中小企業は国の根幹
平和な環境によってのみ繁栄できる
「集い」共同代表 杉村 征郎さんに聞く(中同協 憲章・条例運動推進本部 顧問)

那覇市で6月24日、「平和を共に学び語り継ぐ経営者の集い」が結成されました。平和の問題は中小企業家同友会(中同協)の理念の中で、いちばん根幹をなす理念だということを、会の外にも訴えていこうということで、この「集い」は発足しました。総会後の交流会には玉城デニー知事も来られて激励してくれました。
最初は「平和を語り継ぐ集い」という名前を考えたんです。けれど何人かと議論したときに、語り継ぐ前に「共に学ぶ」ということが必要じゃないかということになりました。私は「国民的な」ということにしたかったんだけど、呼びかけた人はみんな経営者だから「経営者の集い」となりました。
私は十数年前から同友会に平和の組織をつくりたいという思いをもっていました。そのうちだんだんと同友会の歴史と理念を継承する方々がお亡くなりになって、今では私が最高齢になってしまいました。過去の戦争を反省して、二度と戦争を起こしてはいけないという思いの人たちでつくられた同友会の草創期の理念が薄れてきたことを感じたんですよ。そうはいっても同友会は平和の問題に敏感な人たちが比較的多い組織であることは間違いない。そこに依拠すべきだということで、昨年の7月ごろから呼びかけを始めました。
「いいね」の声に
勇気もらった
私は北海道から沖縄まで知っている人に連絡を取りました。その多くの方の携帯番号を知りませんので、事務局に連絡して「杉村があなたから電話が欲しいと言っている。趣旨はこんなことだ」と伝えてもらいました。
そうすると続々と私のガラケーに電話が入ってくるんですよ。「いいね!」と、本当にみんな喜んでくれてね。これは必ず成功するなと確信しました。共感してくれる人がこんなに大勢いることに逆に私が勇気をもらったんです。暮れまでには130人が呼びかけ人になることを快諾してくれました。
同友会は一党一派に偏しないという伝統があり、対立する問題に対して議論するが多数決はとらない、そういう運営の理念がある。しかし、個々の政治信条、価値観とか人生観とかは自由で、同友会以外の組織で活動しているのですね。だから会の中で矛盾するものにはならないという確信がありました。会長、副会長、幹事長、顧問、それから全国の事務局長にも、いろんな情報を提供していきました。
先日、中同協の総会が静岡でありましたが、「集い」のことを知らない人がほとんどいなかったことに驚きました。「杉村さんがくれた沖縄の設立総会のニュースをみんなで回し読みをしている。すごいことができたんだな」って、みんなで盛り上がったと聞き、さらに確信が深まりましたね。
高市政権とトランプのマッチポンプ式の政治に対して「まずいよな」という雰囲気があるんですね。「高市さんはおかしいよな」って思う人が誰も参加できるような、緩やかな組織で広くやりたい。そういう意味で「会」ではなく、「集い」という名前にしたんです。
代表は沖縄、広島、焼津から
「集い」の代表世話人は、生活の場が戦場になった沖縄、原爆で多くが犠牲になった広島と長崎から一人、ビキニ水爆の被ばく者が出た焼津からの3人です。それで呼びかけられたらピンときちゃうでしょう。それが短期に広がった理由です。2、3年後には数千人の「集い」になる可能性があります。
「集い」はどういうことをやるのか。規約には7項目あります。国際連帯とかいろいろ書いていますけど、すぐには難しいと思いますね。「集い」に共鳴して入ってくれる方を増やす。そしてその段階でつまり1年か2年ぐらいは会員メンバーがお互いに知り合い、共感力を強めることをまずやっていきたいです。
この「集い」の最初の難題、多くの人に「平和を語り継ぐ」のは大体1、2年後だと私は思っています。皆で議論し決めることですが。憲法改正の発議が国会を通るかもしれない。その国民投票のときに、この「集い」が全国で立ち上がる。多分そこが大きなメルクマールになるでしょうね。1960年の安保闘争を上回るような、あるいは同等クラスの大運動をやらないとね。その議論をこれから始めたいですね。
最近はトランプと高市のおかげで、無関心だった若い人びとや女性たちがスタンディング、ペンライトなど工夫を凝らして新しい行動が始まっています。その雰囲気を広げたいですね。
スモールを大事にする
憲章運動
私は中小企業憲章制定、中小企業振興基本条例制定の言い出しっぺです。前会長の赤石さんから、「杉村君は運動の責任者になって全国を回る決意があるのか」と聞かれました。ちょうど60歳になった頃で、自分の軸足をそこに置こうと決めました。会社を息子にまかせて、この運動に全力投球しました。
中同協憲章制定運動を始めたのは2003年。今では4万7千人の同友会でほとんどの人が知っている「会社づくり」「地域づくり」「組織づくり」条例制定運動。私たちはヨーロッパの中小企業組織と意見交換をしたり、EU本部で企業局の官僚たちと議論したりして、「草案」をつくりました。「think small first」。弱者を大事にしようという理念が、「格差」「自己責任」への疑念に勝ったのです。
10年に鳩山政権が「中小企業憲章」を閣議決定。それは同友会の「憲章草案」とEU憲章を両脇において、ごく少数の官僚が十分な議論もないまま、あっという間に作ってしまいました。ですから私たちはその憲章を実現するために中小企業振興基本条例の制定運動に全力で取り組みました。800近くの自治体で条例がつくられました。政府の憲章ができたから自治体がなびいて「できちゃった条例」も多かったんですが。
憲章の目的は「中小企業を国民経済の豊かで健全な発展の中核と位置づける」「国の経済政策を中小企業を軸に大転換する」「地方レベルではすべての自治体で中小企業振興基本条例を制定する」ということです。
この基本的な命題が解決されていません。米軍への思いやり予算よりも中小企業の予算の方が少ないという現実があります。高市政権の日本成長戦略・17分野、「骨太の方針」ではAI、半導体、軍需産業などに370兆円もの「前代未聞のバラマキ」を行う一方、中小企業は全然考慮されていないですよね。
憲章運動は中小企業、自営業だけでなくて国民運動です。十人十色の思考が一つにつながるのは「生きる、暮らしを守る、人間らしく生きる」「世界全体が幸せにならなければ個人の幸せはありえない」なんです。地域をもう一度見つめ直して、自分の地域をどうするのか、条例運動というのは最終的には魚のウロコのように全国を覆うことですね。
原点は空襲で見た紅蓮の炎
私は85歳。1941年生まれで敗戦のときは4歳です。45年8月の新潟県長岡大空襲を体験してるんです。市街地の8割が焼失、1500人が一晩で焼け死にました。そのとき母親は私を背負って兄の手を引っ張って、田んぼのあぜ道を逃げ回ったそうです。母親がかぶせてくれたショールの色をはっきり覚えています。私の人生の最初の記憶が空襲で、田んぼの向こうに見えた紅蓮の炎なんです。翌朝側溝に黒い塊がたくさんあったことも覚えています。これが私の原点ですね。
親父は理化学研究所の技師で、満州に出張したときにソ連軍の捕虜となってシベリアに送られた。48年に釈放されて帰ってきました。退職金代わりに放置してあった旋盤をもらって、郷里の焼津で漁船の修理を始めたんです。小学校から中学生ぐらいまでは、修理代の代わりにもらった魚を食べていました。
54年3月1日、アメリカのビキニ環礁での水爆実験で被ばくした「ビキニ事件」が起きました。被ばくした船は1422隻といわれ、工場兼自宅のすぐそばに被ばくした第五福竜丸が係留されました。私は中学生で生徒会やサークルの仲間たちと、亡くなった久保山愛吉さんの家族に届いた青少年からの激励の手紙への返信活動をしました。
久保山さんの死をきっかけに原水爆禁止の運動は広がりましたが、地元では「アカ呼ばわり」の攻撃などもあって次第に反対の声を出しにくい雰囲気になってきました。生徒会長をやっていた私は、隣町で生徒会長をやっていた北山晃君と相談して「焼津の子どもとして声を上げよう」と自製の署名簿で運動を始めました。原水爆禁止の署名は全国で3200万筆を超え、大きな国民運動になりました。
私は父が出征したときに生まれたので、名前も征郎です。戦中生まれで敗戦直後の雰囲気を知っているギリギリの世代なんですね。40代50代頃、自分の使命みたいなものを自覚するようになりました。私は空襲と空腹の記憶があるだけなんです。戦争体験がなくても、戦争の悲惨さ、日本によるアジア諸国侵略支配の実態などを学生時代や社会に出てからもいろいろな本を読んだりして、こういう話ができるようになったんです。
誰もが祖父母や父母の話を通して、また日常の生活から自分事として平和と反戦を考えたい。それまでは自分事としては考えなかったことでも、本を読み、いろいろな人と話してだんだん自分事になる。若い人は勉強してほしい。勉強した結果を語り継ぐことは、体験者でなくてもできます。
平和は社会のインフラ
私たち中小企業・零細業者、自営業の人たちは、地域が自分の商圏です。全国や世界じゃない。そういう意味で地域は中小企業にとってインフラです。逆に言えば地域社会にとって中小企業はインフラだとも言えます。
さらに言えば、平和というのは単なる理念ではなくて、国民が生きるためのインフラです。そのインフラを強固にしていくためには広範囲な運動が必要です。戦争に対する危機感が高まっているので、広がっています。トランプと高市のおかげです。
最近知ったんだけどトマホークも三菱重工でつくっているんですね。アメリカのそういう機密的な武器の情報は日本と一体化している。日本はもう完全にアメリカの属国になっちゃっている。
うちの会社は工作機械の装置メーカーです。精密な部品は精密な工作機械がないとできません。人型ロボットにしても、半導体もです。ドローンもAIも超精密な技術が基礎になりますから、今うちの会社は絶好調なんですよ。
ある精密部品の経営者と話した時、「今後日本は武器の輸出も含めて忙しくなる可能性はある」と言いました。いや、それは違うんじゃないか。これからの戦争は小銃でバンバン撃ち合うという戦争はありえない。だから、製造業全部が戦争の準備で儲かるというのは大間違いです。私の会社も今は好調だけれども、これが戦争になったら完全に駄目になる。
同友会には敗戦50年目の滋賀県と96年の広島総会で定着した理念があります。それは「中小企業は平和な環境によってのみ繁栄できる」と「平和憲法を守る」という理念です。この理念を再び強調しなければならない時代になりました。
これからの数年が勝負ですね。全国の広範な人びとと連携して平和を確かなものにするため頑張りたい。
(聞き手、文責共に編集部)
「平和を共に学び語り継ぐ経営者の集い」連絡先
事務局 〒826-0023 福岡県田川市上本町8-33-501
