのは岸田首相だけではない。自民党そのものであり、自公の連立政権である。公明党も代表辞任で顔を変えたがそれで済むはずはない。
自民党政権はすでに30年以上前に国民の支持を失っていた(1993年、自民党単独政権崩壊、細川護熙非自民連立政権成立)。しかし自民党は94年、「自社さ」連立の離れ業で政権復帰に成功し、以来、さまざまな政党との協力、なかでも公明党との連立で政権を維持してきた。
自民党は「策略」で政権を握ってきたのだ。政党支持が問われる衆院比例区選挙で自民党の得票率は有権者の20%にも届かない。5人に一人以下にしか支持されていない。それでも議席は過半数前後を確保し、そして他党を巻き込み、鳩山由紀夫首相の民主党中心政権のわずかな時期を除き政権を維持した。「策略」「欺瞞」といっても言い過ぎでないだろう。
2012年に、当時民主党の野田佳彦首相は、自民党の策略に見事に引っかかり、消費税の10%への段階的引き上げの3党合意を決め、さらに衆院解散を約束。11月の臨時国会で安倍晋三新総裁に解散を言い切り、党内の大きな反対を押し切って解散断行、民主党は分解。総選挙では大敗、政権を失う。自民党は、野田政権に国民の反発不可避な消費税増税を決めさせ、自らは手を汚さず、政権まで手に入れた。見事な「策略」と言うほかはない。
国民の支持を完全に失い破綻しながらも続く、「55年体制」以来の自民党政治を一刻も早く終わらせなくてはならない。その時が来ている。金権腐敗の自民党政治の崩壊と一緒に国民の命と暮らし、平和とアジア諸国との協力関係を失うわけにはいかない。
国民の生活と国の前途を憂える全ての人びとは協力し政治を変えなくてはならない。重大な時である。
「コメ騒動」の警鐘
この夏の「コメ騒動」は、対米従属政治が文字通り限界に来たこと、この政府は食料危機の世界で国民の食すらも保障できないことを分かりやすく示した。
コメを食べる日本人は減っているのにコメ不足が起きた。原因として、「2023年の猛暑」と「インバウンド消費」が言われる。だが、23年のコメの作況指数は101で平年並み(1994年「平成のコメ騒動」の前年作況指数は74)。インバウンド消費の増加量はわずか0・5%程度と推計される。
問題は「コメの生産量が低下している」ことにある。すなわち自民党政府による1970年以来のコメを作らせないという「減反政策」が真の原因である。
政府は、国民の主食であり、農家の最大の栽培作物であるコメの生産を一貫して減らしてきた。
その結果今日、農家の苦境は驚くべき事態である。稲作農家が1年働いて手元に残る所得は個人経営農家平均で粗収益301万7千円、経費304万7千円で所得計算は3万円の赤字。それも65万円程度の補助金等を繰り入れてだ。1~3町歩(1町歩≒1ha。農家平均は1・5ha)栽培で21万8千円の赤字(2022年)。ちなみに経営者の平均年齢は69・8歳。
戦後ずっと続く自民党農政、「売国農政」の結果である。自民党政権は輸出企業中心のわが国大企業のために、アメリカの小麦やコメなどの農産物輸入を受け入れて農業をつぶし、農家の子弟を低賃金の労働者として都市に追い出してきた。
鈴木宣弘教授は、「第2次大戦後、米国は日本人の食生活を無理やり変えさせてまで、日本を米国産農産物の一大消費地に仕立てあげようとした」と暴露する。「『米を食うとバカになる』という主張が載った本を、『回し者』に書かせるということすらやった」と。こうした政治が今日も続いている。
その結果今日、「瑞穂の国」で国民の命の糧、コメすらも安定供給できない国にしてしまった。「売国政治」と言う以外、他に言いようはない。国民の命の糧、コメすら供給できないような売国政治をもう終わらせる時だ。
食料自給、食料安全保障の確立は緊急の課題である。
所得減少に物価高騰が直撃
深刻な危機は農家だけではない。物価高騰が国民生活を直撃する。その特徴は生活に欠かせない必需品(食料品、家賃、光熱水道、交通、保健医療など)に高騰が集中していることである。
したがって所得が少ない人びとほど打撃が大きい。特に生存に不可欠な食料品の値上がりだ。
食料費の消費支出に占める割合であるエンゲル係数は、2014年度には25%(2人以上世帯)そこそこだったが23年度には30%近くに上昇した。年収350万円以下世帯では30%を超す。200万円以下では34・3%、地域的には沖縄は37・4%、大都会関東でも37・2%。多くの人びとが食べるのが精いっぱいの生活に追い込まれている。
食品高騰が直接の原因だが、根本原因は賃金の歴史的な大幅低下である。
「決まって支給する給与額」グラフでも明らかだが、手取りの名目賃金額が1997年をピークに下がり続けている。そこに物価高騰、とりわけ食品など生活必需品の急騰が襲ったのである。実質賃金の低下は著しい。
岸田首相は今年の賃金引き上げ額を誇っていたが、実質賃金で見ると誤差に近い。賃上げがある程度反映している今年上半期で見ると、1997年よりもまだ12・2ポイントも低い。焼け石に水。企業は企業間競争と人手不足で労働者確保のために引き上げざるを得なかったのだ。決して自民党政権の成果ではない! しわ寄せは下請け企業に行っている。
物価高騰の要因としては、円安の影響が大きいが、輸出企業にはプラスで、大企業の利益はうなぎ上りだ。
しかもこの30年間、自民党政権は、相次ぐ労働の規制緩和で無権利・低賃金労働を蔓延させ、消費税導入・税率引き上げと法人や個人の所得税引き下げなど「税制改革」で企業と資産家を支援した。大企業への財政的支援も、最近の半導体産業に至るまで莫大な財政が投入されてきた。さらにアベノミクスの超金融緩和と円安政策が追銭ならぬ超過利潤をもたらした。
一方、わずかばかりの国民生活への財政は、次から次へと減らされた。いまも、岸田政権は、「75歳以上の医療費窓口3割負担の対象拡大」を閣議決定するなど、医療・介護・子育てなど福祉削減にいちだんと拍車。さらに自民党総裁選では「労働の規制緩和」や「増税」を叫ぶ候補者が続出。とんでもないことだ。
「子ども食堂」に頼る政府
こうしてエンゲル係数が全国トップの沖縄県の23年度「0~17歳の子の保護者を対象とした調査」結果では、「生活が苦しくなったと大いに感じる」「ある程度感じる」との回答を合わせると約9割となっている。「大いに感じる」のは、当然にも低所得層ほど高い比率。「非正規雇用が多い低所得層に賃上げが十分に及ばず、格差の拡大がうかがえる」と分析。低所得層Ⅰでは「自殺を考えたことがある」との回答が実に20・1%にもなっている。
この危機的状況に自民党政権は応えていない。一方、生活危機打開を願う見かねた民間の努力、支援の輪が広がっている。
例えば、「子ども食堂」は23年の1年間に全国で実に1769カ所増加し、過去最⼤の増加数となった。47都道府県全てで増加し、総数では9132カ所となっている。充足率(⼩学校区のうち、こども⾷堂が「ある」⼩学校区の⽐率)で沖縄県はトップで56・7%(以上「全国こども⾷堂⽀援センター・むすびえ」調査)。
米軍基地問題に忙殺されながら、「でも、いま一番やりたいのは子どもの貧困対策なんです」と語った故翁長雄志知事以来の沖縄県はじめ多くの自治体が、この運動を支持し支援に乗り出している。沖縄県の施策は大きな成果を上げている。
こうした民間の努力、地方自治体の動きは厚労省など政府をも動かしている。重要な取り組みである。だが、対症療法に過ぎない。
「貧困」を生み出さない政治に変えなくてはならない。
大学まで若者の生活費を含む教育の完全無償化実現が急がれる。これは新しい日本の国家的大事業である。「貧困」を生み出す政治を変えなくてはならない。
異常気象 脱CO2に
踏み切らないと
「異常高温」「異常豪雨」「異常台風」で国民が命すら落とす日本は持続不可能である。
今年も昨年に続く記録的猛暑となった。9月になっても変わらず、全国で猛暑日の記録が更新される。本年4月29日~8月25日に熱中症で救急搬送された人は8万3238人(速報値)に上り、近年は年間1500人前後が熱中症で亡くなっている。
超大型台風での洪水氾濫・土砂崩れなどの災害が続発し、人命と経済にも被害は甚大である。少々データは古いが日本は2019年、世界全体の自然災害による保険損害額約5兆7000億円の3割弱を占めたという。農業生産や漁業にも多大な影響が出ている。日本は世界中で最も影響を受ける位置にある。
この「温暖化」の原因は二酸化炭素CO2の排出であることはもはや論を俟たない。本号で立花義裕三重大学教授は、CO2排出を「徐々に」ではなく、臨界点を超えないように即刻抑え込む必要があると強く訴える。
日本は、気候変動対策に消極的だと判断された国に贈られる「化石賞」を4年連続受賞した。文字通り自民党政権の責任に他ならない。しかし、温暖化対策・脱炭素政策は総裁選の争点にはまったくなっていない。
CO2排出削減を国家的事業として取り組まなくてはならない。
脱原発はゆるがせに
できない
自民党総裁選各候補はエネルギー政策で原発推進に一挙に傾斜した。驚くことに立憲代表選各候補も同様であった。これまで「反原発」「脱原発」を看板にしてきた議員まで相次いでその旗を降ろした。おおむね、「データセンターとAIで電力需要が跳ね上がる」との口実である。
南海トラフ大地震の切迫が言われ、8月8日の日向灘を震源とする地震で「南海トラフ地震臨時情報」巨大地震注意が出された。海水浴場すら閉鎖されたところが相次いだが、震源域で唯一稼働中の川内原発(鹿児島県)を含めて4カ所の原発はいずれも何一つ対策をとらなかった。実際の地震、大津波などには対処のしようがないと諦めているのか。
地震による安全問題ひとつから見ても原発再稼働や新設など論外である。
そもそも原発は経済効率が良いなど真っ赤な噓だ。元経産省の官僚だった古賀茂明氏は「原発は発電コストが高く、もはやお荷物という認識。いまや『再エネ+蓄電池』の組み合わせの方がはるかに優れている。これが世界の常識」(日刊ゲンダイ)と。
東電福島第一原発の事故処理費の多くは、最終的には家庭や企業の電気料金に上乗せされている。さらに岸田政権は、原発新設の建設費を電気料金に上乗せできるようにする制度の導入を検討している。冗談ではない!
岸田政権が23年2月に踏み込んだ「原発新増設や60年超運転容認」を撤回させ脱原発政策を確立するとともに、脱炭素政策の抜本的推進は喫緊の課題である。
日本は中国はじめアジア各国とともに「脱炭素・脱原発」で世界の先頭に立つ決意を固めるときである。
持続可能で自立平和の国へ
農林漁業を基礎に
地域分散型国土形成を
安全な食料と脱炭素・脱原発・再生可能エネルギーの自給を実現し、国民の命と暮らしを守る政治は喫緊の課題である。
東京一極集中型国家の限界は明らかで、分散型国土形成に転換しなくてはならない。
農林水産業を再活性化させ、地方を蘇らせる。食料だけでなく、エネルギーも地域の特性に合った再生可能資源の活用で分散型の地域自給確立を図る。
持続可能な日本を実現しなくてはならない。
アジアに生きる自主的な国に
アメリカの企む中国抑え込み戦略に同調してはならない。「日米同盟」に無批判では、日中戦争は不可避である。わが国は自主的に、大陸侵略戦争の反省をしっかりと踏まえ、日中不再戦を堅持しなくてはならない。日中国交正常化時の「一つの中国」原則の約束を堅持しなくてはならない。
わが国はどの国も敵視しない、なかんずく中国、韓国、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)など近隣諸国との友好関係を最も大事にしなくてはならない。わが国は歴史的にも中国はじめ大陸と共存共栄してきた。戦後も早い時期から日中の経済関係は発展し政治を導いた。今日、日本経済は東アジアネットワークの一環となっている。大企業財界の多くも含めてそこに活路を求めている。
政治がリードすべき時である。脱炭素のエネルギー政策、感染症対策など東アジアの共同が急がれる。わが国の展望は、東アジアの国際協力、ネットワーク形成にある。アジアに生きる自主的な国こそ展望である。