対米従属の安全保障路線、「武器爆買い」の破綻
国際地政学研究所理事長
元内閣官房副長官補、元防衛省 柳澤 協二
地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」配備計画を停止すると河野太郎防衛相は表明した。理由として挙げられたのは、迎撃ミサイルを発射するブースター・ロケットの燃え殻を自衛隊演習場内などに確実に落とすようにするには膨大な費用と年月を要することが判明したからだという。
いつでもどこでも、過ちを認めるには勇気が必要だ。その勇気は評価したいが、問題は、「なぜ今まで放置していたか」と、「なぜ今決めたか」という二つの面から検証したい。
この事業は、もともと運用主体となる陸上自衛隊の必要性に基づいた装備ではなく、米国製兵器を爆買いする方針の一環として、安倍晋三首相のトップダウンで始まった計画だった。それゆえ、ブースターの改良がいずれ必要になるとの認識はあったが、ソフトウェアの改修で済むという楽観的な前提で予算化され、米国企業との購入契約が結ばれることになった。
秋田では、デジタル地球儀「グーグルアース」を使い、山の縮尺が縦方向に拡大されていることに気付かないまま、秋田市の演習場しかないという結論を導くミスがあった。砲撃の前提として、山の高さを正確に測量することは陸自のお家芸だが、陸自の協力なしに進めようとした官邸主導の弊害がここにも表れていた。
つまり、陸上イージス導入という結論が先行し、通常あるべき十分な技術的検討が先送りされたということだ。
「なぜ今か」という点にも着眼したい。新型コロナウイルス感染拡大に伴う大量の国債発行などで、国民やメディアで国家予算の使途に厳しい目が注がれるようになった。何より、自粛を呼びかけるばかりで補償も見通しも示さない政府に対する国民の不信が高まっていた。そういう、政権のダメージ・コントロールを踏まえれば、「今しかない」ということだろう。
防衛の面でも問題は残る。イージス・アショアの導入計画が明らかになった直後から、専門家の間では新型の高速滑空弾には対応できないとの問題点が指摘されていた。中国では極超音速滑空兵器を搭載する次世代弾道ミサイルが開発され、北朝鮮も、高速滑空弾の試射を重ねている。政府は、イージス艦を増やすことも視野に陸上イージスの穴を埋めるようだが、もはやイージス・システムの時代ではないのかもしれない。
ミサイルを撃ち落とすことができないのであれば、ミサイルが飛んでこないようにするのが最良の選択である。それには、戦争の動機をなくすための米朝、米中の対立緩和が最も確実な方法となる。今回の政府の決定を契機に、迎撃ミサイル・システムのあり方にとどまらず、「力には力」で対応する抑止戦略の不十分さ、それを前提とした米国製兵器の爆買い路線の見直しの議論もなされてしかるべきだ。
ところで、安倍晋三首相は、「地元に説明してきた前提が違った以上、事業を進めるわけにはいかない」と述べている。同じ論理で言えば、軟弱地盤が見つかって、10年以上の歳月と従来の3倍に当たる約1兆円の費用がかかることが明らかとなった辺野古の埋め立ても、「これ以上進めるわけにはいかない」ことになるはずだ。
コロナを契機に、人々がこれまでのやり方のおかしさに気づき、声を上げている。この種の問題が積み重なって、やがて時代が大きく変わる。今われわれは、歴史がそのようにして動くことを目の当たりにしている。