多極世界に対応できぬ「斜陽クラブ」
元共同通信客員論説委員 岡田充
主要7カ国(G7)広島サミットが5月19~21日に開催された。ウクライナ・台湾問題、経済安保の3大テーマで加盟国間に隙間風が吹き、新興・途上国など8カ国との拡大会合でも中ロに対抗する軍事同盟の強化を嫌う新興国との溝は埋まらなかった。「金持ちクラブ」として出発したG7だが、米国、日本など先進国の衰退によって世界秩序をリードするG7は終わり、多極化する世界に対応できない「斜陽クラブ」を印象付けた。会議に政権基盤の強化と「レガシー」づくりを託した岸田文雄首相は「日本の歴史で最も重要なサミット」と意気込んだが、ないものねだりに終わった。
欺瞞に満ちた「核廃絶」
19日の核軍縮に関する共同文書「広島ビジョン」は、①ロシアの核威嚇やいかなる使用も許されない、②北朝鮮に核実験と弾道ミサイル発射の自制要求、③中国を念頭に、透明性を欠く核戦力の増強は世界と地域の安定にとって懸念――など、中ロ朝を敵視する内容になった。
岸田政権は、バイデン米政権が進める「統合抑止戦略」に乗って、日本の大軍拡と「核の傘」を連結、その一方で核兵器廃絶を目指す核兵器禁止条約には反対し続けている。この矛盾に満ちたポジションは、「核廃絶を目指す」岸田の主張がいかに欺瞞に満ちているかがわかる。
20日には英文で40頁の首脳声明が発表された。「地域情勢」の冒頭に中国問題が初めて独立した項目として扱われた。台湾問題では「台湾海峡の平和と安定の重要性」という表現を21年の英コーンウォール・サミット以来3年連続で出した。今回はそれに加え、台湾海峡の平和と安定を「国際社会の安全と繁栄に対し『必要不可欠』」と初めて形容し、日本が台湾問題により主体的に介入する姿勢を打ち出した。
中国問題では、チベット、新疆ウイグル自治区の人権問題で懸念表明し、東シナ海と南シナ海での「力又は威圧によるいかなる一方的な現状変更の試みにも強く反対」を盛り込んだ。その一方、「中国と建設的かつ安定的な関係を構築する用意」を表明、半導体のサプライチェーンから中国を排除する課題では「過度な依存を低減」と、比較的温和な表現にとどまった。これは中国との経済関係を重視し、バイデン政権の反中国政策を嫌うフランス、ドイツや多くの途上国に配慮せざるを得なかったためだ。
戦争継続を確認
ゼレンスキー・ウクライナ大統領の広島訪問によって、G7はゼレンスキーに「乗っ取られた」。戦争継続のため、①G7主要国から軍事的支援の強化を要求、②インド、ブラジル、インドネシアなど停戦と政治解決を求める新興・途上国に、ウクライナの立場を理解させる――ことが目的。
バイデン政権は20日、米国製F16戦闘機のウクライナ供与容認を発表、ゼレンスキーに花を持たせた。首脳宣言では「ロシアの違法な侵略戦争に直面する中で、必要とされる限りウクライナを支援」を冒頭でうたい、かろうじて戦争継続路線を確認した。だが対ロ制裁を支持しているのは、欧米中心に40カ国に過ぎない。多くの国は政治的解決を主張しており、②の目的は達成されずに終わった。
さらに4月20日に行われたバイデン・マクロン電話会談では、双方の亀裂が改めて表面化する。米側は会談の内容について「台湾海峡の平和と安定を維持することの重要性を再確認した」と、台湾問題での合意を強調した 1)。
だが、仏大統領府の発表 2)は、その部分を「インド太平洋地域全体で、航行の自由を含む国際法を支持」と表現しただけで、「台湾」とは明示していない。訪中時のマクロン発言こそ本音だったことを印象付けた。
それだけではない。ウクライナ問題についてマクロンは、「中国は国連憲章の目的と諸原則に従い、中期的には紛争終結に資する役割を担っている」と述べ、「双方(仏米)はこの目的のために、中国当局と関与を続ける重要性について一致した」と書いたのである。
中国のウクライナ問題のポジションは、ウクライナへの先進兵器供与は、戦争を長期化させていると批判。人道危機の回避のため、停戦と和平交渉による政治解決を主張している。中国政府は2月24日、ウクライナ紛争の仲裁案を発表、それは①主権、独立、領土保全の尊重、②冷戦思考の放棄、③当事者による直接対話を通じて全面的停戦実現、④人道危機の回避、⑤原発攻撃の停止、⑥核兵器の不使用、⑦対ロ制裁の停止――など12項目からなる。
バイデンからすれば、マクロンの中国案支持はG7結束にひびを入れる「謀反」に映る。それを承知で敢えてコミュニケに明記したフランスのしたたかさ。米一極支配に与しない「戦略的自律性」の面目躍如だ。
仏の独自路線と対米確執
マクロンは2年前の英コーンウォール・サミットでも、「G7は中国敵対クラブではない」と明言し、ドイツ、イタリアとともにG7共同宣言に台湾問題を初めて盛り込むことに抵抗したことがあった 3)。
フランスの「戦略的自立」は今始まったわけではない。ナチス・ドイツのフランス侵攻に抵抗するレジスタンス運動を率いたシャルル・ドゴール(1959~69年大統領)の「ドゴール主義」に源がある。その特徴は米ソ冷戦時代も、米支配から脱却し自国利益を追求する独立したスタンスにある。
1964年1月には、西側諸国で初めて中国を国家承認し、2003年の米軍のイラク侵攻作戦では、ドイツとともに侵攻に反対した。直近では、米政府が21年9月に創設した米英豪3カ国の新安保協力の枠組み「オーカス(AUKUS)」が好例だ。バイデンはオーカス創設にあたり、豪州にフランスと締結したディーゼル潜水艦開発契約の破棄を通告させ、それに代わって米英が原子力潜水艦建造技術(8隻分)を豪州に供与すると発表したのだった。
この「裏切り」に対し仏政府は駐米・駐豪大使を召還する強い報復措置を発動した。国連安保理の常任理事国で、核保有国でもあるフランスをソデにしたツケは大きい。マクロンの台湾・ウクライナに関する今回の発言は、この時の裏切りへの報復だったと考えても不思議はない。
汚染水放出に大多数が反対
広島サミットに先立って4月、札幌で開かれたG7気候・エネルギー・環境相会合でも足並みは乱れた。争点は東京電力福島第一原発からの汚染水(処理水)の海洋放出問題である。日本政府は当初、海洋放出について「透明性のあるプロセスを歓迎」との文言を共同声明に盛り込もうとした。
しかし、米国を除くG7構成国の多くがこの問題を「(日本の)個別事情」と見なし難色を示し、ドイツは全て削除するよう要求、日本のもくろみは失敗した。にもかかわらず西村康稔・経済産業相は16日の閉幕記者会見で、「海洋放出を含む廃炉の着実な進展、そして、科学的根拠に基づくわが国の透明性のある取り組みが歓迎される」と、口頭で説明したのである。
こう聞けば、海洋放出計画をG7があたかも「歓迎した」ととられてしまう。西村発言を隣で聞いていたドイツのレムケ環境相は、間髪入れず「放出歓迎ということはできない」と反論した。
グローバルサウス重視の実相
岸田は23年1月の施政方針演説で広島サミットについて、「G7が結束し、いわゆるグローバル・サウス(途上国)に対する関与を強化する」と述べ、「グローバルサウス」対応に意欲をみせた。西側が新興・途上国の存在と役割に注目し始めたのは、ウクライナ進攻に絡み国連を舞台に対ロシア非難・制裁決議に、これら諸国が賛成せず棄権に回ったことが契機。
岸田は広島サミットの拡大会合に、韓国、オーストラリアをはじめ新興・途上国のインド、インドネシア、クック諸島、コモロ、ブラジル、ベトナム、ウクライナ9
カ国を招待した。ウクライナ侵攻に伴い新興・途上国は食料・エネルギー危機に直面しており、これを侵攻に絡む安全保障問題として取り上げたのだった。だが、拡大会合の「主役」は、すっかりゼレンスキーに奪われてしまった。
グローバルサウスには世界人口の半数を上回る40億人が住み、100以上の国家が属する。一方G7は、発足時の1970年代半ばの成員のGDP総値は世界の6割強を占めていたが、今や4割台に低下。人口比では世界の10%に過ぎない少数派だ。
岸田はゴールデンウイークの4月29日~5月5日、アフリカ4カ国(エジプト、ガーナ、ケニア、モザンビーク)を歴訪した。日本首相のアフリカ訪問は、安倍晋三元首相が「インド太平洋戦略」を発表したアフリカ開発会議(TICAD)ナイロビ会議(16年)以来7年ぶり。首相官邸記者クラブの記者が同行し、連日現地から報道したが現地の受け止め方はどうだったのか。
アフリカ事情に詳しいケニア出身の上智大学のキニュア・レイバン・キティンジ特別研究員の朝日新聞へのコメント 4)は厳しい。彼によると、これら4カ国では「日本の首相が来た」とは認識されたものの、訪問内容は現地メディアでほとんど報じられなかったという。
キティンジ氏は、岸田がケニアでルト大統領と会談したが、「驚くべきことに、そのほかの会合は日本人のボランティアや起業家との対話で終わりました。この対応には、ケニアのもつ可能性を軽く見ているようにも感じました。せっかく来たのに、なぜケニア人と交流しないのか。岸田首相は、現地の日本人にしか関心がないのでしょうか」と、その内向き姿勢を批判した。
彼はさらに対アフリカ支援を活発に進める中国と比較しながら「中国と距離を取るよう指導者たちに訴えても、聞く耳を持たないと思います。なぜなら、すでに中国の影響力は巨大で、排除できないからです」と答えている。
人民元決済拡大で
影響力強化
その中国について欧米諸国は、途上国を借金漬けにする「債務の罠」を問題視する。習近平国家主席は、広島サミット開幕の前日の18日から2日間、陝西省西安で中央アジア5カ国(カザフスタンとキルギス、タジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン)との首脳会議(サミット)を開いた。サミットは「一帯一路」を推進し「中国・中央アジア運命共同体を構築する」とする「西安宣言」を採択、①内政干渉に反対、②エネルギー協力拡大、③イスラム過激派の脅威に対抗などで合意した。
中国は、膠着状態の米中対立をよそに、新興・途上国に対する影響力拡大を進めており、中央アジアサミットも、G7に対抗して開いたのは間違いない。中国は、23年3月イランとサウジアラビアの国交正常化の仲介に成功。アフガニスタン問題対応では、ロシアやイラン、中央アジアとの連携を強化している。
注目すべきは、中国の新興・途上国に対する影響力の強化は貿易の人民元決済を急速に拡大していること。自国通貨に対するドル高で返済危機に陥る途上国にとって経済的「側面支援」でもある。
習は22年12月サウジアラビア訪問と湾岸協力会議(GCC)首脳会議で、原油・ガス輸入代金を人民元で決済する合意を取り付けた。経済制裁によって原油・天然ガスの西側輸出を禁じられたロシアは、中国との貿易の約7割を人民元とルーブルによる自国通貨決済にしており米ドル離れがゆっくりと進む。
国際的な決済ネットワークの国際銀行間通信協会(SWIFT)によると、国際貿易市場での人民元決済の割合は23年3月までの2年間で2%から4%に倍増した。ブラジル、アルゼンチン、バングラデシュのほか、アフリカ諸国でも人民元決済の動きは進む。中国人民元は途上国浸透の武器にもなっている。
島嶼国訪問を中止
バイデン政権も、新興・途上国へのテコ入れを怠っていない。今回は広島サミット閉幕後の22日に太平洋島嶼国のパプアニューギニアを訪問し首脳会議に出席、地域で台頭する中国を意識し、気候変動対策や海洋資源の保護、経済支援に加え、軍事的な足場固めを強化する予定だった。
さらにその足で豪州のシドニーに飛んで日米豪印4カ国の「クアッド=QUAD」第3回首脳会合(24日)に出席の予定だったが、連邦債務上限引き上げ問題が決着していないため訪問を中止した。
中国は昨年5月ソロモン諸島との間で安全保障に関する協定を締結し、バイデン政権を慌てさせた。米政府は今年初めソロモンに大使館を30年ぶりに開設。5月にはトンガにも設け、バヌアツやキリバスへの設置も決定している。今年80歳と高齢で言い間違い・記憶違いが際立つバイデンにとって、島嶼国訪問はグローバルサウスへの米国の取り組みの本気度を見せる絶好の場になるはずだった。
「名誉白人」の幻想
グローバルサウスは、まとまりのある集団ではない。ただ共通点も少なくない。第1に、バイデン政権が米中対立で強調する「民主か専制か」「米国か中国か」という二元論の「新冷戦論」には与しない。第2に、「普遍的価値観」としての民主、自由、法の支配など理念先行の外交ではなく、国益に基づく実利外交の追求でも共通する。
むしろ米中対立を利用して、エネルギー、食料・気候変動問題などで米中双方から経済的支援を引き出すことを利益とみなす傾向すらある。「民主主義陣営に引き込む」という米欧など西側の狙いとは逆ベクトルが働いている。
このため今回のサミットで官邸と外務省は、「普遍的価値観」を前面に押し出さず代わりに「力による一方的な現状変更は許さず、自由で開かれた国際秩序を守る」という表現で、ロシアと中国を非難した。
強調したいのは、岸田が口癖のように繰り返す「(日本は)アジア唯一のG7メンバー」という表現。中国の人民日報系「環球時報」 5)は、G7外相会議閉幕時に発表した社説で、その「口癖」を次のように突いた。
「(日本は)アジアでG7唯一のメンバーと主張し、アジアで自分の『西側の身分』を突出させることにアイデンティティーを見いだしてきた」
G7メンバーであることが、あたかも「名誉白人」であるかのような幻想を突いたのである。
日本の1人当たりGDPは、ドル換算で韓国、台湾、香港、シンガポールを下回り、世界30位にまで下落した。インドのGDPは間もなく日本のGDPを抜く。アメリカ、日本などG7成員国の政治・経済力が減衰しG7は「斜陽クラブ」になった。
世界秩序はもう米一極支配には戻らない。代わって中国、インド、ロシア、ブラジル、南アフリカの「BRICS」に代表される多極化秩序にとって代わっている。G7の凋落は2008年のリーマン・ショックで、新自由主義に基づく金融資本主義の破綻によって明らかになった。広島サミットはG7の終焉と多極化への転換が一層際立つ会議となった。
1)Readout of President Joe Biden’s Call with President Emmanuel Macron of France|The White House
2)President Macron spoke by phone with U.S. President Joe Biden.|Élysée(elysee.fr)
3)「民主」に寄りかかって国際政治を図る危うさ|中国・台湾|東洋経済オンライン|社会をよくする経済ニュース(toyokeizai.net)
4)朝日新聞デジタル記事「岸田首相の訪問、アフリカからどう見えたか 中国との違いは」https://digital.asahi.com/sp/articles/ASR5C554QR5CUHBI01C.html?_requesturl=articles%2FASR5C554QR5CUHBI01C.html&pn=6
5) 社评:G7外长会想展现团结,外界却看到了裂痕(huanqiu.com)