核不拡散条約(NPT)は生き延びたか?

 NPT再検討会議決裂に思う

交差性を学び、ともに行動を

核政策を知りたい広島若者有権者の会(カクワカ広島)共同代表 田中 美穂

 NPT再検討会議は、3回連続で成果文書を採択できず、という結果になりました。
 私たちはこれまで、広島選出の国会議員との面会を行ってきましたが、少なくない議員から「NPTを主軸に考える」「核兵器禁止条約よりもNPTの方が現実的だ」といった言葉を聞きます。しかし、今回の会議では、核兵器が決して使われないようにするために「非核兵器国にも果たせる役割がある」という成果文書案の記述について、日本政府代表が再三削除を求めるという場面がありました。日本政府がNPTにすら後ろ向きであることを、市民に知ってほしいですし、メディアにももっと取り上げてほしかったです。
 私は昨年3月に、同じく国連本部で開かれた核兵器禁止条約の締約国会議に参加したのですが、今回のNPT決裂のニュースを最初耳にしたとき、締約国会議に参加していたキリバス出身の方のスピーチが頭によぎりました。一部抜粋して紹介します。
 〝私たちの国には回復する力があり、それによって何度も立ち上がってきました。しかしだからといってそれは核の暴力を振るう国々のInjustice(不正)を受け入れたわけではありません。必要なのは遠い先の約束ではなく、早急な行動です。これは私の負担であってはいけません。あなたたち世界が引き受けるべき責任なのです〟
 この言葉に為政者は、そして私たちは、耳を傾けているでしょうか。

米国の下で核兵器を
容認し続けるのか

 日本国内での状況も刻々と変わっています。今年2月の衆院選前、衆参合わせて39%いた核兵器禁止条約に賛同を示す議員は、選挙後22%まで大きく減りました。逆に、非核三原則の見直しを持論とする高市首相はじめ、非核三原則の見直しや核保有を求める議員の数が増える結果となりました。
 1967年に当時の佐藤栄作首相が非核三原則を表明して以来、その原則見直しが行われる可能性が今最も高くなっています。ただ、なぜ見直しをする必要があるのか、何を見直そうとしているのか、明確な議論は見えず、「見直しが必要だ」という声ばかりが目立っている印象です。見直しを主張する人々は、核兵器を載せた艦船の寄港を認めるのでしょうか。日本国内での核貯蔵や配備も容認するのでしょうか。
 実際、日本復帰前の沖縄には、1300発もの核兵器が貯蔵されていました。1959年には、核弾頭を搭載したミサイルが誤射される事故も起きました。こういった事実をよく知らず、自分の住む街でそれが起こるかもしれないという想像もせずに済む人々が、声高に軍拡を叫ぶ姿は、本当に無責任でしかありません。

沖縄の現実は私たちの問題

 あるシミュレーションで、もし核兵器が使われる場合、ターゲットになる可能性が高いのは核の傘にある国の軍事基地だという結果が出ました。沖縄には、全国の約70%の在日米軍基地が集中しています。基地の騒音、事故、環境汚染、性暴力。長年、沖縄の人たちに、私を含む本土の人々が背負わせてきました。もし核兵器が持ち込まれることになれば、そのリスクも、まず沖縄に集中する可能性が高いのです。本土は「安全保障」と言いながら、負担は沖縄に押し付ける。それで本当に、「安全」と言えるでしょうか。沖縄への基地の押し付けをやめること。それは核の問題と切り離せません。
 私たちは、米国の下で核兵器を容認し続けるのか。それとも、核そのものをなくす側に立つのか。
 暴力の連鎖の一部になるのではなく、それを止める選択を今、私たち自身がしなければいけません。なぜなら、暴力の連鎖は今も世界中で起き続けているからです。

「パレスチナ解放」と
「核廃絶」

 私は2019年に活動を始めましたが、そのときは考えてもいなかった世界が今広がっています。米国とイスラエルによるイラン攻撃、国際法違反、日本で十分な議論なく次々と成立する戦前のような法制度――。しかし、活動を続ける中で感じるのは、長くあり続けてきた不条理に私が気づかなかっただけで、今の状況はずっと前から地続きだということです。
 世界がイランの状況やトランプ米大統領の発言に注目している間、パレスチナではずっと続いてきた虐殺と入植者による暴力がさらに強まっています。昨年10月に「停戦」が発効されて以来、パレスチナに関する報道は一気に減ってしまいましたが、まったく停戦なんかしておらず、私たちは2年半以上もの間、ジェノサイドを止めることができていません。
 「パレスチナ解放」と「核廃絶」。一見、遠く離れた問題のように思えますが、どちらも同じ権力構造の中で起きている地続きの問題です。例えば、パレスチナでは80年以上前から「イスラエル」による占領・入植により、60万人以上のパレスチナ人が難民となり、その多くが今も故郷に帰ることができていません。
 核開発において米国は、広島・長崎への原爆攻撃だけではありません。先住民族の土地を奪い核実験場やウラン採掘場を建設したり、情報の隠蔽や不当な労働環境によって人々を搾取し続けたりしながら、核保有国やその同盟国は「核抑止」の正当性を主張しています。どちらも国家やマジョリティーによる圧倒的な暴力を可能にする植民地主義の問題です。その暴力は人々の健康や土地、社会システムを破壊するだけでなく、歴史や文化、記憶、アイデンティティーを奪い続けています。

日本社会で見過ごされてきた不条理

 パレスチナの人々や世界中のヒバクシャに押し付けられてきた不条理について考えるとき、私は日本社会で見過ごされてきた不条理を考えずにはいられません。外国人に対するヘイトやデマ、性的マイノリティーに対する差別、高校無償化朝鮮学校の除外、沖縄への基地押し付け、性暴力、琉球弧の急速な軍事化。
 今起こっているジェノサイドを止められず、ずっとあり続けた不正義を見過ごしたまま、核廃絶を達成することができるでしょうか。核兵器廃絶もパレスチナ解放も、あらゆる差別への抵抗も、見えなくされてきたものを明らかにし、それを支える戦争・占領・不正義の構造そのものを解体する闘いです。だからこそ、核なき世界を目指すなら、虐殺をやめろ、占領をやめろという声を上げなければなりません。

全国の反戦デモに連帯

 ここ数カ月の間、全国各地でたくさんの反戦デモが企画され、多くの人々が「戦争反対」「憲法改悪やめろ」と声を上げていることに励まされます。私たちは、ここからさらにさまざまな問題の交差性を見いだし、ともに学び合いながら、連帯のパワーを強めていかなければなりません。無力感にとらわれることなく、感覚を奪わせることなく、悲しみ、怒って、行動しましょう。FREE PALESTINE!