経済秘密保護法を廃案に

中国を敵視し、軍事研究を進める
経済秘密保護法を廃案に

経済安保法に異議ありキャンペーン・
明治学院大学国際平和研究所研究員
小寺 隆幸

 4月9日、「重要経済安保情報保護・活用法案」(私たちは経済秘密保護法と呼ぶ)がわずか25時間の審議で衆議院を通過した。具体的なことは政令で決めるという国会軽視の法案であるにもかかわらず、立憲も心ある議員の抵抗を押し切って若干の修正で賛成し、共産・れいわなどが反対したのみだった。


 本誌が届くころ参議院で論戦がなされているはずだが、何としてでも廃案に追い込みたい。そのために今全国で声を上げ抵抗することが、経済と学術を戦争に動員するという狙いを阻止する力になる。

特定秘密保護法の拡大

 この法案の本質は2013年に成立した特定秘密保護法の経済と学術への拡大である。特定秘密保護法は、防衛・外交・スパイ防止・テロ防止の4分野で秘匿性が高い情報を特定秘密に指定し、それを扱う公務員・自衛隊員などに身元調査SC(セキュリティー・クリアランス)を行い、漏らせば最高10年の懲役を科す。この4分野自体も曖昧で何でも特定秘密にできる。
 本法案はさらに経済と学術に広げ、「漏洩が安全保障に支障を与える恐れがあり秘匿すべき情報」を「重要経済安保情報」と規定する。
 さらにこの中で安全保障に「著しい支障」を与えるものを「特定秘密」とし、その漏洩には特定秘密保護法を適用する。4分野に限定した特定秘密保護法の拡大は法改定が必要だが、運用でごまかす。
 それとともに安全保障への支障が著しくない秘密の漏洩にも5年以下の懲役を科すと定めるのがこの経済秘密保護法である。現行の国家公務員法や自衛隊法の秘密漏洩は拘禁1年以下であることに比べ厳罰化が著しい。その上、共謀・教唆・扇動した者も処罰する。
 しかも有識者会議の議論ではトップシークレット(機密)、シークレット(極秘)だけでなくコンフィデンシャル(秘)も秘密指定するとされている。英仏では既に、米も近々コンフィデンシャル級を秘密指定から外すが、日本は逆に秘密だらけの国になりかねない。

何が秘密になるのか

 そもそも何が「重要経済安保情報」なのかも法案には示されていない。有識者会議は、①サイバー攻撃に対抗する能動的サイバー情報など、②特定重要物資(薬剤、肥料、産業用ロボット、半導体など11件、重要鉱物20種)の情報、基幹インフラ(鉄道、発電所、港湾など15業種)のIT設備・機器・プログラム関連情報、③AI、量子、宇宙、海洋など先端・新興技術分野の研究開発情報、④国際共同研究開発情報を挙げている。
 どれも私たちに密接に関わる。
 ①は政府が通信傍受をしてもそれ自体が機密とされ、国民が知らないまま監視社会になっていく。
 ②は中国から輸入している重要物資の供給先を中国との戦争を念頭に他国へ替えることに関してだが、その情報を秘密にするのは、医療、食、武器生産などの資源確保が戦争の帰趨を左右するからである。さらに中国製IT機器は情報が漏れるという米国の根拠のない主張に追随し、戦争において最重要となる鉄道・港湾・発電所などのインフラでの使用を禁じる。
 また政府は今後「革新軽水炉」など新たな原発を造ろうとしているが、その設計が秘密になれば危険性のチェックさえできない。海渡雄一弁護士はもんじゅ訴訟で研究開発情報が非公開とされた中で、炉心が核暴走を引き起こす恐れがあるとした動燃の内部レポートを偶然古書店で見つけ、設置許可無効の判決を得ることができたという。そこには『取り扱い注意』と書かれており、本法案が成立すればコンフィデンシャル級の情報として秘密指定されるだろう。さらに良心的技術者の内部告発も秘密漏洩として処罰される。こうして国民が真実を知ることができない秘密社会が実現する。

軍事研究を進める狙い

 ③④は軍事研究のための秘密指定である。本法案を急いで衆院通過させた翌日、岸田・バイデン共同声明が「AUKUS第2の柱に関する日本との協力の検討」を謳ったことに象徴的だが、本法案は軍事研究を加速させる。「第2の柱」とは、米英豪が、海洋・量子・AIと自律兵器・サイバー・極超音速・電子戦など核心的防衛技術を共同で開発することだが、そこに日本も加わるのか。80年前、米軍は科学者を動員し極秘のうちに核兵器をつくり、その悪魔的本質を人々が知らないうちに使用した。今、自律的に人間を殺すロボットや兵士のサイボーグ的改造などの研究が進む。軍事の暴走に歯止めをかけられるのは市民社会の監視と良心的科学者の内部告発だけだが、そうさせないために重罰の秘密保護法が作られたのである。
 しかも軍事研究の秘密化は、日本の科学技術の在り方を大きく変える。軍事技術として秘密指定されれば特許も取れず、民生での利用ができなくなる。また中国などとの研究交流を制限する動きも強まっている。「開かれた交流が、科学の過程の本質を成し、また、科学的成果の正確性及び客観性の強力な保証を与える」(2017ユネスコ勧告)という学術の在り方自体が危機に瀕している。デュアルユース研究は民生にプラスになるどころか、その本質は軍による民間の先進的研究の簒奪である。

人権を侵害するSC

 軍事研究はもとより、他国企業と重要技術を共同開発する際にも身元調査が欠かせないと、特定秘密保護法で実施されているSCを経済と学術にも導入する。だがこれまでは主に公務員と自衛官が対象だったが、今後重要物資のサプライチェーンや基幹インフラに関わる多数の企業人や大学の研究者など数十万人が対象になり得る。そして犯罪歴、飲酒、借金、精神疾患などのプライバシーを家族も含めて調べる。目的が「我が国及び国民の安全を著しく害し、又は害するおそれ」を除くためである以上、思想や信条にまで踏み込みかねない。しかもその情報を内閣総理大臣が一元的に管理する。有事の際に人々を監視するための膨大な情報を公安が蓄積していく。「拒否しても不利益は生じない」と政府は言うが、当該プロジェクトから外されることは必至である。

秘密保護と民主主義

 本法案の危険性は明らかだが反対の声は広がらない。マスコミを動員した中国たたきの中で、秘密保護は必要だという意識が醸成されている。だがたとえ秘密にすべきことがあるとしても、民主主義の視点が貫かれねばならない。市民の情報への権利に関する国際的規範ツワネ原則は、「市民が政府を監視し、民主主義社会に参加するために、安全保障も含む情報へのアクセスが不可欠」とし、それを保障するために政府から独立した機関による監視や内部告発者保護などを定めている。そして米国でさえ政府の違法行為を秘密指定してはならないとし、独立した情報保全監察局が機密解除請求権を有している。
 一方日本では、政府が否定する密約が米国の公文書開示で明らかになるという事態がたびたび起きている。都合の悪いことを秘密にし、それが問題になれば文書がないと言い、さらに改竄まで行う民主主義をないがしろにする政府に、秘密指定のフリーハンドを与えてよいか。
 戦争は政府が真実を隠蔽し、人々を騙すことで初めて可能となる。本法案の成立は、戦争に向けた国家総動員体制への重要なステップである。何としてでも阻止したい。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする