若者が平和と未来をどうつくるか
青山学院大学名誉教授 羽場 久美子
若者による訪中団の派遣、本当におめでとうございます。
戦後80年、原爆投下80年、また、日清戦争終結の下関条約から130年、日露戦争終結から120年でもあります。若者が平和と未来をどうつくるのか、どうすれば平和をつくれるのか。
侵略の歴史を見る意義
戦後80年、世界は戦争と平和をめぐる「二つの潮流」に分断されてきています。
一方は、今回の広島・長崎の「平和宣言」のように、「二度と戦争をしない」と誓う流れです。もう一つは、それに逆行して戦争準備を進める流れです。非常に大きな問題だと思います。
象徴的なのは欧州の変化です。トランプ政権は北大西洋条約機構(NATO)で軍事費の対GDP(国内総生産)比5%、日本には3%を要求しています。これまでは、ドイツやフランスはアメリカのそうした軍備増強の動きに反対する立場をとっていましたが、ロシア・ウクライナ戦争の激化の中、ロシアに対抗したNATO拡大と軍事費拡張が決議されています。
日本でも5年間で防衛費を43兆円まで増やすさなかで、これはローンを含むと60兆円規模に膨らみます。今、日本の年間国家財政は約110兆円ですが、防衛省幹部でさえ、この予算拡大は不可能と言うほどの状況です。
学術レベルでも、危険な動きが進んでいます。これまで、日本学術会議は繰り返し、戦争に協力しないという声明を出していました。今般、学術会議は内閣府の機関から特別独立法人化されてしまいました。
参議院選挙でも参政党が議席を増やし、「核武装が一番安上がり」と言う人まで当選しています。
このような中で、若者が中国で戦争を歴史的に振り返り、交流することが重要です。
日本は80年前に敗戦しましたが、その前の50年も、実は中国大陸を侵略していく50年でした。これを振り返る機会はなかなかなかったと思います。
敗戦に至る「15年戦争」は、1931年の柳条湖事件に始まりました。日本軍は自らによる鉄道爆破を中国のせいにして「満州国」をつくった。37年の盧溝橋事件も、日本軍が起こしながら「中国軍の仕業」として本格的に中国侵略に乗り出した事件です。ご存じの南京虐殺事件は同年12月で、30万人以上の民間人が殺害されたと言われます。日本では数万人、数千人、あるいは「虐殺はなかった」という書物まで出されています。
ぜひ、皆さんのその目で見ていただきたいと思います。
風刺画は現在との類似性
現在、トランプ政権は「MAGA」(アメリカを再び偉大な国に)を叫んでいます。けれども、今や共和党員ですら、トランプがアメリカを衰退させていくのではないかと言っています。
アメリカは自国が戦争をせずに、武器をウクライナあるいはイスラエルに送るという形で、利益を得ています。日本にも軍事費の「GDP3%」、関税を15%に下げるためとして、日本政府は80兆円もの対米投資を行うことを約束しました。
フランスのカリカチュア(風刺画)作家が日清戦争後の世界を描いています。イギリス、ドイツ、ロシア、フランス、そして日本によって領土が分割されていった。それに次ぐ日露戦争、これもフランスのビゴーが描いた風刺画です。へっぴり腰の日本人を、後ろからイギリスとアメリカがあおっています。日清戦争、日露戦争も日本による戦争でしたが、背後に欧米がおり、漁夫の利を得ました。このどちらの絵も、今の国際政治と近似しているとはいえないでしょうか。
日本はなぜこれほどまでに、アメリカに従って貴重な財源を支出するのか。世界あるいは日本が侵略戦争を行った中国やアジアの国々ではなく、アメリカなのか。少なくとも日本はアメリカから自立して、自分たちの頭で社会のあり方を考えないと、とんでもないことになると思います。
世界政治・経済は激変した
トランプ政権登場後、アメリカの経済成長率も、世界の成長率も下がっています。国際通貨基金(IMF)による2025年予測では、成長率の落ち込みが激しいのが先進国で、1・4%に下がっています。新興国はあまり減っていません。インドは6・2%、中国は4%、新興国全体でも3・7%の成長で、先進国のほぼ3倍近い。
中国は「不動産バブルがはじけて大変だ」と報じられますが、日本の0・6%成長と比べると数倍です。中国はすでに経済規模で日本の4倍以上で、日本は昨年ドイツに抜かれましたが、今年はインドに抜かれて、世界第5位に転落しています。
1人当たりGDPを見ると、状況はさらに複雑というか悲劇的です。日本は今でも、何と38位まで落ちています。昨年、韓国と台湾に抜かれました。日本企業は儲けていますが、それが日本国民に還元されていない。
人口でも、グローバルサウスを中心に増え、2100年までにアジアとアフリカが世界の8割を超えると予想されます。米欧は1割未満になります。アジア、アフリカは人口は増えるけれども、貧しいままと思っているかと思いますが、そうではありません。21世紀のアジアでは、IT(情報技術)、AI(人工知能)が発展します。中国のインターネット人口は10億人を超え、インドも約7億人です。アメリカと欧州、日本を合わせても8億人で、中国にかなわないんです。
アメリカは「IT技術者の数ではアメリカがトップ」と言っていますが、技術者の半分以上がアジア系で、主にインドや中国、台湾出身と言われます。中国の最新AI・ディープシークは、アメリカ発のチャットGPTを超えるとも言われています。
世界の実相は、大きく変わっています。
「百聞は一見にしかず」で交流を
戦争と平和の問題は、皆さんの生活にも直接関わります。日本はアジアと結ぶのか、アメリカや欧州と結んでこのまま戦争に突き進むのか、考えなければなりません。
少子高齢化が進む日本では、皆さんが老人になる頃、福祉は破綻しているかもしれません。それなのに、ミサイルを中国に向けていくべきなのか。アジアと結んで、平和と安定・発展を目指すべきだと強調したいと思います。
東アジアは、世界最強の6大国が集う地域です。アメリカ、ロシア、中国、南北朝鮮、そして日本です。日本はこれらを平和にまとめていく力、潜在力があるにもかかわらず、その方向をとれていません。
アジアの平和を最も願い、行動しているのが玉城デニー知事を中心とする沖縄であり、広島、長崎です。アメリカ・ニューヨークで行われた核兵器禁止条約第3回締約国会議では、広島、長崎の高校生・大学生が「亡くなった祖父や祖母に代わり、私たちが平和をつくる」と宣言し、大きな感動を呼びました。
今回皆さんが全国から集まり、日本の戦争加害責任を考え、盧溝橋の中国人民抗日戦争紀念館やハルビンの侵華日軍第七三一部隊罪証陳列館を見学することは極めて重要です。「Seeing is Believing」(百聞は一見にしかず)です。ぜひ現地の状況、歴史の現状を見て、中国の若者たちと交流していただきたいと思います。帰国後の報告を楽しみにしております。
(8月10日「戦後80年、アジアの平和と未来をひらく若者訪中団」結団式での講演から。文責編集部)