2023年 IGメタル第25回定期大会に参加して
ものづくり産業労働組合JAM会長 安河内 賢弘
「あなたは投票結果を受け入れ、会長に就任することを承認しますか?」
「はい!」
一瞬の静寂の中で、一人の女性が立ち上がり、代議員席に向けてすべての参加者が驚愕するほど大きな声でイエスと叫んだ。次の瞬間、会場全体が総立ちになり興奮に包まれた。彼女の手には作業服を着た短髪の女性が握りこぶしを作ったイラストの描かれたプラカード。そのプラカードにはIGメタルのロゴとともに、“We Can Do It”と書かれていた。紺色のスーツに身を包み、長身でいかにもドイツ人らしい骨格をもった彼女は、鳴りやまない拍手の中で壇上に上がり、スピーチを始めた。
「IGメタルは強くあり続けることが世界から求められている」
彼女の名前は、クリスティアーネ・ベナー、IGメタル初の女性会長の誕生である。
日常的な組織強化活動が組合員の当事者意識を高め
IGメタルはドイツ最大の産業別労働組合であり、機械金属産業労働者を中心に約220万人を組織している。金属労協JCM全体で約200万人を組織しているので、ほぼ同規模と言える。
日本では約16%という組織率の低さが運動の弱さに直結しているといわれるが、IGメタルとJCMでは組織率に大きな差はない。ただし、ドイツではオープンショップが基本となるため、組織人員を維持しながら、さらに拡大させていくことは決して容易ではなく、組織部門に大きな人員と予算を割いており、日常的な組織強化の活動が組合員の運動への当事者意識を高め、強いIGメタルを体現している。
IGメタルの大会は4年に一度開催され、代議員数は約420人、傍聴を含めると約1000人規模で開催された。うち海外来賓は約50人である。
大会は10月22日(日)に開催されて実に7日間に及び、500を超える修正動議が審議された。修正動議は事前に提出され事前審査を終えた上で、大会に付されているようであった。修正動議ごとに執行部の考え方が示され、ある動議は重要な指摘であるというコメントとともに提起され、別の動議はさまざまな問題点があるため執行部としては否決されることを望んでいるというコメントがついた上で審議されていた。
未来へ
大会のスローガンは“Time for future”。運動の骨格は、①エネルギーとモビリティーの移行を形作る(公正な移行)、②雇用と福祉国家を将来にわたって保証する(雇用の確保)、③共同決定と労働協約による強力な団結(組合組織の強化)、④新時代のIGメタルである。
本大会をもって、2015年から8年間にわたり会長を務めてきたヨルグ・ホフマン会長が退任した。また、従来7人の本部役員体制(会長、副会長、財務書記長、中央執行委員4人)を、中執を2人の5人体制にし、スリム化を実現。同時に、会長と副会長を男女でジェンダーバランスをとることを決めた。
エネルギー問題と移民問題
大会3日目には、ベナー新会長とショルツ首相のスピーチが行われた。ベナー会長のスピーチは4つの運動の骨格に即してそれぞれ考え方が述べられ、組合員の適切な労働環境を求め、また環境にも配慮したエネルギー政策を通じた雇用の創出の必要性について訴えた。またITの発展による新たな働き方への対応、変化するモビリティー技術による新しい地域の形、労使交渉のさらなる強化に向けて取り組むと言及し、最後に民族主義者やファシストを強く非難し、民主的な運動を今こそ強く推進していくことが重要であると強調した。
また、ショルツ首相は、「今の経済状況を正しく理解し、正しいエネルギー政策を推進する必要がある。そして何よりも安定した価格による電力供給が経済の発展には欠かせない。労働力の確保も重要であるが、移民と難民はしっかり分けて議論すべきである」と話し、労働組合の共同経営権については、維持・拡張していくべきと言及した。
再生可能エネルギー政策で葛藤
双方とも電力問題への言及に多くの時間が割かれていた。実はドイツの電力政策はうまくいっておらず、23年にドイツはG7で唯一、▲0.3%のマイナス成長が見込まれている。その大きな要因が電力料金の高騰にある。ドイツは予定通り23年4月より原子力発電所が停止され廃炉に向けて準備が進められている。
誤算だったのはロシアによるウクライナ侵略によって、当てにしていたロシアからの天然ガスの輸入が止まった点であり、現在では石炭・褐炭に頼らざるを得なくなっている。その結果、二酸化炭素排出量も急激に増加しており、環境問題に敏感な国民から非難を浴びている。同時に産業用電力料金も割高となっており、IGメタルの大会では、とりわけ電力消費量の多い鉄鋼産業部門から対策を強く求める声が複数出されていた。ショルツ首相も懸命に電力問題について説明をしていたが、原子力発電所停止と再生可能エネルギー100%までの間をつなぐブリッジ電源について有効な手段が示されることはなかった。
ショルツ首相のスピーチ終了後、満場の拍手の中で、橋(ブリッジ)のモニュメントが手渡された。受け取った首相の顔が会場の巨大スクリーンに映し出されたが、彼の顔は苦笑いを浮かべていた。
ショルツ首相は社会民主党SPDの出身だから大会に呼ばれたのではなく、4年前にはキリスト教民主同盟CDUの出身であるメルケル首相(当時)もスピーチをしている。IGメタルでは、役員がそれぞれ政治的立場を明らかにしている場合が多く、IGメタルとして支持政党を明確に示してはいない。選挙のたびにそれぞれの政党とIGメタルの政策を比較した表を作成し組合員に配布している。原則中立の立場ではあるが、やはりSPDの政策と親和性が高いように感じられる。
青年部 あらゆる差別と闘う!
大会の中では青年部によるアピール活動も行われた。レイシストによって殺害された数人の若者の写真がスクリーンに映し出された。そこには#SayTheirNamesというハッシュタグが添えられていた。彼らは、“多様性は私たちを強くする”というスローガンを掲げ、あらゆる差別と闘うことを誓い、憎しみの始まりに抗うのはいまだと訴えた。10月7日にイスラエル・パレスチナ戦争が始まった直後だったこともあり、荘厳な雰囲気の中でアピールが行われた。
日本と同様にドイツも大きな転換点にある。電力政策のみならずモビリティーのEV化も順調に進んでいるとは言えず、中国やテスラの後塵を拝している。ダイムラーの職場委員会の役員によれば、ドイツでは当初EVは環境問題に関心の高い富裕層から順番に普及すると考えられており、急速なEV化に対応できていない。
さまざまな問題点を抱えながらもIGメタルは未来を見据え、対話を重ねながら打開策を見いだそうとしている。私たちがIGメタルに学ぶことは極めて多い。
(見出し編集部)