「台湾有事」に揺れる八重山諸島 花谷 史郎

煽られる危機感、ありもしない有事と不可能な国民保護

石垣市議会議員 花谷 史郎

 ご存じの通り、沖縄をはじめとする九州以南で進められている自衛隊配備は「南西シフト」と呼ばれ、南西諸島防衛や「台湾有事」の名のもとに米国と共同で戦争の準備を進めています。
 危機感が煽られるなかで、軍事力の強化と同時並行で避難訓練やシェルターの設置検討などが各自治体で始まっており、石垣市では令和8年度中のシェルター完成を目指し、設計に着手しています。

 現在、石垣市議会では令和4年12月議会定例会で「石垣市国民保護計画等有事に関する調査特別委員会」が設置されており、令和6年3月議会定例会では「石垣市国民保護計画次期改正に向けた要請決議」を提案し可決されています。
 特別委員会の議論の中で見えてきた石垣島から避難することの難しさや、直近に石垣島で起こっていることをご報告いたします。

国民保護で
特別委員会設置

 そもそも国民保護計画とは何か、をご説明したいと思います。
 国民保護計画とは平成16年に施行された国民保護法に基づき、都道府県や市町村などの自治体が策定することを義務付けられています。
 その基となる国民保護法は、正式には「武力攻撃事態等における国民の保護ための措置に関する法律」といい、武力攻撃事態等(日本が主に外国勢力等から攻撃を受けている、または受ける寸前の状況)において各行政機関や自治体の役割が規定されています。
 つまり、戦争や戦争に近い状態、またはそうなることが予測される状況を想定した法律であり、その状況下で国が各自治体に指示を出し、国からの指示を受けてそれぞれの自治体が、地域事情に応じた避難等を計画したものが国民保護計画です。
 国民保護計画について、実際に武力攻撃が起こることを想定し、具体的に検証した地方議会はおそらく石垣市議会が初めてではないかと思われます。
 このような特別委員会が設置されたきっかけは、最近聞くようになった「台湾有事」という「言葉」にあります。
 「台湾有事」とは、中国が台湾統一のために軍事侵攻を仕掛けること、と一般的に認識されています。
 日本で台湾に最も近い場所として先島諸島があり、とりわけ与那国島、石垣島、宮古島では近年陸上自衛隊駐屯地も配備され、緊張感が高まっているかのような報道も目につく状況です。
 実際に有事、戦争が起こったら島の住民はどうすればいいのでしょうか。
 議会の中でも関心が高く、改めて「国民保護計画の検証が必要」という観点から、特別委員会が提案、設置されました。

煽られる台湾有事の危機感

 果たして、「台湾有事」はただちに起こり得るのか、ということについての私個人の考えは「否」です。
 台湾や中国の方の話や専門家の意見を聞くなかでは「起こり得ない」というものがほとんどで、歴史的事実や中国、台湾の政治情勢からもそのように読み取れます。
 一方で、危機感を執拗に煽り、防衛(軍事)力を過剰に備えるような現状が進めば、その分リスクは高まりますので「油断は禁物である」です。
 石垣島では、昨年3月に自衛隊駐屯地が開設されてから昨年9月と今年3月の2回、米艦船が入港しています。
 入港時は市民団体の抗議に加えて、安全確保の観点から港湾労働者によるストライキも計画されました。昨年9月の入港時はストライキが回避されましたが、今年3月の入港時には労働組合と行政とのやり取りが十分でないまま米艦船が入港し、ストライキが決行されていることから、現場の労働者に配慮しない強引な入港であったことがうかがえます。
 4月から、石垣港は特定重要拠点施設(特定利用港湾)に指定され、直後の4月11日に海上自衛隊艦船が入港しています。
 これまで自衛隊や米軍などの軍事施設がなかった石垣島で、駐屯地開設から約1年の間にこれだけのことが起こっています。
 NHKの報道によると、昨年1年間で米艦船が国内港湾に入港した回数は12回で、この10年間で最も多いそうです。
 そして、その過半数が鹿児島や沖縄のいわゆる南西諸島で行われており、南西シフトとの関連性の強さを如実に物語っています。
 このような異常なスピード感を持った軍拡につながる動きをどこかで抑制しなければ、あるはずのない「台湾有事」が現実感を帯び、国民保護計画を実行する日が来ないとも限りません。
 果たして、米中という大きな力のぶつかり合いの中に日本が軽々に足を踏み入れ、そのツケを沖縄や石垣が支払うことになるのでしょうか。
 このような現実を突きつけられるなか、特別委員会で国民保護計画の検証を進めるにつれ、島国である日本の南端にある沖縄、さらに南の石垣島からの避難の難しさが浮き彫りになってきました。

国からの避難指示の
タイミングの難しさ

 石垣市国民保護計画を考えるにあたり、前提として意識しなければならないことは「石垣は島であり、それも離島の離島ともいわれる環境にあり、避難が難しいばかりか、一度島を出てしまうと簡単には戻れない」ということです。
 ここから本題の特別委員会の議論内容について、いくつかの要点を抽出して説明します。
 意見が最も活発に交わされた内容のひとつが、「避難指示発出のタイミングについて、事態認定に伴う国民保護法の適用と市の避難計画の実施に乖離があり、法律及びその運用に課題がある」ということです。
 現在の石垣市国民保護計画では、石垣島から避難する際には、主に民間の航空機を使用することが想定されています。しかし、現在の体制では島外避難の実施は難しいのではないかという観点からの指摘です。
 国民保護法によると、島外避難が実施されるのは武力攻撃事態を国が認定してからということになり、主に民間航空機を使用して避難地の九州まで6日~10日の期間を要すると言われています。
 しかし、航空会社の協力が得られるのは安全性が確保される段階であり、石垣島が攻撃を受ける中で民間旅客機が往来することは難しいと思われます。
 現在、沖縄県の管理する石垣空港は特定重要拠点の指定を免れていますが、今後指定がなされ自衛隊等が平時から利用する空港になれば、他国からは軍事施設と同等にみなされ有事の際の危険度は増すと思われます。
 また、病気など何らかの理由で飛行機での移動が難しい方は、船舶での避難も想定されています。
 特別委員会では「軍民分離の原則」について、国際人道法、ジュネーブ諸条約、ハーグ議定書などの調査研究を進めていくことについても言及がなされています。空港や港湾など避難に使用する施設において「軍民分離」、つまり一般市民のみが利用し、軍事的な利用をしないことで攻撃対象とならないように国際法や条約に基づいて検討すべきではないかという提案です。
 上記内容が次期国民保護計画に反映されるよう3月の市議会で決議がなされました。しかし、直後の4月、前述した通り石垣港は重要拠点に指定されており、実際の避難の際の障害とならないか危惧されるところです。

リュックひとつで避難、暮らしは

 国から避難指示が出たとしても、すべての市民が指示に応じるかどうかについても大きな疑問があります。
 現在、避難に伴う保障体制について国から明確に示されていません。
 家や畑、家畜などの財産を放置して、いつ戻れるか分からない状況で避難を決断できる方がどれくらいいるでしょうか。
 避難指示が発せられたときは、極めて緊急性が高い状況であると考えられることから、手荷物ひとつ程度での避難になることが想定されており、島外避難の際に持ち出せるものはリュックひとつ程度と言われています。
 数カ月か、数年も戻れない可能性があるなかで、畜産をはじめ農業従事者が多くいる石垣市では避難時の大きな課題になることは確実です。その他にも、石垣市体制について、その他公共機関との連携、インフラの維持など多岐にわたる意見がありました。

島はどうなるのか

 石垣市は小さな島であり、移動手段が限定されている中での避難は困難を極めます。
 仮に島外に全員が避難できたとしても、戦火にまみれた石垣島はどうなってしまうのでしょうか。戦火を免れたとしても、誰もいなくなった島に産業や、伝統文化は戻って来るでしょうか。島民が、再び島の土を踏む日は来るのでしょうか。
 繰り返しになりますが、今直ちに戦争が起こるような状況にはありません。
 諸外国と対話の糸口を絶やさずに、平和外交を重ねることが大切です。
 4月10日に行われた日米首脳会談では、いまだかつてないほど「軍事面での一体化」が強調され、名実ともに対中国の先頭に日本が立たされる形となったように感じます。安保3文書の閣議決定や南西シフトなど、日本という国の対外政策・安保政策の大幅な変更が、日米同盟によって裏付けされたとも言えるのではないでしょうか。
 読者の皆さんには、南西シフトによって不安を抱えている人々がいることを知っていただくとともに、これが小さな離島だけの問題ではなく、日本全体、ひいては東アジア全体の問題であることを共有したいと思います。
 ありもしない「台湾有事」に振り回され、国の予算が防衛費に費やされています。
 最前線に設定された島の住民は不可能とも思える避難計画を立てざるを得ない状況にあり、これは世界に波及する話です。
 このような現状から脱却し、子供たちが不安なく暮らせる平和な世の中が来ることを切に願います。