日中平和友好条約45周年における日中関係と台湾問題

日中平和友好条約締結45周年

世界の流れは変わった

東アジア共同体研究所長(元外務省情報局長) 孫崎 享

1 世界の潮流の中における日中関係

 今日日本の外交安全保障政策は米国との「同盟関係(本質は日本の米国への隷属)」を最優先し、この枠内で動く。日中関係は日本や中国独自の選択で動くのではなく、米国の指示の範囲内で動く。

 そして、「米国の中国への認識、関与の仕方が変わると、それは日中関係にも影響する」ことを十分に認識しておく必要がある。


 確かに、日本が独自に日中関係を構築できた時代がある。ニクソン大統領がベトナムからの撤兵を考えた頃だ。ニクソン大統領は1969年7月、「ニクソン・ドクトリン」を発表した。その骨子は、「侵略が問題となる場合には軍事・経済援助を与えるが、自衛の第一義的責任は脅威を受けた国が負う」というもの。その精神は「〝ベトナムの二の舞いを演じない〟ということで、〝非核攻撃やその脅威に対しては、関係のアジア諸国自身が抵抗するものとする〟ということになる」とされている。
 つまり、米国はアジア人のために血を流すのはやめた、おまえらは適当に外交をやれということであった。1970年代、日本と中国はおのおのの国益を調整することができた。田中角栄首相が訪中し、72年9月に日中共同声明が発表され、日中国交正常化がなされた。78年8月12日に北京で、外相園田直と中国外相黄華の間で日中平和友好条約が署名された。米国の介入なしに、日中関係が築けた。
 ここで、日米関係の本質を見ておきたい。しばしば「日米同盟」という言葉が使用される。両国首脳が「ロン・ヤス」(ロナルド・レーガンと中曽根康弘)と呼び、あたかも対等の関係のような印象がマスコミによって作られる。だが実態は異なる。「従属関係」「隷属関係」と述べた方が正確だ。
 こう述べると、「言い過ぎではないか」との反論もあろう。米国の外交・安全保障分野で最も影響力のあるアリソン教授は2020年、「新しい勢力圏と大国間競争」の中で、ソ連の崩壊で「全世界が事実上のアメリカ圏となった。強者(米国)は依然として自分たちの意志を弱者に押し付けた。世界の他の国々は主にアメリカの規則に従って行動することを強いられ、さもなければ壊滅的な制裁から完全な政権交代に至るまで、莫大な代償に直面することになった」と記している。
 まさに「米国の規則に従って行動することを強いられ、さもなければ壊滅的な制裁から完全な政権交代に至るまで、莫大な代償に直面することになった」のが日米関係であり、それが今、ますます強化されている。日本はこの範囲で今中国に対峙している。

2 国際政治の枠組みの変化

 冷戦崩壊後、中国は経済力を強めた。CIAは世界最強の情報機関である。ここが世界情勢を解説する〈World Fact Book〉というサイトを持っている。ここで「真のGDP」というタイトルで各国のGDPを比較し、米国21・1兆ドル、中国24・9兆ドルとしている。経済規模では今や中国が世界一である。
 文部科学省の科学技術・学術政策研究所は8月8日、各国の2019~21年の平均論文発表数などを分析した「科学技術指標2023」を公表した。その中では科学論文の上位10%の論文数ランキング1位は中国で5万4405件、2位米国で3万6208件となっている。これは米国より中国が将来に向けての発展で可能性がより高いことを意味する。
 この中で米国の選択はどうなるか。協調の下、共に発展する道か、敵として対立するか。
 先に紹介したアリソンは「トゥキディデスの罠」――従来NO1であった覇権国はNO1の座をうかがう新興国が出てきた場合戦争になる可能性がある――を指摘し、「現在の軌道では、数十年以内に米中戦争が起こりうる可能性は、ただ〝ある〟というだけでなく、現在考えられているよりも非常に高い。過去500年の例をみると、戦争になる確率は50%以上だ」としている。
 こうした雰囲気は米国国民の中にもある。世論調査機関ギャラップ社は「世界における米国の位置」という報告を発表し、その中に「アメリカの最大の敵国はどこか」の問いに対する米国民の回答を%で示している。
 中国50%、ロシア32%、北朝鮮7%、イラン2%。
 2023年はまだウクライナでロシアが戦争を行っている時にもかかわらず、中国の脅威の方が大きい。いかに今中国に対する敵愾心が強いかが分かろう。

3 台湾正面での軍事力の差―台湾海峡で米中が戦えばどちらが勝つか

 台湾海峡で米中が戦えばどうなるか。
 多くの人にとっては、愚問であろう。「米国が勝つに決まっているじゃないか」である。
 この考え方を、最初に明確な論理で覆したのはランド研究所で、2015年、論評「アジアにおける米軍基地に対する中国の攻撃」を発表した。その要点は――
 ◎中国は自国本土周辺で効果的な軍事行動を行う際には、全面的に米国に追いつく必要はない。
 ◎特に着目すべきは、米空軍基地を攻撃することによって米国の空軍作戦を阻止、低下できる。
 ◎中国は日本における米軍基地を攻撃しうる1200の短距離弾道ミサイルと中距離弾道ミサイル、巡航ミサイルを保有する。
 ◎台湾のケースでは嘉手納空軍基地への攻撃に焦点を当てた。台湾周辺を考慮した場合、嘉手納基地は燃料補給を必要としない距離での唯一の空軍基地である。
 ◎ミサイル攻撃は米中の空軍優位性に重要な影響を与える。それは他戦闘分野にも影響を与える。
 ◎米中の軍事バランス:台湾周辺
 1996年 米軍圧倒的優位→2003年 米軍圧倒的優位
 2010年 ほぼ均衡→2017年 中国優位
――といった次第である。
 米軍は素晴らしい戦闘機を持っている。だが台湾に向けて飛び立つ米軍基地の滑走路を破壊すればもはや戦闘に参加できない。中国が制空権を確保することになる。
 アリソンは「フォーリン・アフェアーズ」誌20年3月号で、「台湾海峡有事を想定した、18のウォーゲームの全てでアメリカは敗れている」と記述した。ニューヨーク・タイムズのコラムニスト、クリストフは「ニューヨーク・タイムズ」紙(2019年9月4日)で「いかに中国との戦争が始まるか」を発表し、「ペンタゴンが行った、台湾海峡における米中の戦争ゲームで、米国は18戦中18敗したと聞いている」と記載した。
 さらに、マストロ研究員は同じく「フォーリン・アフェアーズ」誌21年7・8月号に、「最近ランド研究所とペンタゴンとで行われたウォーゲーム(複数)で、台湾を巡る米中軍事衝突は米国が敗北するだろうということを示した」と記載した。

4 米国は反中同盟を画策、その中心が台湾問題

 米国は中国の経済発展を止めたい。しかし、台湾海峡を挟んで米中が軍事衝突しても米軍は負ける。
 ここで米国の一極支配に中国と並んで抵抗したロシアのケースを見てみよう。ロシアはNATOのウクライナへの拡大阻止を目指し、ウクライナに侵攻した。そしてウクライナを舞台にロシア軍とウクライナ軍が戦う。米国はウクライナに武器支援をする。国土が荒廃し、死者を出すのはウクライナである。米国は武器支援をして戦争を長期化させ、ロシアが疲弊するのを待つ。
 米国はほぼ類似のシナリオを描いているであろう。台湾・日本の領土(台湾有事になれば沖縄の嘉手納米軍基地への攻撃は自動的に行われるであろう)で武力紛争をさせる。国際世論に対し中国は台湾、日本に軍事行動をした、これは許せないとして、世界に対中国経済制裁を求める。
 台湾、日本が軍事紛争に行くためには、両当事者が中国と平和的な関係を持たないようにする。両当事者が軍事紛争になっても孤立する意識を持たないよう、米・日・台湾の軍事関係を強化する。
 こうした中に麻生発言がある。台湾を訪問中の自民党の麻生太郎副総裁は8月8日、台北市内で講演し、台湾海峡を含むこの地域で戦争を起こさせないためには抑止力が必要であり、日米や台湾にはいざとなったら戦う覚悟が求められると語った。

5 日中共同声明、平和友好条約の意義

 私たちは過去、台湾問題に関し中国とどのような約束をしてきたか。
 日中共同声明(1972年)では、「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」とした。
 日中平和友好条約(1978年)では前文において、「前記の共同声明に示された諸原則が厳格に遵守されるべきことを確認し」とし、さらに第一条「両締約国は、主権及び領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政に対する相互不干渉」としている。
 日本は台湾を独立国として扱ってはいない。日本の世論はしばしば「中国は国際約束を守らない」と批判するが、日中関係の基本的合意を破っているのは麻生氏のごとく日本の方である。

6 台湾国民の意思

 日中共同声明や日中平和友好条約に言及すると、しばしば「では台湾の意思をどうするのだ」という問いがなされる。この点を見てみよう。
 2022年台湾の国立政治大学選挙研究中心が実施した世論調査は次の通りである(表1)。
 上記の世論調査は、68・1%が少なくとも当面現状維持である。
 台湾が現状維持であれば、中国が武力行使を行う可能性は極めて低い。
 「台湾有事」と騒ぐ人々は「台湾有事」を避けようとするのではなく、「台湾有事」を作り出そうとする人々である。

(表1)  
即時独立 4.6%
即時統一 1.2%
現状維持、後決定 28.7%
現状維持、永遠に 28.5%
現状維持、後統一へ 6.0%
現状維持、後独立へ 4.9%
無回答 5.6%

7 対米従属から脱する時期

 今日の日本政府の外交は米国の指示に従うことにある。だが世界の流れを見ると、対米従属から脱する時期に来ている。先にCIAの「真のGDP」に言及したが、今一度この数字を利用して作成した表を見ていただきたい。(表2)。
 つまり、GDPは、「中国が米国より大きい」だけではなくて、G7・7カ国の合計が非G7上位7カ国より少ないのである。
 日本外交は今転換すべき時にある。

(表 2)            (単位兆ドル)
G7 非G7上位7か国
米国 21.1 中国 24.9
日本 5.1 インド 9.3
4.4 ロシア 4.1
3.0 インドネシア 3.2
3.0 ブラジル 3.1
2.5 メキシコ 2.4
1.8 韓国 2.3
小計 40.9 小計 49.3