差別は戦争につながっている
神奈川新聞記者 石橋 学

朝鮮人を名指しして「殺せ」「たたき出せ」という凶悪なヘイトスピーチが白昼堂々叫ばれるようになったのは2013年春のことだ。前年、第2次安倍晋三内閣が発足し、拉致問題をダシに朝鮮民主主義人民共和国をあからさまに敵視することで支持を集め、政権に返り咲いた姿が民間の差別を後押ししたのだった。
私の地元、神奈川県川崎市でもヘイトデモの嵐が吹き荒れた。京浜工業地帯を抱え、戦前から朝鮮人が多く暮らしてきたまちを数カ月おきにレイシストの集団が練り歩く。川崎市では1970年代から在日コリアンと日本人の市民によって共に生きるまちづくりが取り組まれ、自治体も先駆的な外国人施策を進めてきた。そうした歩みをあざ笑うかのように悪罵が吐き散らされた。
「朝鮮人はわが国にとって敵だ。敵に向かって死ね、殺せというのは当たり前だ。ゴキブリ朝鮮人は出ていけ! 何を言っても構わないんだ!」
在日1世のハルモニ(おばあさん)たちは胸を叩いて泣いた。
「最近、外出先で孫が人目を気にして『ハルモニ』と呼んでくれなくなった。どうして子や孫の代になっても差別されなければいけないのか」
デモという形態はかつてないものだったが、植民地出身者に対する差別は戦後も引き継がれ、継続していた。ヘイトスピーチの問題はだから、今に始まったものではなかった。
二つの大戦を経験した国際社会は侵略と殺戮を可能にしたレイシズムへの反省から世界人権宣言を発し、人種差別撤廃条約で締約国に「差別を禁止し、終了させる」義務を課した。日本も1995年に条約加入したが、加害の歴史に向き合うことはなかった。差別禁止法を制定せず、差別を扇動する危険なヘイトスピーチを規制する法律もなく、差別撤廃政策すらない。為政者に煽られるまま、ジェノサイドの呼びかけは歴史を反省しない戦後の延長線上にまちなかで響いたのだった。
選挙ヘイトの害悪
川崎市の在日コリアンや、同じくレイシストの襲撃を受けた京都朝鮮第一初級学校の保護者らが懸命に訴えたこともあり、2016年5月、ヘイトスピーチ解消法が成立した。外国ルーツの人々に対する差別的言動をなくすための施策を国や自治体に求めるいわゆる理念法。禁止条項や罰則規定がなく、条約が義務付けたものとは程遠かったが、それでもこの国で初の反人種差別法に位置付けられるもので、ヘイトスピーチを犯罪として取り締まる川崎市条例をはじめとする人権条例の制定を促す意義もあった。
あれから10年、安倍政権ですら「マシ」に映るほど、高市早苗政権下で差別を巡る状況は日々最悪を更新し、加速度を増してさえいる。これまで在日コリアンや中国人といったアジア侵略の歴史に根ざしたマイノリティーが標的にされてきたが、ターゲットは今、全ての移民、外国ルーツの市民に拡大している。
大きな転機となったのはやはり、2025年7月の参院選で参政党が掲げた差別スローガン「日本人ファースト」だった。例えば、神奈川選挙区の公認候補、初鹿野裕樹氏は第一声からデマを連発した。生活保護などで外国人は優遇されているというでたらめを喧伝し、そのせいで日本人が割を食っている、だから日本人優先の政治を取り戻すといって議席をかすめ取った。
そうした極右の手口にならって首相の座に座ったのが、高市だ。地元の奈良公園でシカを足で蹴り上げる外国人がいる。日本人が大切にしているものを守るため規制する必要がある。総裁選の演説で真っ先にアピールしたのは、やはり外国人があたかも日本社会に害をなしているという虚言だった。
そもそも「中国人がシカを虐待している」というヘイトデマを流していたのは、奈良市議のへずまりゅうだ。へずまはスーパーで会計前の刺身パックにかじりつき、窃盗罪で実刑を食らった迷惑系ユーチューバーの「キワモノ」だが、2025年の市議選で上位当選を果たした。それだけでなく、同レベルのうそつきでレイシストが国家の政治リーダーになるという政治の退廃はもっと強調されなければならない。
人気取りのための差別・排外主義政策のでたらめぶりはもはやとめどない。5月29日に国会で成立した在留手続き手数料の上限を引き上げる改正入管難民法はその一例。一律1万円だったものが、資格の変更・期間更新は10万円、永住許可で30万円に跳ね上がる。カネを払えなければ出て行けと言わんばかりだ。
そしてスパイ関連防止法である。デマを用いて「ルールを守らない外国人がいる」「秩序を乱している」と喧伝する。そうして外国人を「敵」に仕立てることでもくろむのが、戦争ができる国づくりだ。今国会ではインテリジェンス機能の強化をうたって国家情報会議設置法も成立したが、その先に見据えるのが日本版CIAの創設だ。CIAはアメリカの戦争を数々仕掛けた謀略機関。憲法で戦争放棄を誓った国には本来不要なはずだが、レイシズムをテコに侵略戦争に突き進み、敗戦という破局を迎えた愚を、私たちは繰り返そうとしている。
川崎市条例が見本
尖兵となる自治体も現れている。外国籍市民を、情報を漏らす潜在的スパイとみなし、職員採用における国籍条項復活を検討する三重県や、非正規就労の通報を奨励する報奨金制度を始めた茨城県などがそれだ。戦前の監視・密告社会の復活を先取りする動きではないか。
ヘイトスピーチ解消法の限界は明らかだ。本来条約が義務に定める差別を規制し、被害を救済する包括的な人種差別撤廃法の制定が今こそ求められる。そのモデルが先述したヘイトスピーチに刑事罰を科す川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例である。2019年12月、市議会の傍聴席で成立を見届けたハルモニたちは言った。
「やっと法律で守ってもらえる」
「ようやく川崎市民になれた気がします」
誰よりも差別に苦しめられてきたハルモニが漏らした感慨に私は思い知った。この国は加害責任を取ることもなく、マイノリティーの市民をどれだけ排除し、とるに足らない存在だと思わせ、痛めつけてきたか、を。そして、過去の反省に立った差別禁止法・条例をつくるということは、歴史の不正義をただし、あるべき共生を築くことになるのだ、と。
来年春の統一地方選が正念場となる。参政党は600人、同じく極右レイシズム政党の日本保守党は100人の候補者擁立を目指している。地域の隅々で選挙ヘイトが叫ばれ、極右議員が増えれば条例制定どころか真逆の差別政策が推し進められてしまう。
極右の落選運動に取り組まなければならない。そして差別をしない議員、差別と闘う議員の支持を増やす必要がある。この間掘り起こされた極右票の規模からすれば、票を削るだけではレイシスト議員の当選は阻めないからだ。
いま国会前に高市政権の暴走に危機感を強めた万単位の市民が集まる。「戦争反対」「憲法守れ」というコールに続けて「差別をやめろ」という訴えが響く。2015年、安全保障関連法案に抗議した国会前デモでは聞かれなかったものだ。遅ればせながら差別は戦争につながっているという認識は広がっている。「反差別」を旗印に、反転攻勢に打って出る。足元の地域社会が最前線となる。
