友達の住む町・釜山

市民国際平和友好交流の活動

アジア交流友の会(長崎県) 伊藤 あゆ

 新年あけましておめでとうございます。今回貴重な枠をいただきまして、私の2023年の出来事の中で、印象に残るトップ3に入った11月3日~6日の3泊4日の韓国への友情の旅について綴っていきたいと思います。

友好交流の集い記念写真(2列目中央が筆者)

 私は、長崎市を拠点に活動する「特定非営利活動法人アジア交流友の会」(以下「友の会」という)に所属しております。大学時代に韓国のソウルにある漢陽大学(漢陽は首都ソウルの旧称)に1年間の交換留学をしており、卒業後も故郷長崎で韓国に関わっていきたいと考え、友の会の活動に参加するようになりました。友の会は、市民に対して国際交流に関する事業を行い、アジアの平和・友好交流の促進に寄与することを目的として活動している団体です。歴史的・地理的な要因から、特に中国と韓国の留学生や一般市民との交流が盛んで、留学生から学ぶ語学講座や、中国・韓国への友情の旅を定例事業として実施しています。そのほかにも、留学生と巡る8・9平和ウォーク等の平和について考える事業も例年実施しております。

東アジア友好交流の集い

 実は、今回の韓国の旅は、これまでの友情の旅とは一味違い、22年度に友の会が初めて取り組んだ一大イベントから派生した旅でした。22年度に、友の会は「東アジア友好交流の集い~平和と共生、相互理解~」と題し、日中韓の3カ国交流事業を企画・実施しました。計画段階では、これまでの人脈を生かし、中韓両国から10人程度ずつ長崎へご招待し、交流活動を行うことにしていました。しかし、新型コロナウイルス感染症の影響で、中国からはどうしても長崎へ来ることが難しいということになり、韓国からご招待した方々と、在長崎の中国人留学生(元留学生で、現在は社会人になっている方も含む)と、友の会の会員を中心とした日本人で3カ国交流を実現させました。
 このとき、韓国から来てくださったのが、社団法人釜山韓日文化交流協会(以下、「協会」)の会員および職員の方々でした。この3カ国交流では、食文化交流や言語交流、卓球交流、多文化共生・平和について考えるグループワーク等のイベントを通じ、実際に体験しながら他国の文化・習慣・考え方等に触れることで、楽しく相互理解を深めることができました。
 22年度の事業の際の「来年度はぜひ釜山へお越しください!」という協会の方々のお言葉に甘え、オンラインで連絡を継続しながら長崎から釜山への訪問を準備した今回の旅。一番の目的は、22年度に長崎にて交流してくださった方々との再会およびさらに友情を深めることにありました。
 ◆一日目は協会から招待いただき、協会創立36周年記念「韓日友好の夕べ」に参加し、22年度の「東アジア友好交流の集い」にご参加いただいた懐かしい面々と再会し、思い出話や近況報告に花が咲きました。
 ◆二日目の「民間交流で日韓友好を実現するための方法」をテーマにしたグループワークでは、日韓それぞれの参加者が混在する6人グループに分かれ、これまで各自が行ってきた日韓交流活動の経験を基に意見交換を行い、その後、グループ内でのまとめを全体でも共有しました。日韓の参加者は共に、年齢や職業、ライフワークなども異なる人々が集まっていたため、自分の中にはない視点からの意見が出てきて、新たな気付きを得ることができました。
 このグループワークの中で、市民間の日韓交流の手法として特に私が感銘を受けた提言は、「お互いに共通する分野の仲間同士で集まり、グループで交流する」というものでした。例えば、年齢帯、職業、趣味などの共通している(または近い)人同士で日韓関係なく集まり、交流するということです。
 この手法の素晴らしい点は、①特別な準備はなくても実行できる点、②共通点がある者同士が集まるため、無理なく楽しく継続することが見込める点であると思います。
 この他にも、今後の友の会としての交流活動の参考になるさまざまな提言があり、大変有意義な時間を過ごすことができました。

「あなたと私」の交流

 二日目の夜から三日目の夕方までは、受け入れていただく側での人生初のホームステイを経験しました。協会の会員のお宅にお世話になり、今日初めて会ったばかりの私たちに対し、手間暇をかけたおいしい手料理を用意していただいたり、いろいろなおすすめスポットに案内していただいたり、その温かいお心遣いに感動しました。
 三日目の夕食は、22年度の3カ国交流の準備段階からずっと連絡を取り合っている協会の交流事業ご担当者さまが、長崎からの参加者全員との懇親会の場を設けてくださりました。その場でのご担当者さまからのごあいさつの中で、協会の交流事業で大切にされている精神について言及され、その言葉がとても印象的でした。
 それは「あなたと私」の交流という精神です。確かに、国同士では主張が食い違っていたり、団体同士では目指す方向性に違いがあったりする状況が多少なりとも存在することは否めません。しかし、一緒にさまざまな体験をし、個人的に真の友達になれれば、「あなたと私」の国境を超えた友情が、考えのすれ違いや隔たりを超え、お互いを尊重して付き合っていくための架け橋になるということを再確認しました。
 最終日、空港まで見送ってくださった担当者と、24年以降も相互往来交流を続けていくことを誓い、固く握手を交わしてお別れしました。
 22年の事業に引き続き実現した今回の旅で、協会の方々や釜山市民の方々との友情を確固たるものにできたという実感があり、大変実り多き旅となりました。

まるで現代の朝鮮通信使

 さて、今回の旅を振り返り、とてもうれしかったことは、同年代の韓国人女性と友達になれたことです。出会ったその日にすぐ意気投合し、日本に戻った今でも頻繁に連絡を取り合っています。彼女も私もおいしいものやお酒が大好きなので、まさに共通の趣味をもった「グルメ仲間」、「お酒仲間」同士での交流を体現しているところです。これまでは韓国の一都市だった「釜山」への認識が、「友達の住む町=釜山」へと変わるきっかけとなった旅でした。
 釜山への旅の後日談として、彼女が釜山旅行から約1カ月後に長崎を訪れてくれました。彼女と一緒にいろいろなお店を回る中で、その場に集う長崎市民との即席交流に発展しました。彼女は日本語堪能で、人間的魅力に溢れているため、みんな彼女に韓国の言葉や食文化、若者文化などについて質問し、彼女の答えに興味津々聞き入っていました。中には彼女とSNSを交換し、「今度釜山に遊びに行くね!」と言う人まで。日本人に韓国の文化を伝える彼女の姿は、まるで現代の朝鮮通信使のようでした。
 その昔、朝鮮通信使が日本で最初に立ち寄った対馬は長崎県の離島ですが、この長崎県の市民レベルの活動において、これからも継続的に韓国の市民と相互往来交流を続けていくことで、日韓の友好・相互信頼の輪を地道に広げていくことができると信じ、これからも活動に取り組んでまいります。
(中見出しは編集部)

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