日中関係の打開へ

国交以来最も深刻な日中関係をどう乗り越えるか

名古屋外国語大学名誉教授 川村 範行
(東海日中関係学会会長、元東京新聞・中日新聞論説委員)

 

 

1、外交のボールは日本側へ

 昨年11月、国会で高市首相が〝台湾有事〟に関して「存立危機事態(集団的自衛権を行使する)になり得る」と答弁したことを契機に、中国が反発し、日中関係は冷え込んだままだ。政府間交流が一切途絶えていること(外交機能不全)が、1972年の国交以来、最も深刻な事態である。地方・民間交流、経済貿易にもさまざまな影響が出ている。対立が長期化すれば、安全保障面での緊張が高まり、偶発的な衝突のリスクが懸念される。中国側が8月以降、民間訪中団や議員訪中を受け入れて窓を開き、日本国際貿易促進協会訪中団団長の岩屋毅前外相と王毅政治局員・外相、何立峰副総理が会談したことは、中国側のシグナルである。高市政権がきちんとボールを投げ返せば、関係修復への糸口となる重要なチャンスである。

2、過去2回の対立を克服

 日中両国は21世紀に入り、対立が過去2回あった。2001年から06年まで毎年、小泉純一郎首相が靖国神社参拝を繰り返した歴史問題による〝政冷経熱〟状態。12年の尖閣諸島国有化問題では主権を巡り全面対立に陥った。2回とも双方の対話と外交努力により、関係を修復し、対立を克服した。私は、この克服過程を検証し、教訓を引き出し、本稿6で関係修復のシナリオを記した。

3、当面の課題は何か

 3回目の日中対立の課題は、以下3点。
 ①政府間交流の全面停止により、政治的信頼性が壊れたことは重大である。現在、外交が成り立たない危機にある。まずは政治的信頼関係の回復こそ喫緊の課題。
 ②経済貿易の停止や禁止によって、日中関係発展の原動力が揺らいでいる。日本にとり中国は最大の貿易国(貿易総額の約20%)、中国進出日系企業は約1万3千社、拠点は約3万カ所。中国にとり日本は貿易総額の約5%にすぎない。中国は150カ国以上にとり最大の貿易相手国で、世界経済への寄与率30%を占め、中国抜きで日本経済も世界経済も成り立たない。日本政府が経済安保政策「脱中国」「中国離れ」を進めても、日本が不利で、国益を損なう。
 具体例を挙げる。レアアースやレアメタルといった重要鉱物について、中国からの輸入がほぼゼロとなる異常事態が続いている。これら資源利用の製品の国内生産に支障が生じる恐れが懸念される。
 2026年上半期(1~6月)の訪日外国人客数のうち中国人は205万8200人で前年同期比累計56・4%の大幅減。昨年11月15日以降、中国の航空会社では日本行き航空券が50万枚近くキャンセル。航空券払い戻しによる損失額は数十億元(数百億円以上)規模。「現在の日中関係は、まさに『戦術的互損』に陥っている状況だ」(仏メディア)
 ③民間交流の停止は国民感情の悪化をもたらし、回復は容易ではない。相互理解の機会を奪い、相互不理解や相互誤解を生じさせる。中国の古典に曰く、「国の交わりは民の相親しむに在り。民の交わりはこれを愛するに在り」(国之交在干民相親 民之交在干愛之)。民が相親しむ機会が失われれば、国の交わり、即ち外交面にも反映する。

4、高市内閣の問題点

 日中関係は戦後80年、国交正常化から54年、紆余曲折を経て発展してきた。同時に質的・構造的に変化してきた。日本、中国各国内の権力構造と国内世論の変化、安全保障環境の変化などが複雑に関係した結果である。
 日本の自民党政治は、親中派の宏池会と田中派(木曜クラブ)が首相を輩出し長く主流を占めていたが、2000年以降、親台湾派の清和会による支配へと、大きく変わった。清和会出身の首相は森喜朗─小泉純一郎─安倍晋三─福田康夫─麻生太郎─〈民主党政権を挟んで〉安倍晋三─菅義偉─次の岸田文雄はもともと宏池会出身だが安倍路線を継承した。その後の石破茂は日中関係改善に努めたが短命で退陣した。そして、現在の高市早苗首相である。
 高市内閣は、本人も含めて主要閣僚、党幹部とも日本台湾友好議員連盟(旧日華議員懇談会)所属で、歴代の内閣では例を見ない強硬な「反中」内閣と言える。日中戦争・アジア太平洋戦争を侵略戦争と認めない歴史修正主義者が多く、偏狭な国粋主義者の傾向がある。
 日中国交正常化に貢献した創価学会、および創価学会を母体に成立した公明党が日中両国間の重要なパイプ役だったが、公明党の与党離脱により、パイプ役機能が弱まった。日本台湾友好議員連盟は現在、会員300人以上で外交関係にない日台間の緊密化を図っている。伝統的な日中友好議員連盟は力量低下が否めない。
 また、日本国内世論が1970年代、80年代の日中友好から2000年以降の反中・嫌中へと大きく変わったことが大きい。中国への好感度は1980年の78・6%をピークに低下の一途で、現在はわずか十数%に低迷、逆に不好感度が80%強となっている。
 日中双方は互いを敵視しないこと、安全保障上のジレンマを深めないこと、一触即発の偶発的衝突を防ぐこと─について基本的な共通認識を持つことが重要になる。

5、安全保障上のリスク

 不測の事態の懸念は、過去に実際に起きた。2024年7月4日、中国浙江省の沖合で海上自衛隊の護衛艦「すずつき」の艦長が誤って中国の領海に侵入するという前代未聞の事案が発生した。1954年の自衛隊創設以降、事前の通告なく中国領海を航行するのは初めて。中国の艦船から2発の警告射撃がなされたが、幸い命中はしなかった。「すずつき」は操作ミスによる危険な航行だった。
 深刻な問題は、両国防衛当局間のホットラインが使われていなかったことだ。「すずつき」の領海侵入事犯の翌月の8月26日に、長崎県・男女群島沖で中国軍Y9情報収集機による領空侵犯が発生した。これも前代未聞の危険な事犯だったが、この時にもホットラインが使用されなかった。
 2007年に日中首脳が不測の事態を回避するため「海空連絡メカニズム」の柱となるホットラインの設置で合意した。その後、尖閣問題などで日中関係が悪化したため、23年3月末にようやく回線設置が完了し、防衛省は同年5月、運用開始を発表している。
 高市首相発言以降、東シナ海や南シナ海の海・空で中国人民解放軍と自衛隊がお互いを刺激するような活動に出ている。国民感情も悪化している状況下で、防衛ルートも外交ルートも十分機能しなければ、最悪の事態へと突き進むことが危惧される。日中両国の防衛関係機関がホットラインなどによる事故防止の連絡体制を確立するよう強く求めたい。

6、日中関係修復の
シナリオ

 今年9月に刊行した拙著『日中「冬の時代」の行方 国交半世紀の歴史から見る現在地と出口』(花伝社)の第9章に詳述した。その要点を以下に記す。
 まず、日中両国首脳が関係修復への意思を直接・間接に示す。そうすれば外務省間で修復策を協議し、政治家も動く。次に、〝親書〟作成から首脳会談へと進むのが目標となる。高市首相は昨年11月10日の国会答弁で「反省として今後、特定のケースを想定した明言を慎む。11月7日の(存立危機事態)発言を政府統一見解としない」と、事実上の〝修正〟をした。ほかに、昨年11・12月の国会で「存立危機事態に関し従来の政府見解に変わりない」「(日中共同声明で台湾に関する中国政府の立場を十分理解し尊重するとの)日本の立場に一切の変更はない」「(村山首相談話含めて)歴史認識に関する歴代内閣の立場を引き継いでいる」などと、自らの信念を封じる発言を重ねた。こうした国会での修正発言を丁寧に文書にまとめ上げればいい。
 加えて、国交正常化共同声明など日中間の政治4文書と「4項目の共通認識」の確認、歴代首相の見解「台湾の独立を支持しない」を明記することだ。両国首脳のメンツを損ねない現実的なシナリオに共鳴した国会議員もいる。
 問題は〝特使〟─。2014年には福田康夫元総理が〝特使〟となり、安倍首相と習主席の首脳会談を仲介した。この時、外交当局間で「4項目の共通認識」文書を作成した。17年には二階俊博・党幹事長が安倍首相の親書を習主席に手渡し、第三国での「一帯一路」への協力を表明。安倍・習首脳会談は10回に及び、関係改善は軌道に乗った。現状で誰が両国首脳の仲立ちをし、誰が高市首相の親書を中国側に手渡すかである。

7、関係修復へのシグナル

 今年8月以降、日中交流の窓が2カ所でわずかに開き始めた。
 (1)在日総領事館による訪中団の再開 8月に名古屋総領事館の主催で、学者・歴史教育者訪中団が北京、南京を訪問。高市発言後、初めて外交部アジア局の幹部が対話に応じた。中部地区大学生訪中団は福建省訪問。愛知県高校生訪中団は天津訪問。続いて大阪総領事館は学者訪中団を北京、浙江省に派遣した。
 周恩来総理は日本との国交回復に向けて「民を以て官を促す」〝以民促官〟という対日方針を掲げたが、現代における〝以民促官〟の再現である。相互交流による相互理解の道を広げることが日中関係の基礎作りとなる。
 (2)議員訪中 伊佐進一・衆院議員(旧中道、公明復帰)ら3人が訪中、8月27日に中国共産党中央対外連絡部の副部長(副大臣クラス)と会談、2時間意見交換した。続いて日中友好議員連盟の超党派議員8人が訪中、9月14日に外交部次官補(部長に次ぐ局長級)と会談し、外交部が高市発言後初めて国会議員に対応した。
 (3)9月28・29日、北京で国貿促訪中団団長の岩屋前外相に王毅政治局員・外相、何立峰副総理が会談したのは、高市発言以来、初めて現職閣僚が応じたことになる。王毅氏が「喫緊の課題は、指導者の誤った言動を是正する(中国語「糾正」)こと」と述べたのは、従来の高市発言の「撤回」から緩和したことになり、関係修復への明確なシグナルである。王毅氏が「歴史問題で正しい態度を取れないなら、未来を切り開くと語ることなどできない」と歴史問題でクギを刺す一方で、「国貿促が重要な時期に中日関係の改善と発展に力を発揮すると信じている」と、関係改善への期待を明言した。何立峰副総理は「両国の経済貿易関係は緊密。今後の両国の発展を推進できると確信」と、経済貿易関係の再開に意欲を表明した。岩屋団長は「日中関係の改善のために最善の努力をする」と誓っている。
 高市政権が中国側のサインをきちんと受け止めてボールを投げ返せば、関係修復への糸口が開ける重要なチャンスである。

結論

 世界は百年に一度の大転換期に直面している。戦争や地球温暖化問題、AI進化などの困難な課題に対して、日中両国は大局に立ち、中国の成語曰く「同舟共済」、協力して難局を乗り越える必要がある。
 高市政権は「防衛力の抜本的強化」を強調しているが、最も必要なことは「外交力の抜本的強化」である。
 私は武力ではなく対話による平和外交を一貫して訴えている。戦後80年間、日本と中国は戦火を交えず、双方の努力により不戦平和を維持してきた。日中「不戦平和」を維持し継続することが、21世紀における日中両国の共通目標となる─と、両国内の講演で提言してきた。その先には、日中韓三カ国を中心に「東アジア不戦機構」構築へと進むのが望ましい。

 

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