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[「東アジア不戦」の提唱]福田康夫さんに聞く

「東アジア不戦」の提言(西原春夫代表)を絶対成功させたい

日米同盟で中国を敵にしてはならない

元内閣総理大臣 福田 康夫さん

西原春夫元早稲田大学総長や瀬戸内寂聴氏はじめ各界長老の皆さんが、「東アジア不戦」の提言をされた(本誌9月号既報)。西原氏は、提言を始めるにあたって福田康夫元内閣総理大臣に相談され、福田さんは支持し賛同されたという。米中間の争いは不測の事態すら招きかねない状況で、日米同盟関係にある日本には中国を敵視するのではなく、自主的な平和のための努力が切望されている。提言された長老の皆さんと賛同されている福田氏をはじめとする方々の努力はまことに時宜にかない、私たちの未来にとって重要な意義をもっていると考える。本誌は、今回、福田康夫元内閣総理大臣にインタビューした。(9月28日、聞き手は西澤清代表世話人。見出しを含めて文責編集部)

 西原春夫先生はすごい熱意をお持ちですから、この「東アジア不戦」の提言の運動を絶対に成功させたいですね。
 普段、皆さん、平和を心の中では思っている、願っている。けれども、口に出して「平和、平和」と言う人は多くはない。それは、そういうことを言わないで済んだということですね。それだけ戦後の日本は平和だったんじゃないですかね。戦争は憲法で禁止されていますから、そういうことはしないし、戦争をするような状況もなかった。同時に、世界中でアメリカが圧倒的に強くて、しかも日米同盟という形で、「何かあればアメリカが守ってくれる」という安心感も、今まであったんですよ。
 ですから、そういう環境の中で、日本は伸びのびと成長を続けてきたというところじゃないですか。
 ところで、今後のこと、すなわち現在および将来を考えると、今までとはちょっと違うんですね。日本の置かれている環境が違っているということでしょうか。

アメリカがリードしてきた世界に変化が

 世界の中で、この1世紀はアメリカがリードしてきたんですね、いろんな面で。
 アメリカもそれなりに大国としての責任を感じて、例えば、常任理事国を中心に国際の平和を議論する場としてニューヨークに国連本部を設立しました。それから、ブレトンウッズ体制をつくり、自由貿易の基礎をつくり、世界銀行が途上国の発展を手助けするといったことも始めたんですよ。それぐらい意気込みがあった。そして、自由貿易を推進してきたので、世界経済が順調に発展し、その発展の恩恵は日本や西ドイツがいちばん受けた。だいぶ遅れて中国が今恩恵を受けている。中国もアメリカが中心となった大きな枠組みの中で成長を遂げているのです。ある意味においては「アメリカ様さま」の時代だったんですよね。
 もちろん、米ソ対立とか東西冷戦の問題もありました。でも、これもアメリカが最後は核軍縮をソ連と決めて、そして、ほどなくソ連自身が解体されるということになったわけですよね。
 ですから、1990年あたりからアメリカは「一極支配」と言われるほどの独走態勢の時代が30年続いた。ところが、昨今は、中国が台頭するという、アメリカにとっても新たな状況が出てきた。
 今、米中関係が対立するというのは、これまでとは違った状況になったということだと思います。これまでは米ソ対立をはじめベトナム戦争、イラク戦争とかいろんな問題もありましたけれども。しかし、世界全体が発展する、そういう仕組みづくりにはアメリカは成功したと思いますね。でも、それが行き着くところまで行き着いた。そこで、これまでの体制の問題点が浮かび上がってきた。
 例えば、経済が発展すると、資源問題とか環境問題とかが出てくる。さらに今は、自由経済による格差問題が経済の足を引っ張るという新たな問題が出てきたのです。
 これらの問題をどう解決するか、それへの答えはまだ出ていない。アメリカも世界も見いだしていない。

台頭する中国と危機感を持ったアメリカ

 そういうさなかで、中国が台頭してきた。だから、アメリカはある種の危機感を持ったということではないでしょうか。覇権国家アメリカの危機感です。
 中国は14億人の国です。アメリカは3億人ですからね。何倍かの規模の国がものすごい勢いで追いかけてきた、いずれは経済規模でアメリカを追い抜くかもしれない。もちろん、経済が成長すれば、それだけ軍事力などの面でも伸張してくるだろうと考えられます。いずれは覇権国としての地位を奪われるかもしれないと心配をするようになってきたのが、今の米中関係についてのアメリカの立場です。
 アメリカは今も成長しています。だけど、中国の成長にはかなわない。そして、いずれは大きく後れを取るかもしれない、と。そのときにヘゲモニーを失うかもしれないという脅威を感じ、それを心配しながらいろいろと中国と露骨にやり合っている。トランプさんはそれを代表している立場ですね。

中国の発展は必然、課題はどう平和を維持するか

 今の米中関係の互いにやり合う姿は当たり前ではありませんが、当分の間続くと思います。しかし、こういう状況は、ある程度やむを得ないことなんですね。
 中国の経済がこれからさらに伸びていく、いずれはアメリカと並ぶようになってくるという状況、これは必然で、これを抑え付けることはできないでしょう。
 ですから、そういう状況の中で、平和をどうやって維持していくかを考えることが今、最も大事なんです。
 アメリカと中国だけの争いを考えればそれで済む話ではありません。そうしたなかでロシアはどうするとか、他の地域でもどこかで何か突発的なことを起こす可能性がないわけではない。ですから、米中間だけでは安心できない。
 しかし、世界1、2位の大国である米中が、敵国としてやり合うというような、そういう事態というのは、これはどうしても避けなければいけません。それがこれからの当分の間の世界の安定と平和を維持する最大の眼目じゃないでしょうか。

日米同盟では中国を敵にすることに

 米中が、敵国同士として相まみえるとき、問題は、日本は日米同盟関係ですが、中国とは同盟関係とはなっていないことです。ですから、米中がケンカをしたときに、日本はどうなるか。同盟関係だからアメリカに付くといったときには、中国は敵になってしまいます。そういうことが許されるのかどうか。
 日本国民としてそういう状態を認めるのかどうかという問題ですね。日本と中国は近い国同士です。中国は、ミサイルなんていくらでも持っているでしょう。ですから、日本を攻撃しようとしたら簡単でしょうね。
 日本という国は、戦争できない国だと私は思います。戦争するほどの軍事力は持っていない。周りは核保有国がぐるりと取り囲んでいるわけです。ですから、日本は極めて軍事的に弱い国家です。
 しかし私は、それは非常に幸いだったと思います。幸いにして、アメリカに守られ、そのなかで育ってきたおかげで、近隣諸国に軍事的脅威を与えることがなかったからです。
 日本が自衛以上の軍事力を持つということは、周辺の国々はみな、「日本に負けるな」とならざるを得ない。軍事力のエスカレーション、果てしなき軍拡競争を引き起こすわけです。そういうムダなことをしないで済ますことができたのです。
 大事なことは中国とか、韓国とか、北朝鮮もそうですけど、ロシアも含め、近隣の国々と、これから事を構える、もしくは、具体的には軍事力拡大競争をする関係にならないようにすることが、日本にとって大事なことです。

最大の課題は米中に戦争させないこと

 ただ、「米国の軍事力が日本にあるじゃないか」ということがあります。これをアメリカにもどう理解してもらうのか。あれは、「アメリカの持ち物ですよ。アメリカの戦闘機、ミサイルですよ」ということでは済まないですよね、日本は。
 日本国の領土の中にあれば、相手国、今申し上げた周辺の国々は「日本を攻めるんじゃないんだ、アメリカ軍を攻めるんだ」となります。アメリカの軍事力に対して準備するんだ、というふうな形になりますね。彼らから見ると、日本に同盟国としてのアメリカの軍事力があるということは即、日本の軍事力と変わらないですよね。
 そういうことを皆よく理解しなければいけない。そして、アメリカの同盟国としての日本はどういう義務を負うのかという問題もあります。
 今のままで、米軍には「沖縄にいてください」「日本が攻められたときには守ってください」と、そんな虫のいいことだけ言っていては済まないでしょう。
 最大の問題は、米国と中国が戦争するのかどうかです。戦争しないならこんな問題は起こらないと思いますよ。アメリカの軍事力が日本にたくさんある必要はないということになりますね。
 いちばん良いのは、米中が平和的な共存関係にあることです。ですから、そうなってもらえるようにするには日本として何をしなければいけないのかということです。
 米中のような大国が戦争したら、どうなりますか。アジア全体が大きな損害を受けますよ。日中韓のみならず、今日、世界経済を牽引する存在となっているアジア全体が戦火にさらされることになれば、世界経済に与える損害は甚大です。
 この米中の対立が深刻にならないように、むしろ、米中が協力し合えるような道を探るしかありません。もちろん米中自身が見つけなければいけないのですが、米中が互いにやり合うのではなく、両国が大国の責任として、世界の秩序の立て直しや、環境のような地球的課題で協力し合う関係になってくれればよいのですが。
 もし、そういう方向に米中が行くのであれば、日本はそれを全面的に応援するのが、極めて大事な方策になります。米中関係が緊張状態でなければ、アメリカが、その同盟関係で日本を守る軍事力を日本に置く必要性が将来薄くなるわけです。

中国はじめ近隣諸国と仲良くすることが日本の責任

 日中関係というのは、そういう意味でとても大事なんですよ。
 例えば、日中関係で何か問題がありそうだといえば、日本にたくさん軍事力を持っているアメリカ軍が応援しますといってくれるわけです。けれども、その必要はありません。日中は仲良くやっています、日韓も日朝もうまくやっています、となればアメリカに応援を頼む必要はありません。ですから、外から見てもそう見えるように日ごろからしておかなければいけない。
 その努力、すなわち日本は中国とも、韓国とも、北朝鮮、ロシアとも仲良くしなければいけない、そういう責任があるんですよ。少なくとも、北東アジアに軍事的緊張をなくすることが、日本の役割であり、責任です。

アメリカとの同盟関係を深化していく必要

 もちろん、アメリカとはきちんと話し合いをして、日米間の信頼度をさらに高めるよう努力が必要です。戦後、長い期間をかけてつくり上げた同盟関係は、これからも世界の平和と安定のために極めて大事な枠組みですから、重要視しなければなりません。軍事面だけでなく、経済や環境、新エネルギー開発などに協力の範囲を広げ、次元の高い同盟関係へと磨き上げる努力が必要です。
 これまで日米同盟は、軍事面にとどまらず経済面や文化面での協力を拡大し、深化してきました。今後は環境やエネルギーといったグローバル課題にも取り組んでいかねばなりません。中国もそこに加わることで、アメリカと共に国際秩序を支えるプレイヤーになることが望ましいのではないでしょうか。
 同時に中国とは、例えば、考え方の相違などをなくす努力をしなければなりません。そして、日中の国民が本当に信頼し合える関係をつくっていくことが大事なんじゃないでしょうか。そうすれば、この地域は非常に安定した平和な地域になるでしょう。
 もともと日中韓この3カ国は、歴史的交流も長く、文化的にも共通するところの多い地域です。そういう国の間柄で、国民同士も理解を深める基礎はあると思います。
 北東アジアの平和と安定は日本の責任だ、というぐらいの思いで、前向きな交流を積極的にやってほしいです。

隣国とは理解し合う関係が大事

 これまでも、いろいろな努力をやってきましたが、私から見ますと、歴史認識問題などで何故いつまでもそういう議論ばかりしているんだと感じます。日本国民も政治家までも巻き込んで、そういう議論をし合うのでは、それではお互いの国民同士、仲良くなれませんよ。そういうことを一つひとつ直していかなければいけないということは必要なのではないでしょうか。
 ですから、平和運動というのは何かって言ったら、敵をなくす運動なんですよ。敵がいなければ、平和ですよ。そう考えるべきですね。そんなことより、今の時代の本当の敵は、環境問題など、人類共通の問題です。いろんな問題があったら、お互い協力して対処することができるようにならなきゃいけないですね。環境問題一つとっても、みんなで心合わせてやるという雰囲気が今はないですね。日本の中だけでも理解を深めていくということ、これが先決です。
 同じように、隣の国の国民の気持ちというものを考え、配慮をしながら、国民同士の理解を深めて、何でも率直に話ができるような関係づくりにこれから励むべきであると思いますね。

日本や相手の国の歴史を知らなくてはならない

 その前提として、各国民は、それぞれの国の歴史がありますが、そういうお互いの歴史を理解する必要があるのではないでしょうか。
 特に韓国とのお付き合いでは、お互いの歴史を知るということが前提として必要なのではないでしょうか。日本は長い歴史を持つ両国間の交流の中で19世紀の末から20世紀の初めにかけて朝鮮半島で起こった日本との歴史についての知識が、あまりないように思います。まずは過去のことを知って理解を進める努力が必要でしょう。そのことによって、相手が何を不満に思うのか、何が意見の食い違いの基にあるのかを理解するのに役立つのではないかと思います。例えば、日本は1965年の日韓基本条約を基点にしてそれ以降のことばかりを言っているが、韓国はそれ以前の日韓併合の頃のことを言っている。ですから、話し合いでは意見のすれ違いです。その歴史認識の違いが大きな原因だと私は思っています。

差異があるのは当たり前だが、次第に埋まってくる

 隣の国の歴史を理解する、相手を理解しようとする努力をしている限りは、私は平和な関係を維持していくだろうと思います。これはいつの時代でも重要です。
 西原先生の「東アジア不戦」の提言は、そういう動きだと思います。先生は昔から同じ考え方をされていますけど、本当に本気になっています。その考え方の根底は、やはり、お互いの理解を進めていこうということなのだと思います。
 国の発展状況とか、経済の違いとか、今まではいろいろ差異がありましたが、そういう差異も今だんだんと埋まってきています。例えば、韓国と日本の一人当たりの国民総生産は、ほぼ似たような状況になっています。中国も、去年は一人当たり1万ドルを超えました。日本は4万ドルぐらいですから、まだ差がありますけど、購買力平価ではずいぶん接近してきています。今の勢いでいえばあと10年もたたないうちに状況がかなり変わってくると思います。そういう将来のことも考慮しなければいけないと思うんです。
 要するにお互いの考え方を調整していくためには、そういう各国における客観的な情勢、経済情勢や社会情勢、文化の進展度など、いろいろありますけれども、その違いを勘案する。しかし、そういうものはいずれ似通ってくる。そこもよく理解しておく必要があるのではないかと思います。
 今すぐ「完全に理解しました」とはいかないが、われわれは将来のために今から備えておかなければいけない。そのために、今から日々の努力を積まなければいけない。そういうことです。