誰が平和をつくるのか
NPT再検討会議における対立構造と国際秩序の転換
青山学院大学名誉教授 羽場 久美子

2026年4月27日から5月22日まで1カ月間、国連で開かれたNPT会議に、ピースデポの代表の一人として広島・長崎の代表や若者たちとともに参加してきた。
会場にはNPT加盟国代表が参加し総会会議場では初日から核廃絶と不拡散をめぐる熱い議論が各国代表によって伝えられた。私は、昨年も核廃絶の委員会に参加させていただき、とりわけ先進国とグローバルサウスの核をめぐる意識・熱量の違い、平和要求の差異を覚え、他方、広島・長崎の若者たちの核廃絶へのひたむきな願いと行動に感動を受けた。
ここでは核不拡散条約(NPT)再検討会議の現状を踏まえ、いったい「誰が平和をつくるのか」という問いを、国際政治の実証的事実から明らかにしたい。
NPTとは何か
核不拡散条約(NPT)は1968年に署名され、70年に発効した国際条約であり、核兵器の拡散防止、核軍縮の推進、そして原子力の平和利用を三本柱とする。現在191カ国が加盟する、国際軍縮体制の最大・中核的枠組みである。しかしその根幹には、核兵器保有を米・英・仏・露・中の5カ国に限定し、他を排除する構造的不平等を内包している。
さらに重要なのは、新START(新戦略兵器削減条約)の終焉である。新STARTはアメリカとロシアの間で戦略核弾頭の配備数を制限する唯一の実効的枠組みであったが、2026年2月に期限を迎え、延長や後継枠組みが不在のまま消滅する見通しとなった。
その結果、核軍備管理体制の法的拘束力が大きく後退することとなった。
このような状況のもとで開催された今回のNPT再検討会議は、極めて緊張した対立構造の中で進行した。会議は最終段階で、主にベトナム議長国の尽力により、以前2度の会議で最終文書が見送られた経緯から、今回は何としても最終文書採択を行おうと努力が重ねられた。
しかし結局、最終文書は、事実上の「不採択」となった。何故3度も最終文書は否決されたのだろうか。それには、アメリカの思惑が大きくかかわっていた。
朝日新聞の大見出しには、「核廃絶、冷める熱」と掲げられ驚いた。間違いである。朝日新聞の記者は、現場に行き各国の発言を聞き、資料を読んだのだろうか。
対立と不採択の核心は
先進国の抵抗
第一に、米英仏を中心とする核保有国は、「核抑止の現実性」を強調し、中国が主張した「核先制使用拒否」の文言の削除を要求した。彼らはロシアのウクライナ侵攻、中国の軍拡、地域的不安定性を理由に、「核先制使用権」と核抑止力の強化を正当化した。
これに対し、非核保有国および被爆国、特に広島・長崎の市民や被爆者の代表、とりわけ被爆4世の大学生や高校生たちは、核兵器の非人道性を根拠として「核兵器廃絶への明確な時間軸」と「核先制不使用の明文化」を強く主張した。こちらが130カ国を超える圧倒的多数であった。しかしこれらの提案は、核保有国3カ国の反対により最終文書から削除されたのである。
第二の対立軸は中東問題である。複数の中東諸国および非同盟諸国は、「中東非核兵器地帯」の設置を正式に提起した。これはイスラエルを含む地域全体の核透明化と非核化を目的とする提案だった。
しかし米英はイスラエルの核排除に踏み込むとして強く反対し、地域安全保障環境を理由に「中東非核地帯構想」は阻まれた。イランの核保有には強く反対しながらイスラエルの核はこれを守るダブルスタンダード姿勢を取ったのだ。
グローバルサウスによる平和
第三の対立軸として、グローバルサウスの立場がある。これらの国々は、核保有国による軍縮義務の不履行と、国際秩序の不均衡を強く批判し、法的拘束力を持つ核軍縮の必要性を主張した。特にアジア、アフリカ、ラテンアメリカ(AALA)の諸国は、核兵器禁止条約(TPNW)との整合性を重視する立場を示した。
このように、今回の会議は単なる外交交渉ではなく、「先進核保有国」vs「非核保有国・被爆国・グローバルサウス」の間の緊張と構造的対立として特徴づけられる。
すなわち、非保有国側は「核先制不使用」と核廃絶を主張したのに対し、核保有国は「核先制使用権」と核抑止を主張して従来の「核先制不使用原則」をひっくり返したのである。
市民社会と若者の
リーダーシップ
今回の会議の特徴は、国家だけでなく市民社会の存在感が極めて大きかったことである。広島・長崎の被爆者団体や被爆4世の若者ネットワークは、国際会議の場において「核兵器の倫理的正当性」を根本から問い直した。その主張は制度的交渉の枠を超え、国際規範の正統性に関わる問題へと発展した。
こうした対立の結果、最終文書は合意に至らなかった。これは交渉失敗とか、いわんや「核廃絶の熱が冷めた」のではない。NPT参加国130カ国以上が強く主張した「軍縮推進モデル」が、核保有国の「核使用権独占」の主張により機能不全に陥ったことを示した。
従来の国際関係理論では、リアリズムは核抑止を安定要因とみなし、リベラリズムは制度的による核の漸次的縮小を主張してきた。しかし現実には、核非保有国とリベラルが主張してきた核先制不使用すら「全会一致の悪用」たる核保有国3カ国により、広島・長崎とグローバルサウスなど160カ国を超える圧倒的多数の国々の平和要求をひっくり返したのだ。
先進国3国による「民主主義の破壊」は、130を超える国家が合意した主張を否定し、核使用の制限を削除するという暴挙に出たのだ。
国連改革は核保有国から、グローバルサウスのリーダーシップへと移行せねばならないと強く感じる。
誰が平和をつくるのか?
今回のNPT再検討会議で、最終報告が不採択だったのは、先進国が全会一致原則を利用して、国連の多数の平和と核廃絶要求を蹴ったことによることを象徴的に示した。法の支配を守ったのがグローバルサウスと被爆者たちだったという事実を、191カ国のメンバーの前に示したのに、世界のメディアはこれを報じなかった。
さらに重要なのは、平和の主体の変化である。今回の会議では、国家間交渉に加えて、市民社会・若者・被爆地域・グローバルサウスが実質的な行動者として登場した。すなわち従来の国家中心から、国連の規範が、市民社会・自治体・若者に移動しつつあることを示した。しかし残念ながら日本のメディアでは核保有国の横暴や若者の役割についてはほとんど触れられなかった。
結論として、今回のNPT再検討会議は、「誰が平和をつくるのか」という根本問題を可視化した。すなわち、平和はもはや核保有国の核抑止によって担われるのではなく、被爆地、非核保有国、グローバルサウス、若者世代の多層な主体によってこそ牽引されているという事実である。広島・長崎・世界の若者が未来を牽引していくのである!
