南西諸島「住民避難計画」とシリコンアイランド九州構想

「安全」と「発展」が真に調和する社会に

戦争止めよう!沖縄・西日本ネットワーク共同代表 海北由希子

 2022年12月16日の閣議決定以降、「安保3文書」に基づいた軍拡が九州・沖縄・西日本でものすごい勢いで進められている。
 日本の西端に位置し、東アジアの重要な地政学的ポイントと接している九州・沖縄は、日本の防衛の最前線として自衛隊の配置や演習の場として注目されてきた。福岡の築城基地の滑走路延長と米軍基地化、佐賀の新基地建設とオスプレイ配備計画、鹿児島や大分の弾薬庫新増設など、広域的に同時進行で軍拡が進められている。
 今年度中に1000㎞以上の長射程ミサイルを熊本と大分に先行配備する計画が3月に報道され、私が住む熊本でも一気に住民の緊張が高まった。

九州・沖縄における
軍拡の現状

 熊本県には陸上自衛隊「西部方面総監部」が置かれ、九州・沖縄全体の防衛指揮を担っていることはあまり知られていない。23年からはオーストラリア軍も加わり、日米豪での指揮所訓練が行われている。また、地上が攻撃を受けても戦い続けられるように司令部を地下化する計画が進んでいる。
 また、北熊本駐屯地には即応機動部隊の「第8師団」が配備され、戦争が勃発した際には一番に最前線に送られることになっている。熊本空港と滑走路を共有している高遊原分屯地は、有事の際の「ヘリ拠点」となっており、チヌークと呼ばれる大型輸送機CH―47やブラックホークUH―60が熊本市の上空を毎日何度も飛ぶ。木更津から沖縄へ向けてオスプレイが飛ぶ際には熊本空港(高遊原分屯地)に立ち寄るのが常態化している。
 他県ではオスプレイが飛来すると大々的にテレビや新聞で報道されるが、熊本県では公表されないことも多い。昨年12月はじめ、エンジンに不具合が見つかったオスプレイが部品交換をしたのち、予定より1週間遅れで那覇空港から木更津へ向けて帰還した際にも熊本空港へ立ち寄った。その件について木村敬県知事は、「給油したくらいでしょ?」と答えている。
 熊本県の民間空港である阿蘇熊本空港は、24年度1年間における米軍機の使用回数が88回で全国最多だった(国土交通省発表)。23年度の69回から大きく増加している。二番目、三番目に多かった鹿児島県の奄美空港、屋久島空港も、軍民両用化していることがわかる。しかも、自衛隊機ではなく、米軍の使用が増加しているということは極めて重要な点と言える。
 最近では台湾有事を想定した米軍との共同訓練が頻繁に行われ、自衛隊施設の新設や拡張計画も相次いで発表されている。また同時に沖縄県の先島諸島、鹿児島県の奄美群島では「住民避難計画」も策定されている。このような計画は、「国民保護」の名の下で行われているが、住民の緊張と不安を煽り、分断を加速させている。万一の際には攻撃対象となるリスクを、地域に住む住民自身に背負わせようとしているのだ。

シリコンアイランド構想

 一方、九州では政府主導の半導体戦略により、世界有数の半導体集積構想が進行中である。特に熊本県では、世界最大の半導体受託製造企業である台湾TSMCが24年12月から第1工場の本格稼働を開始し、現在は第2工場の建設が進んでいる。ソニーや東京エレクトロンなど、半導体関連企業約60社が集積する予定だ。日本政府はこの産業に約1兆2千億円の公的資金を投じており、国内の半導体生産能力を高め、経済安全保障の柱とする方針だという。
 ただ、「九州シリコンアイランド構想」が現実化している半面、問題も大きい。TSMC熊本工場のある菊陽町の人口が急増し、地価の上昇に伴って家賃や物価も跳ね上がっている。インフラ整備も追いついておらず、道路の大渋滞と排気ガスによる空気汚染も懸念される。また、大量な地下水の汲み上げと排水も問題視されている。
 県によると、地下水の水位が将来的に1m以上低下すると予測されている。熊本市は日本で唯一、水道水の100%地下水でまかなってきた「地下水都市」であり、豊富な地下水を利用した農業も盛んだったが、現在は離農する農家も後を絶たない。

軍事と産業の交錯する矛盾

 このように軍拡と産業集積が同時進行する九州に暮らしていると、明らかな矛盾を感じる。第一に、半導体の集積地に軍事の要衝である「西部方面総監部」や基地が集中しているということだ。もし政府が言う「台湾有事」が現実化した場合、TSMCのある半導体集積地は攻撃対象になり、機能停止に陥る可能性が高い。また、そのような重要施設が米国との軍事連携が強い地域に存在することで、サイバー攻撃や破壊活動の標的となるリスクがさらに高まると考えるのが普通ではないか。
 第二に、九州の軍事化が進むことによって、地域住民の生活の質の低下が懸念される。基地建設や軍事演習が行われている地域では、土地の利用制限や環境破壊が既に問題視されている。
 特に地下水は全ての生命に不可欠な天然資源であり、汚染されることなど絶対にあってはならないが、熊本県内各地の井戸水が使用禁止される事態となっており、住民の健康への影響が懸念される。
 このように、有事の際に戦場となることが前提とされる沖縄や奄美から住民を受け入れる「住民避難計画」と、台湾や日本全国から先端技術と人材を誘致している九州が、同じ国の中で真逆の政策を同時に進めている現状には大きな違和感をもつ。住民の不安を煽りながら「九州は安全」と言い切る政府の姿勢は無責任であり、到底理解できるものではない。
 かつて炭鉱と重工業で日本の近代化を支えた九州は、今再び半導体産業において経済復興に挑んでいる。一方で、軍事の前線基地としての役割を強めていることは、憲法九条を持ち、「平和国家」を標榜する日本にとって大きな矛盾でもある。このような二重性の中で、私たちは「安全」と「発展」が真に調和する社会の在り方を真剣に考え直す時に来ていると思う。
 そのためには、国や自治体が地域住民との対話を重ね、透明性の高い情報公開と環境対策を並行して行うことが不可欠である。経済成長と安全保障が両立しなければ、どちらも持続可能とはならない。国家戦略は、国民の安全と暮らしを守ることに根ざすべきであり、経済的利益の追求と軍事的対応に偏ることは絶対に避けなければならない。
 国内食料自給率が30%程度の日本において、本当の「国力」とは何かが問われている。

おわりに

 23年2月8日、「平和を求め軍拡を許さない女たちの会」が東京、大阪、熊本で立ち上がった。きっかけは、東京で始めた軍拡大増税に反対する署名が2週間で7万筆を超えたことだった。熊本でも既に始まっていた軍事化を前に、立ち上げざるを得ない状況だった。
 それから2年後の25年2月22日、西日本各地でそれぞれ活動してきた市民団体や個人が連帯し、「戦争止めよう!沖縄・西日本ネットワーク」が鹿児島集会にて正式発足した。
 今年の6月6日は衆議院議員会館で対政府交渉、7日は日本教育会館で交流集会を行う。
 ぜひ、たくさんの方々に沖縄・九州・西日本の現状を知っていただき、共に軍拡を止める連帯を広げたい!