食料安全保障推進は喫緊の課題 渡部 務

日本に農業は無用か

山形県・農民 置賜自給圏推進機構代表理事 渡部 務

異常気象と資材依存

 猛暑どころか酷暑をくぐり抜け、なんとか米収穫を終わることができた。山形県の作況指数は101の平年並みとのことだが、予想された品質低下は現実となって表れた。
 水不足に見舞われた他県ほどではないが、1等米比率が昨年を32%下回る63%となっている(当農協9月末)。その原因は梅雨期間の曇天続き、梅雨明けからの猛暑、そして登熟期の降雨と暑さ、そのため腹白米、芯白米被害が発生し、米粒の充実不足も重なった結果である。その結果、米価は昨年より1000円(60キロ当たり)上がったものの、2等米は600円、3等米は1600円の価格差となり、値上げ分が吹っ飛んだ。


 米以外の作物では霜被害により、サクランボ、リンゴ等の大幅減収、枝豆では猛暑による規格外の莢の多発、そして当町特産の西洋梨、ラ・フランスは10月上旬の収穫直前の落下と続いた。酪農では搾乳量の低下、畜産では日本三大和牛と言われる米沢牛の子牛価格も暴落しており、いずれも厳しい経営が強いられている。
 加えて肥料をはじめとする生産資材全般の値上がりは深刻である。「日本農業新聞」の記事によれば、肥料は2000年を100とした場合、今年は141とのことである。ウクライナへのロシア侵攻に加え、ここにきての中東紛争は1973年の畜産価格の大暴落をも予測させる事態である。
 資源のない国と教えられ、外国依存に突き進んできた今日までの国策がいかに脆弱であるかを思い知る。しかし、このことが国民にとって本当に深刻な事態であるとの認識をもっているのだろうか。鈴木宣弘教授が指摘する「今だけ、金だけ、自分だけ」が成り立たなくなっていることを。
 熱しやすく冷めやすいといわれる日本人には1993年の大冷害による米不足も忘れ去られているのだろうか。

急激な離農増と
コミュニティーの崩壊

 これらの課題に加えて、数年前からの米価の下落、高齢化、後継者不足、さらに獣害が加わり離農者が急増している。私が住む地域は平坦部で基盤整備も済んだ米の多収地域である。しかし4~5ヘクタールの中核農家として位置づけられている方々の離農が昨年から急増している。その要因は高齢化、不採算、それに農業機械更新時期を迎えての不安であると聞く。こうした事態を受け、今まで規模拡大を進めてきた農家も、もはやさらに水田を借り受ける余裕はなくなっている。
 さらに深刻なのは中山間地である。耕作放棄地は今に始まったことではないが、獣被害対策の電気柵に守られなければ栽培できない事態になっている。当町のある地区(旧村)では4戸に1戸が空き家になっており、そこにはコミュニティーなど成り立たない事態といえる。「農業に関わりを持たなければそこに居住する意義は無い」と故山下惣一氏(佐賀県)は確かに言われていたが、まさにその状況である。
 こうした事態が国策の危機として捉えられているのだろうか。今、1999年に施行された「食料・農業・農村基本法」の見直し議論が進められているが、はたしてこの現実を理解しているのだろうか。
 20年ほど前、この基本法の審議会を主導された木村尚三郎氏(当時東大教授)の講演を当町で聞く機会があった。その中で木村教授は「今回の答申に農村の文言を入れたことが肝心である」と言われた記憶がある。しかし現実は前述に記した通りである。
 前方からの経済合理主義、後方からの獣被害は確実に平坦地に迫っている。

「農は国の基」を
基本法の柱に

 新聞やTV等で農業問題を取り上げることが多くなったと感じている。かつて農協の講習会で、共同通信社の論説委員が社内で十数名いる論説委員の中で農業担当は1名だけであり、記事になることはきわめて少ないと話されていたことを思い出す。ここにきて少し風向きが変わったのか、一般紙でも農業、食料問題が掲載された記事を見ることが多くなった気がする。
 今さらながらではあるが「食料安保」が言われ始め、危機的な事態になれば「ハウスで芋を作れ」「ゴルフ場で穀物を作れ」と命令を出せるようにする施策でようやく自給率38%の現実を感じ始めたのか。
 しかし一部報道をみると、今度もまたぞろ規制改革論者が幅を利かせ、経済合理性のみで農業政策議論が行われているのではと感じる。前の基本法から20年、この実態とその原因をしっかり受け止めているのかと怒りを込めた感情をもたざるを得ない。こうした経済論者には私の米1粒も食べさせたくないし、57年のわが家の農業を支えてくれた都市生活者には、何があっても農産物を届けたいと思う。

今こそゆるやかな
集落営農を

 農村を守るには兼業農家も含め、多様な経営体が存在することは当たり前のことである。そこで暮らすわれわれは蓄えた種々の技術をもっており、それを活用した地域の支え合いで暮らしている。
 今日、厳しい農業の現状を克服するためには、このコミュニティーを基本とした農業機械共同利用を主にして、ゆるやかな集落営農が必要と考える。「ゆるやかな」とは法人化等の規則に縛られることなく、個々の営農体系を尊重しつつ、コスト削減、販売対策、新規就農、後継者育成を協同で行うことだ。
 それを支援する組織として、行政、農協、そして農業者も参画する「農業振興公社」をつくり、農家の苦手な経理や税申告を担っていく方策である。崩壊寸前を数年間先に延ばすだけの策のようにも思うが、この延命期間中に後継者を育てられるのではと考える。

農業、農村の自立を目指して

 私は57年の百姓人生のうち50年を地元で立ち上げた有機農業運動に参画してきた。今年はその50周年であり、11月25日(土)には記念誌の発行とシンポジウム「土を耕し人を耕す有機農業」を開催予定している。種々な苦難を仲間と乗り越えて今日を迎えることができたのは、有畜複合経営を基本とし、循環農法を実践し、土作りを基本とした病気に強い農法を確立したことと、それを買い支えてくれた都市生活者があってのことである。
 さらに周辺3市5町で地域づくりに関わっている方々と組織した「置賜自給圏推進機構」は私にとって大きな柱である。地域自立はとてつもない大きな目標であるが、地域資源の活用は最も大事な基盤である。人、農地、水、山林、景観等にすべての資源を自立のために活用すべきである。地元産大豆を使った納豆、豆腐、醬油も広がり、種々の加工品も増え、また学校給食での地元食材使用も増えている。
 特筆すべきは電力の自給である。民間企業が主体になって設立された発電量は、水力、バイオマス、バイオガス、ソーラー合わせて、地域消費電力の1・8倍になっていると聞く。さらに自給圏推進機構も関わった電力小売業も民間資本で始まり、行政施設や地元企業への販売が開始され、順調な歩みを始めていると聞く。
 現住民(私も)は「ここに何もない」とよく口にする。しかし都市にないものが活用次第ではたくさんあることを気づき始めている。これこそが自立の第一歩である。

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