日中不再戦 ■ 訪中報告

友好交流を進める九州自治体議員の会第2次訪中団

牧瀬あきこ(鳥栖市議)春口あかね(筑紫野市議)

帰国機中感想対話

左・春口あかねさん、右・牧瀬あきこさん

 日中不再戦・友好交流を進める九州自治体議員の会(準)は、原竹岩海・福岡県議を団長に10人の団で4月21日~26日、中国を訪問した。北京、ハルビン、瀋陽の各都市を訪問して各方面の方々と意見交換、交流し、また、日本軍の中国東北部(旧満州)での侵略の実相を見聞し歴史に学んだ。日中不再戦・友好交流の旅だった。

 ――夜。侵華日軍第七三一部隊罪証陳列館を訪れたその日。視察を終え、ホテルに戻った私は、気持ちの整理がつかずにいた。あまりに重い展示内容に、心がざわついていた。そんなとき、春口議員が「少しお散歩しませんか?」と部屋を訪ねてきてくれた。春口議員とハルビンのショッピングモールや飲み屋さんの街を散策しながら、夜の風に当たるうちに気持ちが少し落ち着き、ふと入ったのが、あのお茶屋さんだった。帰国の飛行機の中で二人で語り合った。(牧瀬あきこ)
牧瀬あきこ 春口さん、あの時、声かけてくださって本当にありがとうございます。あの日は七三一部隊の展示を見た後に……
春口あかね 私も同じでした。見終わった後、何か話す気力も出なくて……。でも、少し歩けば落ち着くかもしれないと思って声をかけたんです。まさか、あんな出会いが待っているとは思いませんでしたけどね。
牧瀬 お茶屋に入って、店主が春口さんと同い年であったことから会話になった。最初は日本に来たことがあるとか、世間話から始まって、店主からも何をしにハルビンに来たのか?と尋ねられた。「七三一部隊のことを知りたくて来ました」と言った途端、彼のまなざしが真剣になって。
春口 彼の「先輩たちがされたことを、忘れることも、許すこともできない」って言葉、重かったですよね。でも、そこには感情的な怒りじゃなくて、それを忘れないことが、未来をつくるために必要だという強い思いを感じました。
牧瀬 私たちが七三一部隊の展示を見てきたことや、この日本軍の加害の歴史を学んでこなかった自分をとても反省したと話すと、彼はうなずいて、「歴史を学んでください。そして私たちの世代で友好を築いていきましょう」と言ってくれましたね。あの言葉は、ずっと忘れられません。
春口 本当に七三一部隊の展示は、ただの歴史資料じゃなかった。生々しい記録でしたよね。「マルタ」とカタカナで人間を人間とみなさない。実験材料にされ、ことごとく一人残らず無残に殺された方々。
牧瀬 妊娠中の女性の身体を割かれ、胎児ごと細菌実験に使われたという証言。子どもの身体に菌を植え付けて、どれくらいで死亡するかを測定した記録。あまりに残酷で、涙が止まりませんでした。
春口 そしてそれらの実験で開発された「細菌爆弾」。ペストやコレラ菌を培養して、中国各地に投下し、感染症で街を壊滅させていった。その兵器の実物模型も展示されていて、あれが〝医学〟という名のもとに行われたことだったなんて…。
牧瀬 本当に…あれが医者の仕事なのかと、見ていて体が震えました。「人を救うための知識」が「人を効率的に殺すための技術」に転用されていたという事実。箝口令が徹底的に行われて、これに関わった人たちは、周りの人たちに話すことができなかった。そのため、戦後すぐには七三一部隊とはどういうものだったのかということすらわかっていなかった。
 この情報をアメリカに渡すことになったということも大変衝撃でした。森村誠一の『悪魔の飽食』を読んで勉強し直したいと思います。九・一八では日本軍の侵略がどのように始まったかを時系列で突きつけられていましたよね。どれも今につながる「過去の話」じゃないと感じました。
春口 同時に、今の中国の街の姿には驚きましたよね。高層ビルが並び、交通の整備も進んでいて、都市部はすごく洗練されていました。
牧瀬 電気自動車だけでなく、電動バイクが無音で走っていて、文化的にもとても活気がありましたよね。
春口 そういった「進んだ今の中国」と「加害の歴史」の両方を、自分の目で見て感じられたことが、本当に意味のある体験だったと思います。
牧瀬 今回の訪問は、全九州から集まった地方議員の有志で組まれた「訪中団」でしたよね。政治信条も年齢もバラバラなメンバーでしたが、共通していたのは「加害の歴史を直視すること」「未来の平和をどう築くか」という姿勢だったと思います。
春口 昨年お会いした方との再会で、現地での交流も歴史認識にとどまらず、今の中国の人々が何を考えどう生きているのかを知る機会になったのがよかったですね。ネットや報道ではわからないことが、たくさんありますから。
牧瀬 私たちが日本人として、過去に向き合いながらも、「これからどうするか」を考えるためには、やっぱり現場に行くことが大切だと実感しました。
春口 はい。「知る」「感じる」「伝える」。その一歩を踏み出すことが、私たちの責任だと思います。
牧瀬 だからこそ、私はこれから若い人たちと一緒に中国を訪れ、この経験を共有していきたいと思っています。共に歴史に向き合い、言葉を交わし、未来の平和をつくる仲間として、この対話を広げていきたいです。