農業・農村の現場から今後の取り組みを考える
全日農書記長 鎌谷 一也
6月最終の土日で、やっとわが集落営農法人の田植えが終了する。今年は、カラ梅雨。梅雨入りしたと思ったら、ほとんど雨が降らない。冬は大雪、雪害で大変であったが、その雪のおかげで、何とか水がもっている。食用米の田植えから始まり、飼料米、飼料稲と約65ヘクタールの田植えの完了となる。
地域の担い手として取り組んだ集落営農法人の現状
私の住む鳥取県八頭町は、中国地方をはじめ、西日本に存在する典型的な中山間地域の水田農業地帯といってもよい。現場の状況を少し紹介し、農政課題を考えてみたい。
日本で人口の一番少ない58万人の鳥取県。県内で、八頭町船岡地域は、平野部でもなく、山間部だけでもない、平均的な中山間地域である。その地域で、市町村広域合併前の旧船岡町(現在は3町が合併し、八頭町)をエリアとし、農事組合法人「八頭船岡農場」(以下「農場」という)の設立をして8年が経過する。法人化の取り組みとしては約10年となる。
地域の水田農業の現状と法人の到達点
農場がエリアとする旧町での水田は、筆数3300筆、面積340ヘクタールである。1枚の水田の平均面積は10・3アール、10アール以下の水田が53%を占める。このうち、農場へ集積している水田は2130筆、251ヘクタール。面積では73・8%を占めている。また、農場に集積している水田の中で、中山間地域直接支払対象の水田は646筆、83・5ヘクタール。うち36%が10アール以下の小規模水田である。決して生産性が高い高規格の整備水田ではない。典型的な中山間地域等の農山村地域の中でも水田である。
なお、法人の構成員として、農家の結集も530人に上り、この地域の農協の組合員数は700人弱であることから、約75%の農家を組織していることになる。農場専従職員は、米部門5人、野菜部門6人、事務営業2人、20歳から40歳代の若手中心に計13人を抱える。設備投資は、過去8年で、鳥獣害対策の柵設置も含め、トラクター・コンバイン・田植機・ハウス・各種管理機など約1億3500万円に上る。
内部留保の基盤強化準備金は約5000万円積み立てている。それなりに健全経営で、構成員にも、法人結集のメリットを還元しながら、将来への準備もやってきたつもりであるが、他の地域や法人と同様に、今日的な問題も抱えている。
10年前、どういった危機感で取り組んだか
第1点は、10年前すでに、この地域の農業者の年齢構成は、60歳以上が9割、65歳以上8割といった実態であり、10年先には一体だれが農地を守るのか、という危機感であった。第2点は、いずれ企業(経営)等を中心に、優良農地だけが集積され、中山間地域の水田、条件の不利な水田等が残り、耕作放棄地化が進みかねない。虫食い状態となってからでは、大切なふるさと全体が守れない、という危機感。第3点は、今やらなければ、水田の相続すら困難となり、権利関係が整理できなくなる、等々の危機感であった。
設立に向け、また設立したのちも、域内34集落での集落座談会を毎年開催、その時々の政策も利用しながら、順次拡大し現在に至っている。法人内での土地利用の基本は、「元気なうちは、自分の農地は、自らが管理し守る」とした。また、法人の規模については、集落単位を基礎とした運営に心がけるものの、連合体か、もしくは旧町単位のエリアを前提とした広域営農生産法人を前提に、組織化の取り組みを進めた。
現実の危機の進行は・・・
この10年を振り返ると、およそ、想定していた環境の変化や事態に直面している。
懸念したとおり、高齢化の進展により、10年前の担い手は、亡くなったり、施設に入られた。そして、私は、生産調整があるにもかかわらず皆さんに毎年「コメを好きなだけ作ってください」と呼びかけてきた。しかし、米作りを諦めさせる政府の米政策によって、栽培をやめる農家も出てきた。兼業農家も含めた多様な担い手を前提とした戸別所得補償政策は廃止となり、2014年度には米価は暴落。人件費どころか、物件費すら出ないような値下がりであった。その後、なりふり構わぬ飼料米へのシフト対策によって、米価格は少し持ち直したものの、再生産費を保証するまでには至らず、12年前後の価格水準に戻っていない。
現在、稲の刈り取りや田植えなどの作業の一部を農場に委託するのではなく、すべての管理を農場に任せてしまう農地が66ヘクタールとなっている。
この66ヘクタールについては、若手の現場職員11人により、食用の米13ヘクタール、飼料稲13・5ヘクタール、飼料米20・6ヘクタール、飼料作物5ヘクタール、キャベツ・レタス・白ねぎ等野菜4・7ヘクタールなどに利用しているが、法人がなかった場合、一体どうなっていたであろう。
ますます厳しくなる現状・・・
農場が主体として、集落別の鳥獣害対策や耕作放棄地の解消の取り組みも行っているが、一方で、人間の活動エリアが狭まっていることもあり、鳥獣害の被害も少なくならない。
昨年、八頭町では約2000頭の鹿が捕獲されている。しかし今年も、次の日の田植えのため、夕方に苗箱を畔に置いておくと、鹿に食べられる始末である。熊の出没も日常的で、町役場に報告すらしない。サルは、地域限定であるが、家の中に入って、引き戸をあけて米袋から食べる、熊やサルが来ないように、実のなる木はすべて切った集落もある。まさに、人間が少なくなれば、人間の方が駆逐されかねないという危機感もある。
高齢化や人口減少により、耕作だけでなく、水利等の基盤も守れなくなる。水田の耕作をしているからこそ、水路維持もできているが、やめると途端に水路は荒れ、雑木が茂り、やがて山に返る。中山間地域の水利は、長い歴史の中で、知恵と汗で形成されている。稲作りがあるからこそ守られてきた技術がある。それがなくなれば、再生は困難となる。
水田の存続と、集落機能の維持とは、環境維持を含め、中山間地域では密接である。谷奥の集落ほど、高齢化により中山間地域等直接支払や多面的支払制度の活用も困難となっている。多面的機能(国土の保全、水源かん養、自然環境の保全、良好な景観の形成、文化の伝承等)維持では、農場が広域協定の事務局をもって守る体制を強めているものの、米政策や、鳥獣害対策、さらに所得補償やデカップリング(生産要素と切り離した所得補償政策)と連動した中山間地域農業農村対策、さらには地域政策としての移住・定住政策等がなければ、いっそう厳しい状況におかれる。
出そろったTPPをテコとした国内政策
7年前にTPPが唱えられた時、TPPによる農畜産物の自由化も問題だが、「いよいよ、資本・大企業が、農業・農村への進出、食料分野へ本格的に進出するつもりだな」「農家の皆さんはリタイアしてください。土地は手放して、私たちに提供ください。農業・食料関連の産業は企業がしますから、農協さんも、引退してください」ということだろうと捉えた。しかし、農地法、農業委員会法、農協法など、農民や国民の利益を守ってきた国内法を変えるのは容易でない。だから、TPPという外圧をテコに、規制「改革」(じゃまなものはぶっつぶす)ということだろう、と捉えた。したがって、地域全体の農業を守るためにも、集落営農法人は不可欠と考え、時間的猶予のあるうちにと、危機感をもって組織化を進めてきた。
TPPの本質について、次のように考えた。第1点は、多国籍企業による世界の支配、そして、ブロック経済圏形成と中国を仮想敵とした安保体制の強化である。第2点は、国内的には、規制に対する資本の緩和と、より強欲な収奪を行う体制の確立である。そのため、TPPによる農畜産物の関税自由化という問題もさることながら、その外部的な要因を利用し、国内ルールを変える大きな手段とみた。海外への進出を強めるために、また国内的には、TPPによる危機感や国際条約をテコに、これまで保護されてきた規制やルールを破壊する、資本の都合の良いように破壊しつくりかえる、そのための手段として登場してきたとの認識である。
関税、海外戦略以外の国内戦略を貫徹する財界・政府
だが、今やTPP協定締結を待たずに、輸入自由化という情勢や危機感の下、農業・農村分野への企業進出等のため、多くの制度の改正や規制緩和が行われてきている。農地法、農業委員会法、農協法もしかりである。さらに、国家戦略特区として、法律を改正することもなく自由にふるまえる特区をつくり、企業の農地取得、外国人労働力の導入などに取り組み、全国への波及を狙っている。
民主党政権下で、戸別所得補償制度をはじめ、担い手育成も含めて家族経営や環境対策をも重視する食料・農業・農村基本政策も一定確立された。しかし自民党政権となった途端、一挙に、新自由主義的な農業改革という名の下で、小規模経営・家族経営や農業・農村を守るべき制度政策はことごとく否定され、企業重視の農業政策・産業政策が重視されてきている。
止まらぬ農業・農協改革という名の下での解体攻撃~
昨年の秋、アメリカはTPPから離脱するかもしれないという局面で、衆参院の国会でのTPP強行採決の最中に打ち出したのが、農業競争力強化プログラム(自民党農林・食料戦略調査会、農林部会・畜産・酪農対策小委員会、農林水産業骨太方針策定PT、農業基本政策検討PTなどで推進された)である。このプログラムをもとに、今年春の国会では農業改革関連8法案として国会に提出され、成立している。
ここにきて、TPPで狙った国内対策はほぼ出そろった。あとは、企業や産業競争力のために、着実に実行するという段階に入ることになる。規制緩和という目的はほぼ達成され、残るは農地、農村の財産の収奪を行いながら、企業に(外国資本含めて)富を集中していく産業構造に変えていく、ということではなかろうか。
14年にスタートしている農地中間管理事業ついて、私は「国家による歴史的な大泥棒政策だ」と言っている。まず、小規模兼業農家等から土地を取り上げ、法人や専業農家に集積をさせるが、そのうち米価下落でそこも経営が成り立たなくなる、倒産、吸収、合併等が進み、企業の系列化や統合が進む。所得安定対策の残骸である7500円(10アール当たり)も最終的に廃止となり、さらに責任を放棄した政府によって18年から生産調整がなくなる。
一体どういった米価や米の作付けが展開されるのか。農場の実態をみても、特に中山間地域では、構成員である農家に米作りを維持してもらうことが、厳しくなってきている。米作専業農家・法人経営も、飼料米への転作シフトと助成金でなんとか維持できているが、激減緩和だけのナラシ対策では、一気に米価が値下がりする懸念もある。そして、従来の戸別所得補償制度以上に予算を食っている飼料米の交付金である。これが、いつの段階で削減方針に転換されるとも限らない。
農業改革関連8法の位置
条件整備は着々とできているのである。関連8法では、種子法によって農産物の種子開発等が広く農民への供給を前提として行われ公共的役割を果たしていたものが、法の廃止により外国資本を含めた民間企業に渡され、利潤の道具とされる。農業機械化促進法の廃止もそうである。農家の安全確保のための型式検査制度や高性能農業機械の開発導入制度を廃止し、民間の自由競争に任すものである。改正土地改良法は、地権者の同意がなくとも、農地中間管理機構が借りた土地については、国の事業費で基盤整備ができるようになった。また、改正農村地域工業等導入促進法では、企業等の対象業種が拡大され、そのことによって、農地転用許可の特例や固定資産税の減免が拡大される。改正畜産経営安定法や改正農業災害補償法は、指定生乳生産者団体制度の改正や、収入保険制度の創設などあり、一言でまとめられないにしても、より自由競争と一定の生産(者)団体・企業群確保のための選別を強めていく制度設計といってよい。もちろん、工業促進法の改正によって農村での雇用確保などを促進するといった主旨に反対するものではないが、すべての改正が競争力強化のための規制緩和・廃止であること、TPPをテコとしてその総仕上げであるとも受け取ることができる。
農協法の改正で農協攻撃はいっそう厳しくなるであろうし、農地を守るべき農業委員会の変質は、農業委員会法の改正によって、いよいよ今年から動き始める。制度は変質して、離農を促進し、企業のための集積を推進する、農業「放棄推進」委員会に変質しかねない。
狙われる農業・農村の資産
TPPの強行採決をみても、もはや自給率の問題、国民の食料安全保障を考える姿勢はない。また、農村の保守層に依拠する農林族もいないし、かつての自民党でもなくなっている。現行の農業・農村を犠牲にし、大企業の事業展開のための制度に変える。多国籍企業や、海外資本を積極的に国内に呼び込み、農業・食料関連の企業を活性化させる。その決意表明にすら映る、政権与党の姿である。
だからEUとのEPAも、当然TPP水準ということであろう。あがきとも思われる成長戦略の行く末は、農業・農村・農協の破壊と、資本(大企業、海外資本)による農村の富である農地、預貯金等の資金、文化的資産の収奪や略奪でしかない。
財界・多国籍企業・外資による農業・食・農村市場への進出は、守ってきたものを破壊し、奪うことになりかねない。また、中山間地域等条件不利地域は、放棄されかねない。先祖代々守ってきた歴史と伝統、そして土地と環境をどう守り、次世代へとつなげていくか、いよいよ正念場である。
【かまたに かずや 1953年、鳥取県八頭郡八頭町の農家生まれ。77年、京都大学卒業後、鳥取県信用農業協同組合連合会に就職。現在、農事組合法人・八頭船岡農場理事】