[シンポジウム 台湾有事を避けるために] 岡田 充

中国の最優先課題は世界一流の社会主義強国、中華民族の偉大な復興 

平和と地域安定追求こそわれわれの選択

共同通信客員論説委員 岡田 充

米ロの代理戦争としてのウクライナ戦争

 今日のメインテーマは台湾有事ですが。ここ1週間のウクライナの動きを見ると、全体として米ロのある意味では代理戦争的なところがあるわけです。米ロお互いの挑発がかなり刺激的になったなという気がしています。


 一つはアメリカが、ポーランドに配備されているミグ戦闘機をウクライナに配備する計画を発表する。この計画は最終的にはキャンセルされるんだけど、もし、これを実行していたらどうなっていただろう。多分、戦線が非NATO加盟国のウクライナからNATO加盟国のポーランドに広がるだろう。今度はロシアがポーランドに戦場を拡大する恐れがある。恐怖を感じます。これをさらに進めていくと、ひょっとすると、第三次世界大戦に向かって進むのではという恐怖感が頭をよぎりました。
 もう一点は、アメリカがウクライナを巡るロシアとの戦いや台湾を巡る中国との戦いで、民主対専制あるいは民主対独裁という言葉を使う問題です。柳澤さんの提言の中でもありますが、民主か専制か、善か悪か、神か悪魔か、というアメリカの伝統的な思考。ある種、一神教的な善悪二元論、対立するグループに適用する。これはまさしくイデオロギー的な戦いをアメリカのバイデン政権が自ら始めている一つの証拠だろと思うんです。
 これって、続けていくと際限のないことになります。かつて米ソ冷戦時代に資本主義か社会主義かというイデオロギー対立が提起されたわけだけど、これには結論が出ないんですよ。今、同じようにイデオロギー対決、二元論的イデオロギー対立の世界に踏み込もうとしている。

中ロ同盟はあり得るか

 今進んでいるウクライナ侵攻を機に、アメリカおよびヨーロッパはロシアに対してかなり厳しい金融経済制裁を課しています。経済的に次第にロシアが追い詰められると思いますが、そうした中で言われているのは、ロシアと中国が同盟関係を築くんだという見解が出始めています。
 結論的に言うと、中国は少なくとも冷戦終了後は、同盟関係を全面的に否定してパートナーシップの関係に置き換えていますから、「中ロ同盟」ができる可能性は極めて低い。私はそう思います。
 中ロはもともと相互不信感があるんです。2月4日ですか、北京オリンピック開会直前に北京で習近平、プーチンの中ロ首脳会談が開かれました。習近平はNATO拡大に対するロシアの警戒感に共感している。NATOの拡大に反対するし、同時にロシアとの協力を進めるという約束をした。
 このこととウクライナ軍事侵攻への対応とはまったく同じではない。王毅外相はウクライナ問題についての5原則を挙げています。最初の原則は、主権と領土の不可侵を挙げて、つまり今回のロシアの軍事侵攻を批判する原則を伝えています。第2に、ロシアの安全保障上の懸念、これはNATOの東方拡大ですが、この懸念は理解できる。このように、ウクライナ侵攻を批判するとともにロシアの安保上の警戒感にも共感する5原則を挙げています。
 こうしてみると中国の立場はかなり微妙ですが、決してロシアの軍事侵攻を支持しているわけではない。侵攻という言葉を使わない。それからロシア批判の国連決議に棄権した。これをもって中国がロシア寄りであり、同時に経済制裁の中、中国が抜け道をロシアに与えている、その結果、事実上の中ロ同盟が形成されるんだと――、これはいわゆる俗論だと思います。結論的に言いますと、中ロ同盟が構築される可能性はほとんどありません。
 柳澤さん、石破さんのお二人に同感するところがありました。特に石破さんが『日本の進路』のインタビューで「アメリカだけに頼る安保政策は続かぬ」――「『アメリカだけが唯一の同盟国』という安全保障の体制も、いつまでも続けられるものではないだろうと思います」と述べられていますが、全く同感です(『日本の進路』2021年4月号掲載)。

アメリカの戦争シナリオ

 私が述べたい概略は、『日本の進路』3月号12ページの「戦争シナリオを放置してはならない」で説明したつもりです。
 去年から1年足らずのうちに日本は坂道を転げ落ちるように、新しい安全保障上の変化を伴う動きをしています。去年の3月の「日米2+2」を踏まえて4月に菅前首相とバイデン大統領で首脳会談が行われ、日米安保の性格を「対中同盟」へと変質させました。今年1月にも、「2+2」と首脳会談が開かれました。この1年振り返ってみると、日本政府の対中政策が大きく変化した。
 その対中国政策の要にあるのが、台湾政策です。今年1月8日の2+2の新聞発表にもあります。去年の2+2の共同発表では、「台湾海峡の安定を損なう行動に反対」という表現だったと思います。今回これを、「かつてなく統合された形で対処するため、戦略を完全に統合させ」「安定を損なう行動を抑止し、必要であれば対処するため協力」すると、「共同対処」を強調しています。この1年足らずのうちに、共同対処、単に中国に対する警戒の表明でなく、戦略を統合させ共同対処するとしています。
 「共同対処」の具体例が、日米の制服組で詰めて原案が作成された「日米共同作戦計画」です。その内容は共同通信がスクープしました。その概要を紹介すると以下の5点です。①台湾有事の緊迫度が高まった初動段階で米海兵隊は自衛隊の支援を受けながら鹿児島県から沖縄県南西諸島に臨時の攻撃用軍事拠点を置く。②臨時軍事拠点の候補は、陸自ミサイル部隊がある奄美大島、宮古島や配備予定の石垣島を含む約40の有人島。③拠点を置くのは、中国と台湾軍の間で戦闘が発生し、日本政府が放置すれば日本の平和と安全に影響が出る「重要影響事態」と認定した場合。④対艦攻撃ができる海兵隊の高機動ロケット砲システム「ハイマース」を拠点に配置。自衛隊に輸送や弾薬の提供、燃料補給など後方支援を担わせ、空母が展開できるよう中国艦艇の排除に当たる。事実上の海上封鎖である。⑤作戦は台湾本島の防衛ではなく、部隊の小規模・分散展開を中心とする新たな海兵隊の運用指針「遠征前方基地作戦(EABO)」に基づく。

バイデンのインド太平洋戦略の障害

 EABOは海兵隊の新しい運用指針で、この作戦計画に基づいて先月8日から13日にかけて、EABOに基づき1万人の海兵隊と自衛隊の大規模共同演習が台湾沖で開催されています。この間の動きで『日本の進路』には書いていない重要なことを2点だけ指摘したいと思います。
 まず2月11日、バイデン大統領は日米の共通安全保障政策であるインド太平洋戦略を発表しました。重要なことが3点あります。第1は、対中抑止が最重要課題である。同盟国と友好国による統合抑止力を強める。日米同盟の強化です。2番目に、「台湾海峡を含め、中国のアメリカと同盟国への軍事進攻を抑止」、と初めて明記しています。軍事的な対中国での「台湾の防衛」を強調しています。これは2019年トランプ政権時代に出したインド太平洋戦略報告がありますが、その戦略を超えている。
 3番目、米軍と自衛隊との統合運用を明記したこと。それから4番目、今年の多分前半になると思うけれどもインド太平洋経済安保。バイデン大統領が訪日して首脳会議を行うがその直前あたりに発表されると思います。これは一言で言えば中国に依存しないサプライチェーン構築を協力して進めるということです。
 ウクライナ情勢とも絡みますが、3月3日、QUAD(日米豪印)の首脳会議が開かれた。この首脳会議の報道発表を見てみますと、ウクライナの人道的支援について議論をしたけれども、インドの反対でロシア批判が盛り込まれなかった。これは極めて重要なことです。ぜひご記憶していただいた方がいいと思います。
 インドはロシア非難の国連安保理決議にも中国同様、棄権しました。総会決議に棄権したのは中国、インド、ブラジル、南アフリカ、いわゆる21世紀に経済発展をさらに遂げるだろうと言われる「BRICS」5カ国のうち4カ国です。さて、時間がありませんので台湾有事の狙いを説明し、これにどう対応すべきなのかの2点について触れます。

日中平和友好条約の精神で

 アメリカが台湾有事を煽る狙いについては、3点挙げたいと思います。
 台湾問題で脇役であった日本を米軍と一体化させ、同時に主役にするということ。2番目、南西諸島のミサイル要塞化を加速する。同時にアメリカ軍の中距離ミサイル配備の地ならしの意味もあるだろうと思います。3番目、中国を挑発して台湾問題で中国が容認できない、いわゆるレッドラインを引き出す。そういう三つの狙いがあるだろうと思います。
 さて結論であります。これは柳澤さんと重複するところもありますけれども、岸田外交の動きを見ると、どうも日中関係は眼中にないように見える。
 中国の脅威を煽って軍事抑止強化を強調することにあるのではないか。これは軍拡競争を加速するいわゆる安保のジレンマに陥る、そう見ています。
 安全保障上の脅威とは「意思と能力の掛け算」です。
 日中間には1978年の日中平和友好条約があります。第1条で武力による威嚇に訴えないことを確認しています。この条約の精神を確認して、両国が武力に訴えないことを再確認する。それを進める必要がある。これは強く訴えたいと思います。
 しかし、中国が台湾に対する武力行使を否定していないから、だから中国は武力行使をするのではないかと言う方が多い。中国の台湾政策はトップリーダーの交代ごとに発表されてきた。習近平の台湾政策は2019年1月2日に発表された。全部で5項目ですが、第1番目は「平和統一」です。平和統一宣言と言ってもいい内容です。ただし最後の5番目に、台湾独立の動きに対しては武力行使を否定しない、という項目が入った。日本の新聞はこの部分だけをとって、「武力行使否定せず」と報道する。
 今の中国の力の源泉はどこにあるか。軍事力ではなくて、経済力です。一方、ロシアは冷戦に敗北して、頼りにしているのはエネルギー輸出と軍事力です。
 中国は軍事力を増強しているけれど、アメリカの軍事力と比較すれば勝てるわけはない。つまりアメリカとの戦争を覚悟して台湾を武力統一する、そういう決意は中国にはまったくありません。中国にとって一番重要なのは、2049年の中国誕生100年に、「世界一流の社会主義強国」、「中華民族の偉大な復興」を実現すること。これが最大のプライオリティー(優先順位)です。それに比べれば、台湾統一の順位はかなり低い。
 岸田政権は、ロシアのウクライナ侵攻を「台湾有事」と重ね、「力による現状変更は許さない」という宣伝を展開しています。中国は台湾との統一を「歴史的任務」として重視していますが、決して急いでいない。岸田氏の意図が、先島諸島と九州のミサイル要塞化を加速し軍事力を強化することにあるのは明白です。
 平和と地域の安定を追求することがわれわれの選択です。日中間の戦争へと発展しないよう、中国と信頼関係を築くトップ同士の対話を再開するのが急務だと考えています。