沖縄は間違いなく日本の平和を考えるために訪れるべき地
神奈川県議会議員(無所属 翼の会) 大山 奈々子

3月。辺野古で平和学習中の女子高生と船長が事故で亡くなった。武石知華さんと船長・金井創さんに謹んで哀悼の意を表したい。
ただ、私はこの悲劇を機に平和学習が萎縮することを恐れている。
2、3年前、横浜市港北区内の高校の校長から聞いた話。「毎年沖縄で平和学習を行っていたが、県立では旅行費用上限10万の旅費規定があり、諸物価高騰で10万以内に抑えることが難しく、沖縄に行けなくなった」と。これは大変。上限引き上げを求めるべく教育局に確認したところ、今年4月から公立は上限税込み10万円だったものが、税別の10万円になったとのこと(私立はそれぞれ12万円)。
一方で生活困窮世帯への配慮も併せて引き上げるべきで、確認すると修学旅行費に充てることができる「高校生等就学給付金」(授業料以外の教育費負担を軽減するため、高校生等がいる低所得世帯を対象に支援を行う国の制度。都道府県によって詳細が異なる)は、7年度に2万円少し引き上げられている。
困窮世帯以外でも、年収270万~380万円の世帯は国公立で4万7900円、私立で5万670円が、380万~490万円の世帯では国公立で3万5930円、私立で3万8000円となっている。貸付の神奈川県高等学校奨学金という制度もある。
修学旅行は事前や事後の学習も含むトータルな学習の機会。県立高校で修学旅行に行けない子がいるのかと聞くと、宿泊が嫌だ、友人関係などという理由で参加しない子はたまにいると。この子らの本当の理由は何か気になるところだ。
訪れるべき今なお米軍
支配下の沖縄
さて、辺野古の事故では文科省が当該の同志社国際高校に改善指導を行うことになった。学習内容が政治的中立性を定めた教育基本法に違反すると判断されたものだ。
しかし政治的中立性を定めた教育基本法第14条2項は「特定の政党を支持、または反対するための政治教育、政治的活動をしてはならない」というものであり、今回の学習がそれにどう当たるのか明確な根拠が示されていない。だから、むしろ第16条1項の「教育への不当な支配」にあたるのではないかという指摘がされている。
神奈川県の黒岩知事でさえ「踏み込み過ぎかな」という感じと述べている。「私立高校の中で死亡事故が起こっても文科省が調査に入るということはない」と、今回の一件の異例さを元文科事務次官の前川喜平氏が言及している。
しかし、松本文部科学大臣も記者会見時に改めて平和学習の重要性を述べ、その際に沖縄をふくめた現場を訪れることを避ける必要はないとも述べていた。このことは押さえておきたい。
県民の4人に一人が戦争で命を落とし、今なお米軍の支配にさらされている沖縄は間違いなく日本の平和を考えるために訪れるべき地である。私もかつて辺野古の基地建設反対の運動を支援するために、沖縄に行って船に乗ったことがあり、海から見てこの海が汚されようとする実感を持つことができた。
船の運航を担った団体などから「修学旅行の高校生を船に乗せたこと自体が重大な誤りだった」という見解が示されているが、違和感がある。安全な船に安全な気象条件のもと、危機回避が可能な装備で臨むべきだとは切に思うものの、だからといって船に乗せること自体が誤りとまで言っていいのか。
事なかれ主義に陥ってはならない。京都弁護士会は6月11日付で文科省と京都府が同志社国際高校の平和学習が教基法に違反すると認定したことに対し、政治教育を萎縮させるとして認定撤回を要求する会長声明を発表している。
問われている「大人は
何をすべきだったか」
もう一つ思うことは亡き人の意思について。
ヘリ基地反対協議会の関係者が「亡くなった生徒の平和の思い」を代弁するような発言をしたことが批判され、ご遺族は、「娘はただきれいな海が見たかったのだ」と発信しておられた。だが、これらのことに私は疑問があった。武石知華さんの内心は武石知華さんにしか知りえない。
明確に存在する事実は、当の知華さんからもはや真意を聞く術はないのだという厳然とした喪失。そして問われるべき大人の責任。あまりの怒りや悲しみの中でいろいろな思惑が錯綜するところではあるが、必要なことは、静かに追悼の頭を垂れ、今、大人が何をなすべきであったか、今後何をなすべきか考え続けることであろう。
「誰一人取り残さない」デニー知事の覚悟に共感
そもそも、抗議船を出すこととなった原因である辺野古新基地建設は米国でも反対の声が上がっているように道理が見いだせない。沖縄県が問題点として挙げている点は、①繰り返し示されている辺野古反対の民意に反して建設が強行されている問題、②生物多様性が極めて高く、貴重な自然環境を不可逆的に破壊する問題、③技術的な懸念に関する問題、④争訟を通じて明らかとなった立法政策上の問題――などの諸点である。また、国の予算執行として合理性を欠く問題として、①膨大な費用がかかる、②目的である「普天間飛行場の一日も早い危険性の除去」につながらない、③滑走路の使用が短期間にとどまる可能性がある――なども指摘される。
こうした中で9月13日投開票の沖縄県知事選挙は、沖縄の海と平和を守るため、国に対峙する現職知事・玉城デニー氏の3選がかかった選挙。玉城知事は事務所開きで「平和で誇りある豊かな沖縄をつくるため、誰一人取り残さない」と決意表明した。
僭越(?)ながら「誰一人置き去りにしない」これは私の信条でもある。国連のSDGsのスローガンでもあるがそれを自身の政治姿勢として掲げることは重い荷を背負うことになる。批判に使われるきっかけにもなり、正直、自身を叱咤し鼓舞するこのワードを選んだ玉城知事の覚悟に私は深い共感を覚える。勝ち抜いてほしい。
(見出しはすべて編集部)
(一応、一緒に申し入れをしないか声をかけた会派もありましたが調整できず)
(実際、安全防災常任委員会の質疑や、こういう申し入れなどもないとのことでした)

写真は基地対策部長に要請文を渡しているところです。
