主張 ■ 国の根幹の大転換ねらう高市首相

新しい「日本のかたち」を対抗軸に幅広い戦線構築を

『日本の進路』編集部

 総選挙での自民党「圧勝」は、もっぱら高市首相の奇襲作戦の結果だ。野党はうろたえ、ちりぢりバラバラに争点なき選挙戦に突入し、政策対抗軸もないまま敗退した。
 要するに既存野党が負けたのだ。中道改革連合は新党と言っても旧態依然で限界を露呈した。「真の野党」のはずの共産・社民・れいわも後退した。参政・国民民主も議席は増やしたが、得票は予想されたほどは伸びなかった。チームみらいだけが急浮上した。
 自民党は、議席は劇的に増やした。だが、有権者の半分近くが棄権するなかで、自民党支持は全有権者の5分の1に過ぎない(比例区)。ところが小選挙区で獲得した議席は総議席の86%を占めた。この結果、小選挙区では総投票者の48%が「死票」となった。まさしく小選挙区制マジックの勝利である。他方、比例での自民党の獲得議席は37%にとどまる。
 選挙は終わったが国民の生活苦難はますますだ。発展する中国とグローバルサウス、米国の衰退など、わが国をとりまく国際環境も当然にも変わらない。
 国民は活路と希望を求めている。これは選挙結果からも明瞭に読み取れる。どのような新しい日本、国のかたちをめざすのか、その提起が「野党」勢力には求められる。奮起に期待する。
 そして、そのことは「もっとも広範な国民の連合」で、「自主・平和・民主の新しい日本」をめざすわれわれの課題そのものでもある。いまだ微力ではあるが責任を痛感する。しっかり考え、行動したい。

高市の勝因、野党の敗因

 元自民党事務局長で選挙実務を30年以上担った久米晃氏は次のように語っているという(毎日新聞2月14日、「『サナエ旋風』の実相」)。「世論調査で無党派層が最大勢力と言っても、半分は投票へ行かない。大半の選挙は無党派層が動いて決まるのではない。元々の自民党支持者が逃げたら自民党が負け、自民党に入れる時は無党派層も上乗せされて勝つ。今回は離れていた自民党支持者が戻った」。
 当たっているのではないか。国民民主は前回比で約60万票、昨年参院選からは約200万票と大幅に減らした。前回比+13議席の参政だが、昨年参院選と比べると320万票近く支持を減らした(いずれも比例区)。与党となった維新も前回比16万票も減らした。他方、自民党だけでなくチームみらいは、昨年参院選から見ても大幅に支持を伸ばしている。
 出口調査でも出ているが、閉塞感のなかでとくに貧困化と展望喪失ともいえる若者が変化を求めていた。「主張や政策への賛同というより、新しい政治へ転換してくれるという期待が無党派層や支持層で高まった結果」という多くの指摘は、当たっているのではないか。
 高市の唱える主張、政策が争点となり、有権者が自民党を選んだわけではない。「希望ある未来は私たち自身がつくり上げていくもの」と扇動した高市に、展望を求める若者たちの一部は引きつけられたのではないか。とくに女性たちには「初の女性首相」はインパクトがあったのかもしれない。
 他方、野党はほぼ個別の政策にとどまり、高市にものの見事に争点外しされた消費減税などに終始した。中国脅威論に屈し、排外主義宣伝にも十分には対処できなかった。
 野党各党は、若者が、いや、すべての有権者が望んだこの国の未来、めざす姿をほとんど語らなかった。「政治を変える」「政権交代」、この呼びかけを野党側はできなかった。
 とくに決定的だったのが、小選挙区で野党がある程度でもまとまって自民党に対抗する姿を示し得なかったことだ。沖縄についてさえ野党中央は県民の声ではなく党利優先だった。これでは勝てるはずがない。

高市首相の野望を
許してはならない

 高市首相は施政方針演説で「国民から力強く背中を押してもらった」「自民の政権公約と日本維新の会との連立政権合意書の内容を一つ一つ実現していく」と述べた。とんでもない。
 有権者は「白紙委任」してない。これからが本当の闘いである。
 高市は、安倍晋三に倣って経済を刺激して政権基盤を安定させて、憲法改定を含む「大胆な政策」に挑戦しようとしているようだ。そんな野望を許してはならない。
 さらに高市は「失われた30年」を終わらせる「責任ある積極財政」を進めるという。
 だが、いったい誰が「失われた30年」を進めてきたのか? 自民党ではないか。自民党総裁ならば総括をして、責任を明確にすべきだ。
 「失われた30年」が始まる1990年ころには、バブルも弾け、政治家の腐敗問題も噴出し、自民党政治は限界に来ていた。時あたかも冷戦体制も終焉し、冷戦時代に米国主導で結党された自民党の「歴史的使命」の終わりは明らかだった。かくして93年、非自民・細川連立政権となった。
 本来この時、対米従属で一握りの大企業のための戦後自民党政治の総括と転換が、既存与野党に問われていたのだ。
 しかしその後、自民党は「自社さ」連立、そして「自公」連立と、政治術策で政権を握り続けた。その最後に一昨年、「自分が首相になるようなことがあるなら、それは自民党や日本国が大きく行き詰まったとき」と語っていた石破茂氏が首相に就任した。しかし1年後には、辞任に追い込まれ、自公連立も終わった。
 高市は自分の政権の役割について、「戦後80年にわたり、国のかたちを作り上げる過程で積み残してきた宿題を解決する」(連立合意書)ことだと言い、「国の根幹にかかわる重要政策の大転換」を図ると公言している。平和憲法も変えて、どこに導くというのか。

戦後自民党政治への対抗軸

 この高市に対峙するには対抗軸が必要である。だが、野党には根本的弱さがあった。戦後自民党政治に代わる「国のかたち」を提起できなかったことだ。とくに日米同盟基軸を中心とする従属的自民党政治に対する根本的総括ができていない。その点からの「戦後80年」のしっかりとした検証が求められている。
 さらに「戦後80年」というときに、わが国の明治以来のアジア侵略戦争の反省を避けて通ってはならない。この問題をなかったことのように素通りする高市を、アジアの国々が「再び侵略を考えているのではないか」と疑うのは当然である。「アジアに生きる日本」を考えなくてはならない。
 今日、戦後自民党政治の矛盾がいたるところに噴出し、日本は持続不可能に陥っている。農山村は廃れ、熊が跋扈する。若者たちが低賃金で不安定な生活を余儀なくされ、とくに子育て中の「シングル」は限界だ。年配者も豊かではない。風水害や雪害など自然災害が頻発し人命が失われる。争い激化の世界で国民の食料もエネルギーも危うい。
 トランプは米国中心の戦後世界を自ら否定した。誰が見ても国際社会は中国とグローバルサウスに主導されている。日本は世界の迷子になっている。
 持続可能で自立しアジアに生きる日本へ。新しい「日本のかたち」を共有し、実現へ共同の幅広い戦線構築を急がなくてはならない。「令和の百姓一揆」や若者たちをはじめ、広範な国民各層の闘いのエネルギーは、新しい日本を求めている。