米中首脳会談は日本の将来に深刻な影響を与える
㈳東アジア共同体研究所所長 孫崎 享(元外務省国際情報局長)

1 トランプ大統領の
脅威の発言
「第二次世界大戦では我々(米中)は同盟国にさえなった」
(1)大きな変化を示した米中関係
習近平中国国家主席は2026年9月23日から25日にかけて訪米した。
この訪米以前から、トランプ大統領は習近平主席を厚遇するのでないかと予測されていた。
米国は11月3日、中間選挙を行う。下院はすべて、上院は3分の1が改選となる。
習近平主席の訪問時にはトランプ大統領の支持率が低迷しているだけでなく、民主党と共和党の間では、共和党は支持率を大きく減らしている。習近平主席の訪米後、9月26日ワシントン・ポスト紙は「民主党は上院の過半数を獲得する道筋が以前より容易になった。民主党の上院議席を維持し、共和党の4議席を奪取するという目標は、かつては実現不可能に思えた。今では実現可能だ」と報じた。
トランプ大統領、および共和党の不人気はイラン戦争の失敗と経済の混迷にある。イラン戦争の影響でガソリン価格が急騰した。米中双方の関税引き上げ合戦になれば消費者物価が高騰する。従って、習近平主席の訪米においては、「関税合戦の一時休止」を打ち出し、米国民の安心感を買おうとするのでないかと予想された。
だがトランプ大統領の歓迎ぶりは我々の予測をはるかに超えた。
習近平主席は23日アンドルーズ空軍基地に到着、米国大統領が外国元首を空港のタラップまで出迎えるという極めて異例な歓迎である。米軍軍楽隊が中米両国の国歌を演奏し、21発の礼砲が鳴り響いた。こうした歓迎は1959年のフルシチョフ来訪以来、数十年ぶりとも評された。
米中首脳会談で、トランプ米大統領から思わぬ言葉が飛び出した。
「共通の利益を追求することで、第二次世界大戦では我々は同盟国にさえなった」
中国を第二次世界大戦時の『同盟国』と表現した。さらに、日本と戦った米国人義勇航空隊「フライング・タイガース」にも言及し、「我々の国民が協力してあの戦争に勝ったように、習主席と私も協力していく」と現在の米中関係へつなげた。
これに習近平主席も、「第二次世界大戦中、中国と米国の人々はファシストの侵略に対して肩を並べて戦った」と応じた。さらに同日夜の国賓晩餐会では、「80年以上前、中米両国人民は肩を並べて、日本軍国主義の侵略者と戦った」と、日本を名指しした。
この問題を際立たせたのは高市首相の行動である。
高市首相は国連総会出席のためニューヨーク訪問し、日米首脳会談を持った。米中首脳会談を直後に控えたタイミングで、事前の認識すり合わせと日米連携の確認という形で扱われた。
高市首相は会談後の記者会見で、「米中首脳会談を念頭に中国をめぐる諸課題についてタイムリーに意見交換した」「米中関係が日本を含む国際社会の安定に資するものとなることが重要だ」と述べた。
つまり高市首相のとる対中強硬路線をトランプ大統領がその対中姿勢に反映させることを期待しての行動である。しかし、これは全く裏目に出た。
さらに高市首相は国連での一般討論演説で、「81年を経た国連憲章も見直されなければなりません。『旧敵国条項』は早急に削除されるべきです」と主張した。
高市首相は、81年はあまりにも長くこの時の合意は見直さなければならないと述べた。これに対しトランプは、かつての時代の米中同盟関係を念頭に今後の米中関係を築いていこうと述べているので、時代認識が真逆である。
注1 国連憲章第107条は「この憲章のいかなる規定も、第二次世界大戦中にこの憲章の署名国の敵であった国に関する行動でその行動について責任を有する政府がこの戦争の結果としてとり又は許可したものを無効にし、又は排除するものではない」としている。
戦後、連合国側はポーランドの相当部分をソ連に与え(現在のウクライナの主要部分)、それと匹敵する領域をドイツからポーランドに渡した。この条項を変更すればドイツのポーランド領奪回に繫がる。ドイツ国内で右派が台頭している今日、敵国条項削除は国際社会として決して取れない。
注2 トランプ大統領が言及した「フライング・タイガース」に関しては米側作製動画[China remembers: Chennault and his Flying Tigers]は米国から110人のパイロット(形式的には米軍から退役)が参加し日本軍機299機を撃墜とある。
このニュースの価値を減じようとする人は、米国は蔣介石と協力していた点を指摘している。しかし、米軍は蔣介石を助けるためでなく、日本軍を排除するために入っているのである。なおこのFlying Tigersの博物館は今日、昆明にある。
(2)トランプの厚遇とAIとの関係
トランプ大統領が習近平主席を厚遇した背景に中間選挙への配慮があったことは間違いない。
だが厚遇の背景はこれだけではない。
トランプ大統領の接遇ぶりで異例なのは空港での出迎えだけではない。大統領官邸での歓迎宴も異例であった。
メインテーブルを見てみよう。参加者は次のとおりである。
トランプ大統領、メラニア夫人、イーロン・マスク(テスラ/スペースX)、リサ・スー(AMD CEO)とその夫、ジェンスン・フアン(NVIDIA CEO)とその妻、ティム・クック(アップル)、彭麗媛夫人、習近平主席。
通常こうした席上では、元大統領、国会議長、国務長官、国防長官、財務長官、最高裁判事等が並ぶ。彼らは別のテーブルにいる。つまり、トランプ大統領の頭の中に、習近平国家主席を迎えるにあたって、国務長官、国防長官は不要であり、AI企業のトップこそ重要なのである。
実はこの考えは歴史的に見ると異例ではない。過去米国は特定分野に巨大投資を行い、世界最大の経済大国になった。擬態的には1870―90年の鉄道、1905―25年の電化、1956―73年の高速道路、1996―2003年のテレコムである。ウォール・ストリート・ジャーナル紙によれば、おのおのに投資された額はGDP比(年)でおのおの2・24、0・6、1・13、1・11である。
そして今AIに対し、2025―32年の期間に3・63が予定されている。
AIへの巨額投資はある種の博打的色彩を持っている。トランプ自身この利権に関与している。
AIでの競争は今熾烈になっており、スタンフォード大学人間中心AI研究所(HAI)の2026AI Indexでは米中間の差は約2・7%(39点差)まで縮小しているとした。
こうした中、レアアースなど必須原材料での中国依存、研究分野での協力関係、部品供給、市場への配慮(中国はAIの開放方針を取っており、これが世界の主流になると米国企業には厳しい環境となる)等よりして、米中協調を求める力が働いているとみられる。
(3)トランプ大統領の米中「同盟」志向は米国で定着するのか
トランプ大統領の「米中同盟」志向発言はまだ米国で定着するとは思えない。
まず、トランプ大統領自身、イラン戦争で「交渉で妥結を図る」「軍事行動でイランを殲滅する」と180度違う発言を幾度となく繰り返してきた。トランプ大統領にとって前言を覆すことは日常茶飯事である。
次に軍事関係者の中には、中国を敵として安全保障政策を構築したいとする勢力は根強い。
第3に中間選挙で共和党が敗北すれば、米国政界におけるトランプ大統領の影響力は後退する。
しかし、トランプ大統領の対中融和策がAI企業など米国経済界と連携している可能性は高く、あからさまな対中脅威論にはいかないのでないか。
2 高市政権への影響
トランプ大統領が米中関係を「同盟」へと志向する中、日中関係はどうなっているか。
10月8日、王毅外相が訪中の岩屋毅前外相に関係を正常化する条件として、「差し迫った課題は、日本の指導者が台湾問題での誤った言動を速やかに是正することだ」と述べ、高市早苗首相の台湾有事を巡る国会答弁を改めて問題視した。
極めて残念なことに、この問題についての日本国民の理解は低い。
多くの日本国民には受け入れがたいであろうが、日中関係悪化の根本は日本が日中間の重大な約束を破ったことにある。
高市首相は、2025年11月7日の衆院予算委員会で、台湾有事をめぐり、自衛隊の対応について踏み込んだ発言をした。
「台湾に対し武力攻撃が発生する。海上封鎖を解くために米軍が来援し、それを防ぐために武力行使が行われる」というシミュレーションを口にした。そして「戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだと私は考える」。
存立危機自体になれば自衛隊が戦闘に出る。つまり高市首相は台湾有事には自衛隊は台湾側に立って中国軍と戦うことを示唆した。これは1972年の日中合意の重大な違反である。この点についての栗山(当時条約課長、後の外務次官)の説明を見てみたい。
「中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重する」とのわが方案に対し、中国側の回答は、「ノー」。事務当局がポケットに入れておいたのが、当初案の末尾につなげて「ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」との一文を繫げる案だった。
ポツダム宣言の第八項(領土条項)においては、「カイロ宣言ノ条項ハ履行セラルベク」となっており、カイロ宣言は、「台湾、膨湖諸島は中華民国(当時)に返還する」としている。
「一つの中国」という立場から、中華人民共和国政府が中国を代表する唯一の正統政府と認めるのであれば、カイロ宣言にいう「中華民国」とは、中華人民共和国が継承した中国である。したがって、カイロ宣言の履行を謳っているポツダム宣言第八項に基づく立場とは、中国すなわち中華人民共和国への台湾の返還を認めるとする立場を意味する。
わが国が、ポツダム宣言第八項に基づき台湾の中国への返還を認めるとの立場を表明することが中国にとって持つより重要な意味は、台湾が中華人民共和国政府によって代表される中国に返還されるのをわが国が認めることであるから、「二つの中国」、あるいは「一つの中国、一つの台湾」は認めない(すなわち、台湾独立は支持しない)、ということである」。
日本側が1972年の重要な約束を守らないとなれば、日中共同声明は実質的に失効する。1945年の日本の降伏文書署名以降1972年までに、日中両国間ではなんらの合意もない。
その日中共同声明は台湾問題とともに賠償問題にも触れている。「中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する」
この合意は台湾問題の解決があって初めて成立する合意である。そのことをどれだけの日本国民が理解しているか。付言すれば、日本はサンフランシスコ平和条約で国際社会との間で「第十四条(a)日本国は、戦争中に生じさせた損害及び苦痛に対して、連合国に賠償を支払うべきことが承認される。」としている。
日中共同声明が実質的に失効状態であれば、日中関係は1945年まで戻る。
トランプ大統領の発言「第二次世界大戦では我々は同盟国にさえなった」と、習近平国家主席の「80年以上前、中米両国人民は肩を並べて、日本軍国主義の侵略者と戦った」をみると、それは単に歴史の回顧ではなく、今後の外交関係を形成する重要な今日的意義を持つ。
3 今後の日中関係を
どう構築していくか
(1)対立、紛争を避ける手段の模索
日中関係は1945年以前の日中戦争という不幸な歴史を持つ。その責任は日本側にある。出発点は満州への進出である。これとて日本側に権利はない。1906年首相官邸で「満州問題に関する協議会」が開催され伊藤博文は次を主張した。
「満州方面における日本の検疫は講和条約によって譲りうけたるもの、即ち遼東半島租借権と鉄道の他には何もないのである。満州は決して我が国の属国ではない。純然たる清国の一部である。我が国の主権の行われる道理はない」
そうした歴史を持ちながら、田中首相と周恩来首相は歴史を超え、和平を目指す「共同声明」に合意した。そしてこの合意の中に「尖閣諸島を棚上げにする」暗黙の合意がなされた。その延長線に「日中漁業協定」がある。
日本国内では「日中共同声明」「尖閣諸島の棚上げ」「日中漁業協定」がどのように紛争を避けることに貢献しているか理解する人は少ない。これらの約束事を理解し守り、紛争を避けることがまず、求められる。
次に未知の対立が出た時にどうするか。日本の中には自分の主張を100%実現させることを外交ととらえる人々がいる。しかし太平洋戦争の開戦時と終戦時に外務大臣を務めた東郷茂徳は、「交渉では引き分けではなく、51を相手に譲り、こちらは49で満足することが重要だ」と述べている。
常に和平の道を探す。私はかつて尖閣諸島周辺を海洋保護区域として一切の漁業を行わない提言をした。これは南極では資源開発を行わない国際約束があることを踏まえてである。
(2)将来の経済大国はどこかを認識し、協力関係を結ぶ
この論考で米国が鉄道、電化、高速道路、テレコムと新しい技術改革と投資で大国になったことに言及した。
それ以前に、産業革命で英国は世界の覇者になった。
この時と同じように今まさに凄まじい技術革新が起こっている。 「核心技術64部門のうち、中国が57部門、米国が7部門で現在1位」という研究報告書が発表された。豪シンクタンク「オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)」の「20年間核心技術追跡指標」で、最近5年間(2019~23年)に発表された論文を評価した結果、「中国はレーダーや衛星位置追跡、ドローン、合成生物学、先端データ分析など57個の部門で1位を占めた。米国は量子コンピューティングや遺伝子技術、ワクチンなど7部門で1位だった。この20年で米国と中国の状況が逆転した」。
AIでは熾烈な首位争いが繰り広げられている。
中国が技術大国になることは間違いない。
(3)ミサイル配備等は「敵対国」からの攻撃の可能性を逆に高める
沖縄などにミサイルが次々増強され、「抑止力が高まった」と正当化する声がある。
本当にそうか。
ウクライナ戦争、イラン戦争で明確になった事実がある。戦争の下、まず狙われるのが軍事基地と関連インフラだ。コスト面で、効果的な防御は不可能になった。イラン戦争でバーレーン、クウェート、サウジ、イラク等の米軍基地が標的になり、結果として、米軍基地は縮小ないし撤退に追い込まれている。
(4)最低限、中国を「ヘッジ」の対象に
米国の外交・安全保障を語る論客にジョン・ファイナーがいる。1976年生まれ、国務省政策企画部長等の要職に就いてきた。彼は次を指摘している。
・欧州は自立化や他国との関係多角化を進めることで、対米依存を減らす取り組みを水面下で進めている。
・明確な代替パートナーが存在しない以上、ほとんどの国は米国と即座に「デカップリング(切り離し)」するのではなく、徐々にリスクを分散させる「ヘッジ」の道を選ぶはずである。
我々日本は中国を最低限「ヘッジ」の対象国として見るべきだ。
