長崎からアジアの平和を展望する

第19回全国地方議員交流研修会記念講演(要旨)

東アジア共同体研究所長・元外務省情報局長 孫崎 享 さん

憲法9条―「ヒロシマ」「ナガサキ」の教訓から

 本日は長崎よりアジアの平和を考えるということで、少し核兵器の話をさせていただこうと思います。

 いま、ウクライナ問題、ガザの問題そして「台湾問題」が非常に不安定な状況になっています。どうしたら平和をつくれるかということを考える時に、いま一度、第二次世界大戦以降のさまざまな英知を振り返りながら、私たちがこんにちの問題にどう対応するかを考えてみたいと思います。

 1945年に原爆投下された「ヒロシマ」、「ナガサキ」から世界の多くの人たちの認識が変わりました。「正しい」ための戦争ではなく、いかに「犠牲者を出さない」かということを国際政治の中心に持ってこなければならないということが「ヒロシマ」・「ナガサキ」以降の教訓であったと思います。イギリスの哲学者・バートランド・ラッセルと、アメリカの物理学者・アルベルト・アインシュタインが中心となり1955年に核兵器廃絶と科学技術の平和利用を訴えた「ラッセル=アインシュタイン宣言」というのが出来ました。その当時の最高の英知が結集し、いかに核兵器を使わないように出来るか、私たちの課題であると述べたわけです。第二次世界大戦後、日本は平和憲法を作り、憲法9条が出来ました。しかし、この憲法9条はマッカーサーの押し付けであるから自主憲法を制定すべきという意見があります。しかし、憲法9条は決してマッカーサーの押し付けではありません。1951年5月5日の米議会上院軍事外交合同委員会の公聴会でマッカーサーが次のように証言しました。幣原喜重郎が自分のところを訪れて来て、「熟慮してこの問題の唯一の解決は戦争をなくすることだという確信に至り、ためらいながら軍人の貴方に相談に来ました。なぜなら貴方は私の提案を受け入れないと思うからです。軍人に戦争をなくさなければいけないということを言う。受け入れられないかもしれない。でも意を決して貴方のところに来ました。私は今、起草している憲法にそういう条項を入れる努力をしたい」そこでマッカーサーは立ち上がり、この老人の両手を握って最高に建設的な考え方だと言った。こうして、9条は幣原喜重郎が二度と戦争をしないためにということで入れました。これが憲法9条の原点なのです。いま、岸田首相は憲法改正を政治課題として出しています。今一度私たちは二度と戦争をしないために憲法9条を入れたその原点を考えて見なければならないと思います。

あり得ない「核の傘」

 ここは被爆地の長崎ですから核兵器の話を少ししていきたいと思います。岸田首相は今年7月開催されたG7で核戦争の抑止をするために核兵器が必要だと説明をしております。アメリカの核兵器の傘に頼っているから、全面廃止は出来ないといいます。いわゆる「核の傘」という問題を少し考えてみましょう。まず上空を見て下さい。核兵器を防ぐ物理的な傘はありません。「核の傘」というのは概念です。それは、キッシンジャーが「核兵器と外交政策」で述べている政策です。それを、中国と日本の関係で話してみましょう。

 尖閣問題などさまざまな外交問題で中国は自分たちの言いうことを聞かなければ核兵器を撃つと日本を脅す、そうすると日本はアメリカに中国から脅かされているから助けてくれと言う、アメリカは中国に対して日本に核兵器を使ったら、われわれは中国に核兵器を使う。それで中国が、ごめんなさいと日本を脅したのは悪かった、日本に核兵器を使うということはやめますとなる。これが、「核の傘」による抑止論です。

 この流れはどこか欠陥があります。アメリカから、例えば杭州であるとか西安であるとかさまざまなところに撃つということが出来るでしょうか。米中が戦争をしていない時に核兵器を撃つと言うなら、中国は当然、私はシアトルとかユタ州に撃ちますとなる。その時に、アメリカの政治家で日本を守るために、ユタ州に核兵器を撃っても結構だと言える政治家が出てくるでしょうか。あり得ません。つまり「核の傘」というのはないのです。それを「核の傘がある」、「アメリカに守ってもらわなければいけない」だからアメリカの言う通りにしなければいけないなど、みなウソなのです。ターナー元CIA長官も1978年の読売新聞の1面に「核の傘はない」と言っています。それでは、北朝鮮が日本に核兵器を撃つということはないのか。キッシンジャー氏が「核兵器と外交政策」という本の中に北朝鮮のように核兵器を持つ国が核兵器を使わないで戦争に敗れることはない。戦争に敗れるという状況がきたら核兵器は必ず使う。これはウクライナ戦争におけるロシアの態度と同じです。

 二番目、しかし、北朝鮮のような中小国が核兵器を使ったらこの国は完全に抹消される。それを中小国は知っている。だったら、中小国が核兵器を使わないようにするためにはどうしたらよいのか、その国の存続の危機を与えない。その約束をすることだ。北朝鮮に対して私たちは指導者及び国、これを軍事で持って抹消することをしない。その宣言をすれば北朝鮮が日本のようなところに核兵器を使うようなことはない。この論理、おかしいと思う人はおいでにならないと思います。北朝鮮の核兵器への不安があったら、日本は北朝鮮に私たちは貴方の国及び指導者を軍事でもって排除する行動に参加しません。これがラッセル、あるいはアインシュタインなどが紛争の解決のために平和的な手段を考えるということ、平和的な解決を示すことによって出来ます。それを多くの場合、言ってきていないんです。

過去の「英知」に学ぶ

 こんにちウクライナ問題、ガザの問題、台湾の問題、こういうものに対して、私たちはもう一度過去の人びとの英知を振り返ってみたいと思います。1977年日本の赤軍がムンバイで飛行機をハイジャックしました。彼らは16億円と服役及び勾留中の仲間9名の釈放を要求しました。その時福田首相は「一人の命は地球より重い」としてその要求に応じました。

 テロとの戦いが大切だ、だから犠牲はやむを得ないとは言いませんでした。それよりも、一人の命も救うことが大事だと法体系の政治を貫くことより命を守ることが大切だ、これが1977年の日本の首相です。今、世界が大きく変わりました。オルブライトという国連大使がイラク戦争の時にイラクへの制裁などで50万のイラクの子供たちが死にました。それで、新聞記者がヒロシマよりも多い犠牲者が出たが、その犠牲を払う価値がありますかと聞きました。そしたら、オルブライトは「それだけの価値がある」と言いました。自分たちの主義主張を守るために50万人の子供たちが死んでもそれは正しいと言っています。どこか、世の中が狂い始めたのではないでしょうか。

 トルストイの小説「戦争と平和」を知っていると思いますけれども、トルストイは「日露戦争はまたも起こってしまった。誰にも無用で無益な困難が再来し偽り欺きが横行し、そして人類の愚かさ残忍さを露呈した。知識人が先頭に立って人びとを誘導している。知識人は戦争の危険を犯さずに、他人を扇動することのみに務め、不幸で愚かな兄弟同胞を戦場に送りこんでいる」と言っています。あの時、「朝鮮半島は日本存続の危機だ、そこにロシアが来たら日本が危ない」と言って戦争しました。こんにち、日本もロシアも朝鮮半島に(支配的な)影響力を持っていません。ロシアと日本が影響力を持たなくなったら、各々の国の存続の危機になっているのか、全くそんなことはありません。ウソだったのです。

 私たちは「ぼっちゃん」「三四郎」「吾輩は猫である」を書いた夏目漱石については知っています。だけど、夏目漱石が日露戦争について発言している内容を知っている方はほとんどいないと思います。不思議だと思いませんか。夏目漱石は日本の知識階級の代表である。そして、日露戦争はわが国の歴史の中で非常に重要なもの。夏目漱石が日露戦争について何を言っていたか、なぜ知らないか。知ってもらったら困ることを夏目漱石は言っていたのです。「陽気のせいで日露戦争について、神も気違いになる。『人を屠りて、飢えたる犬を救え』と、雲の裡(うら)より叫ぶ声が逆しまに日本海を揺るがして、満州の果迄響き渡った時、日本人とロシア人ははつと応えて百里に余る一大屠殺場を開いた」。それぞれの時代にはトルストイであれ、夏目漱石であれ、よく見ると発言しています。それを、当時は封鎖しているのです。同じく、皆さんは与謝野晶子の「君、死にたもうことなかれ」という歌を私たちはほとんど誰もが知っています。その中に「ああ、おとうとよ君を泣く、君死にたもうことなかれ」「旅順の城はほろぶとも、ほろびずとても何事ぞ」と日露戦争の最中にすごいセリフではないですか。

ウクライナ問題の元凶は「NATO拡大」

 私たちは国際情勢を考える時に、マスコミや著名人にごまかされる可能性が高いのです。ロシアのウクライナ侵攻問題で、かなりの人たちと違うことを申し上げていきます。

 2022年5月にイギリスの『エコノミスト』に「ロシアが侵略する前に戦争を回避することが可能だったかもしれません。ゼレンスキーがウクライナがNATOに加盟しないことを約束し、東部2州により高度な自治権を与えることが出来たらロシアは侵攻しなかったかもしれない」とある政治家の発言が載りました。もう一つ、「プーチンがウクライナを侵攻したのはNATO拡大によって自国の安全が脅かされるかもしれないと思ったからだ。ユーゴスラビアが解体され、多くの国がユーゴから独立していった。その時ヨーロッパの唯一小さな国のコソボは独立したいと思ったけれども、力がなかったから、独立出来なかった。そこで、NATOがセルビアとベオグラードを爆撃してコソボは独立出来た、この論理をプーチンは使っているかもしれない。ロシアは領土の拡大を望んでいるのでなく自国の安全保障のために行った」と言いました。ご存知の方ありますか。

 実は二つとも安倍さんなのです。去年の3月、日本で最も力の強い一番力を持っていたのは安倍さんでしょう。そして、プーチン大統領と27回会っており、ヨーロッパ、西側指導者の中で安倍さんくらい直接プーチン大統領の意見を聞いた人間はいない。なぜ、一番知っている人の言葉が日本のメディアに出てこなかったのですか。日本は驚くほど情報統制されている国なのです。安倍さんの言葉が多くテレビ、新聞に出ておれば、国会でゼレンスキーの話を聞いてスタンディングオーベーションをするということはありませんでした。国会は議論する場所です。大政翼賛会のように一つの考え方に拍手する場所ではないでしょう。

 アメリカのミリー統合参謀本部議長は「戦場でロシアウクライナ問題が決着することはあり得ない。その決着を求めるならば、莫大な死と莫大な資金がいる」と言っています。戦場で決着がつかなかったら、外交的にどうするか考えなければいけません。ウクライナ人は4000万人のうち、1300万人が今までの場所には住んでいません。800万人が海外に行き、500万人が国内で移住している。そして経済は30パーセント減。貧困層は戦争の前は5パーセントだったけれど、今は去年一年間で20万人になっています。

 「NATOの拡大」は1990年。ドイツが統一する時に西側の指導者がゴルバチョフに対して、ドイツが強大になったらもう一度ヒトラーのようになり困るから、NATOは1ミリたりとも東方に拡大しないという約束をしました。しかし、2021年から22年、ウクライナとアメリカはNATOを拡大するという形で動いたのです。これが一番大きな問題だったのです。

守るべき日中間の2つの約束

 私は「村山談話の会」の団長として訪中して数日前に帰ってきました。訪中では日中平和フォーラムに参加しました。中国側は北京大学、大興学院、精華大学などの先生がいて、日本側から明日講演される羽場久美子さんと二人で出席しました。

 ここで、東アジアは世界で最も繁栄し平和的な地域のはずだが、緊張が地域で減少に向かっているのでなく、増大する方向に向かっている。しかし、考えてみると、日中各々の指導者が努力をして平和と繁栄の基礎を実は作っている。1972年の日中共同声明、1978年の日中平和友好条約で日本と中国のありようを決めています。いま日中、緊張ということが言われます。台湾問題の緊張を語る時に、日中共同声明あるいは日中平和友好条約、これが一番重要なところです。1972年の日中共同声明では「中華人民共和国政府は台湾が中華人民共和国の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府はこの中華人民共和国の立場を十分に理解し、尊重する」。同じような文言は米中共同声明に入っています。その時、ニクソン大統領、キッシンジャー安全保障担当補佐官が交渉して周恩来に対してこう言っています。「今のような中国の立場を認めた上で、学者として言えばいつの時点か台湾は中国の一部になっていると思います」。

 日本はさきほど、お話があったように第二次世界大戦の前に中国にさまざまな被害を与えました。当然、日本は多大な賠償を中国に払うこともあり得たかもしれません。しかし、賠償を払わないという合意が田中・周恩来会談で出来たわけです。さまざまな取り引きがありました。台湾は中国の一部であるという中国の主張を日本側が認める形で終わりました。私たちは1972年、1978年、「台湾は中国の一部だ」ということを約束した。だけど、今の情勢から見ると間違っているのでその認識を改めたい。従って、もう一度日中の交渉を再交渉をしましょうと言った政治家はいますか、いません。具合が悪いなら、交渉し直せばいいのです。今、日本はあたかもこういう約束がないかのようにふるまっています。私は、もしも台湾の人たちが独立しなければいけないということであれば、それを踏まえて国際社会がどうしようかということは話し合えばいい。日本とアメリカは武力による現状変更をしないと言いながら、約束を反故にするという現状変更をやっています。その反省はどこにも出てきません。正しいことをやっていると思っています。

 麻生さんは「台湾有事は日本存続の危機」と煽っています。台湾での世論調査では、「独立」か「現状維持」あるいは「中国の一体化」という問いでは「独立」が増えます。しかし問い方を「将来独立」、「将来中国と一体」、「現状維持」とすると7割くらいの人が「現状維持」と言っています。麻生太郎さんは台湾の多くが現在のままでいいと言っているのに、「戦争しろ、戦争しろ」と煽っているのです。そして、多くの日本人は戦争しろと言っている方が正しいと思っています。

日本は「アメリカの家臣」か

 なぜこんなことが起こっているのでしょうか。アメリカの諜報機関CIAは各国の経済力をGDPで比較しています。そのデータでは今後、中国は名目GDPでアメリカを抜きます。すでに購買力平価ベースGDPでは抜いています。購買力平価ベースというものはマクドナルドが各国の通貨でいくらするか、マクドナルドを基準に価格の調整をやって経済力を計ろうという考え方です。購買力平価換算のアメリカのGDPは21兆ドル、中国は24.9兆ドルです。もう中国の方が上の方になっています。それでも、中国は人口が多いから、GDPが増えるのはしようがない。彼らには独自で研究開発する力がない、だから日本やアメリカから技術を盗んでいる、こういう論調があります。今、科学技術論文の数でトップは中国、質はこれがどれくらい引用されたかで見ますが、これでも中国はもはやトップになっています。だから早晩、中国がアメリカを抜くということは明白になりますがアメリカ人には耐えられない。今、アメリカの世論で世界のどの国がアメリカの敵ですかと聞くと、中国50パーセント、ロシアが32パーセント、北朝鮮が7パーセント、イランが2パーセントです。アメリカは間接的にウクライナでロシアを敵として戦争をしております。しかし、中国を敵とする人が50パーセント、ロシアが32パーセントです。だから、アメリカは中国包囲網を作り日本・韓国・アメリカというラインを作って今、対峙しようとしています。

 ここで非常に重要なことの一つは、経済安保という言葉をよく聞かれると思います。中国に軍事利用されないように経済安保でいかないといけないと言います。日本は2000年くらいには科学技術の開発で世界の5番目位でした。世界で6パーセントくらいの比率を持っていたと思います。今、日本は13番目です。皆さんは日本は科学技術の国だと考えていると思います。確かに2000年くらいにはそうだったのです。4番か5番目にいた。今は13番目です。日本より上に韓国とイランがいます。それが今の日本の現状です。日中が双方で経済交流を止めたら中国から来る30パーセントくらい止まる、日本から行く4パーセントくらいが止まる。どっちが損しますか。小学校の6年生に聞いても分かるようなことですが、日本政府は全く逆の政策を行っています。

 世界を見てみましょう。G7の合計よりはG7ではない国のトップ7カ国の方が、今は経済規模が大きいのです。アメリカ追随でいいという国ではなくなったのです。フランスのマクロン大統領が台湾問題で次のように言いました。「フランスはアメリカのシナリオに従って台湾問題をやるとか、それに反応する中国に従うとかそんなことはしない。われわれは自分の国の国益を考えてやります」。そうしたら、フランスはアメリカの同盟国ではないか、その同盟国のアメリカと違う政策をとるのですかと聞かれた。それでマクロンは「同盟は家臣ではない」と言いました。

 私はマクロンのこの言葉を引用してそのタイトルで本を書きました。日本人はアメリカの家臣でいいのでしょうか、この国には自主性がない、アメリカに言われた通りにやる。そして奈落の底に進んでいるように思えます。

 この長崎の地から、日本の進むべき道を皆さんと一緒に考えていきましょう。

 どうもありがとうございました。

(講演要約 文責 編集部)