持続可能な地方分散シナリオの実現をめざすべき
京都大学こころの未来研究センター教授 広井良典
はじめに――AIは政策に活用できるか
「AI(人工知能)」という言葉が、あらゆる場面や領域で現れるようになっている。現実的な場面では、AIによって人間の仕事ないし雇用の大半が取って代わられ大量の失業が生まれるといった話題がある半面、AIは多様な可能性やビジネスチャンスを生み出し、それを最大限活用していくことが、生活の利便性や、防災などさまざまな政策領域における的確な未来予測や意思決定につながるという見解もある。
いずれにしても、このようにAIに対する社会的関心が高まっている中で、私たちのグループ(私を含む京都大学の4人の研究者および2016年6月に京都大学に設けられた「日立京大ラボ」のメンバー)は昨年(17年)9月、AIを活用した日本社会の持続可能性と政策提言に関する研究成果を公表した(「AIの活用により、持続可能な日本の未来に向けた政策を提言」ウェブサイト参照)。
その内容は、現状のまま推移すると日本社会は持続可能性の面でさまざまな困難や危機に遭遇する可能性が大きいという問題意識のもとで、AIを活用して50年頃に向けた約2万通りの将来シミュレーションを行い、併せて採られるべき政策の選択肢を提起するという趣旨のものだった。
特に、これからの日本社会の持続可能性を考えるにあたり、東京一極集中に代表されるような「都市集中型」か、それぞれの地方が多様な形で自律し豊かさを発揮していく「地方分散型」かという分岐が、日本の未来にとって決定的な意味をもつというシミュレーション結果が出たことが、研究を行ったわれわれにとっても印象深い内容として現れたのである(この点は後でもう少し詳しく述べる)。
いずれにしても、〈AIを活用した社会構想や公共政策への活用〉という研究はほとんど日本初のものだったこともあり、政府の各省庁、関連機関、地方自治体、民間企業等、各方面から多くの問い合わせをいただき、こうしたテーマに対する関心の高さと手応えを感じた。
以下では今回の研究内容の概要を簡潔に紹介させていただくこととしたい。
研究の問題意識――日本社会は持続可能か?
日本では、少子高齢化や産業構造変化に伴って成長・拡大時代からポスト成長(非成長・非拡大)時代へのパラダイム・シフトが起こりつつあり、①人口、②財政や社会保障、③都市や地域、④環境や資源の持続可能性が危機に直面するとともに、⑤雇用の維持、⑥格差の解消、およびそこで生きる人間の⑦幸福、⑧健康の維持・増進が大きな社会課題となっている。これらの課題に対処するためには時機を捉えた戦略的な政策の立案と実行が求められるが、有識者が思い描ける未来シナリオの数には限りがあり、それらのシナリオの中で政策の内容や時期を考えざるを得ない面があった。
そこで今回、先述の日立京大ラボでは、文理融合共同研究の一環として、京都大学人文・社会科学系研究部門の社会構想と政策課題に関する知見を人工知能(AI)技術と融合させ、持続可能な日本の未来にはどのような政策が必要かを提言した。具体的には、政策提言プロセス(図)の一部にAI技術を活用し、まず上記①~⑧の観点から京都大学の有識者が挙げた「少子化」や「環境破壊」といった149個の社会指標についての因果関係モデルを構築し、その後、AIを用いたシミュレーションにより18年から52年までの35年間で約2万通りの未来シナリオ予測を行い、28個の代表的なシナリオのグループに分類した。
例えば52年に社会の、①人口や出生率が低く、②財政や社会保障はよいが、③都市に人口が集中しているシナリオ、などである。これらは大きくは都市集中型と地方分散型のシナリオで傾向が二分されたため、「都市集中型か、地方分散型か」、またその社会が「持続可能か、破局的か」の二つの観点で、シナリオのグループ同士がいつ、どのように分岐するかという時期と要因を解析した。これらの結果を元に、有識者が持続可能な未来に向けて重要な社会要因とその時期を特定し、今回政策として提言した。
政策提言――「都市集中型」か「地方分散型」かの選択が最大の分岐点
今回導出した未来シナリオと、それに基づく政策提言は以下の通りである。
①2050年に向けた未来シナリオとして主に都市集中型と地方分散型のグループがある。
a 都市集中シナリオ
主に都市の企業が主導する技術革新によって、人口の都市への一極集中が進行し、地方は衰退する。出生率の低下と格差の拡大がさらに進行し、個人の健康寿命や幸福感は低下する一方で、政府支出の都市への集中によって政府の財政は持ち直す。
b 地方分散シナリオ
地方への人口分散が起こり、出生率が持ち直して格差が縮小し、個人の健康寿命や幸福感も増大する。ただし、以下に述べるように、地方分散シナリオは、政府の財政あるいは環境(CO2排出量など)を悪化させる可能性を含むため、このシナリオを持続可能なものとするには、細心の注意が必要となる。
②8~10年後までに都市集中型か地方分散型かを選択して必要な政策を実行すべきである。
今から8~10年後に、都市集中シナリオと地方分散シナリオとの分岐が発生し、以降は両シナリオが再び交わることはない。
持続可能性の観点からより望ましいと考えられる地方分散シナリオへの分岐を実現するには、労働生産性から資源生産性への転換を促す環境課税、地域経済を促す再生可能エネルギーの活性化、まちづくりのための地域公共交通機関の充実、地域コミュニティを支える文化や倫理の伝承、住民・地域社会の資産形成を促す社会保障などの政策が有効である。
③持続可能な地方分散シナリオの実現には、約17~20年後まで継続的な政策実行が必要である。
地方分散シナリオは、都市集中シナリオに比べると相対的に持続可能性に優れているが、地域内の経済循環が十分に機能しないと財政あるいは環境が極度に悪化し、②で述べた分岐の後にやがて持続不能となる可能性がある。
これらの持続不能シナリオへの分岐は17~20年後までに発生する。持続可能シナリオへ誘導するには、地方税収、地域内エネルギー自給率、地方雇用などについて経済循環を高める政策を継続的に実行する必要がある。
今後、京都大学では、大学内外の研究機関や公共機関との連携を深め、今回の提言内容の実効性を地域やコミュニティにおける経済システムなどでの社会実験により検証する。また、国や地方自治体、民間からの意見を幅広く集め、AIを活用して多様な未来シナリオを描き出すことで、社会的な意思決定に役立てることをめざす。例えば、地方産業、再生可能エネルギー、まちづくり、地方交通、医療アクセス、若年層支援などの地方課題に対する施策の効果や副作用を示すことで、産官民一体の熟議に資する。AI技術としては近々パッケージ・ソフトウェア化を進め、特定の技術者によらず、一般に幅広く使えるように改良を進める。
今回活用したAIについて
人工知能が果たす機能として、「識別」「予測」「実行」という大きく3種類があるとされているが(総務省「ICTの進化が雇用と働き方に及ぼす影響に関する調査研究」報告書〈平成28年〉を参照)、今回活用したAIの主な技術は、数値予測や意図予測といった「予測」領域に属する機能である。具体的には政策提言の選択肢検討プロセス(図)の中の、シナリオ列挙、構造解析、要因解析などが予測領域に相当し、政策に関する人間の価値判断や戦略選択を支援する。開発した技術の特長は以下の通りである。
①多様な未来シナリオを描出する、シナリオ列挙技術
因果関係モデルに基づいて乱数を用いた確率的シミュレーションを実行し、未来に起こり得る多様な可能世界とそこに至る多数のシナリオを生成し、それらをクラスタリングすることにより自動的に代表的なシナリオに分類・抽出した。これにより、多様な未来シナリオを、抜け、偏りなく列挙することができる。
②シナリオ間の分岐の発生順序と時期を明らかにする、シナリオ分岐構造解析技術
代表的シナリオに関して、未来から時刻をさかのぼりながら乱数を加えてシミュレーションを繰り返し実行するバックキャスティング解析により、シナリオ間の分岐点、および分岐構造を特定した。これにより、多様なシナリオ間の分岐が、いつ、どのような順番で発生するかを知ることができる。
③シナリオ分岐の要因を明らかにする、感度解析技術
分岐点においてパラメータを微小に変化させて各シナリオの実現確率の変化を調べる感度解析により、分岐の要因であるパラメータ(社会要因)を特定した。分岐をコントロールするためにどの社会要因に注目すべきか知ることで、望ましいシナリオに誘導するための具体的な政策を提言することが可能になる。
いずれにしても、AIを活用した今回の研究を通じて、日本社会が持続可能なものになっていくためには、分散型の社会システムに転換していくこと、そしてローカルな自治体やコミュニティが自律度を高めていくことが決定的に重要であることが示されたことは、地方分権や地方自治という観点からも大きな意味をもつものと考えられる。