トランプ政権再登場で世界はどうなる

ウクライナ和平の展望

静岡県立大学グローバル地域センター客員教授 東郷 和彦(元外務省)

 ウクライナ和平を選挙公約としてアメリカ大統領に選ばれたトランプが、間もなく正式に大統領職に就任する。ウクライナ和平は近く成立するだろうか。
 本当にそれに至るかは、まだわからない。けれども、アメリカ大統領の選挙公約の意味は軽くない。ウクライナ和平のために今、稀有の「機会の窓」が開かれたと考える。自分はなんとしてもここで強固な基礎に立つ和平を成立させてほしいと願っている。

第一章 トランプの公約の意味

 2022年2月24日にプーチン大統領の指揮下でロシア軍がウクライナに攻め込んで以来のこの戦争に対する見方は、バイデン民主党大統領と英国他NATOの中心国、G7等の「西側」によってつくられてきた。それは、プーチンの侵略は国際法違反であり、挑発されないのに行った一方的侵略行動であり、その後の戦争でも数々の非人道的行動を行い、このような行動は許すことができないというものだった。
 プーチンがなぜこのような行動に出たかについては、実にさまざまな説があったが、少なくともウクライナに対するロシアの拡張主義であり、したがって二度とこのような拡張主義が実施できないところまでロシアを弱化させることは必須の戦争目的であった。
 しかし、プーチン側から見れば、このようなバイデン以下の西側の見方は、絶対に受け入れられないものだった。プーチンには、ウクライナに攻め込んだ正当でやむを得ない理由があり、その戦争目的が達成されるまで、この戦争を絶対にやめることはない。
 そうなると、行く先は、次の三つのうちの一つになる。
 第1は、西側の目的が達成され、ロシアがウクライナ戦争開始時点に比べ、今後西側にいかなる意味でも脅威を与えない国に弱体化されること。それは今のプーチン指導部にとってみれば、ロシア国家のアイデンティティーおよび国力(核軍事力を含む)の崩壊を意味し、受け入れられない。
 第2は、逆に、ウクライナが壊滅的に弱化し、ロシアがその戦争目的を達成したところで戦争が終わること。しかしこれは、バイデン政権主導の戦争において受け入れられるはずはない。
 第3は、このような戦いの終わりが到来しなければ、戦争は、半永久的な消耗戦として続くことになる。特にプーチンの視点からすれば、ウクライナは米英NATOの代理戦争を戦っている以上、ロシアとしては勝つまで戦うということになり、戦争のエスカレーションがどこまで行くか予想がつかない長期的で危険な戦いが継続されることになる。
 トランプが「自分の当選が確定したら、即座に停戦を実現する」と言い出した時の意味合いは、このような片方の勝利か半永久的戦争の継続とは全く意味合いが違う和平を主唱しているように見えた。トランプやバンス副大統領候補の発言のニュアンスは、明らかに、戦う両者の仲介者となり、両者ともに、最低限の戦争目的を達成するフォーマットを見つけることにあるように見えた。このような仲介者による早期和平こそ、私が、戦争開始後待ち望んでいたものであった。

第二章 プーチンと
ゼレンスキーにとっての必須の和平条件

 自国にとっての和平条件を、まずにおわせたのはプーチンである。
 24年11月7日のバルダイ会議でプーチンは冒頭の発言の中でNATOのウクライナへの拡大について厳しく批判したが、議論の過程の中で、司会者のフョードル・ルキヤノフから、「ウクライナの中立性が確保されれば、国境について議論が行われると理解してよいか」という質問を受けた。プーチンは「ウクライナの中立性が達成できなければ停戦は実現できない」と再度明確に言いきるが、国境については明示的には発言しなかった。(注 バルダイ会議‥毎年秋にロシアで開催される国際情勢に関する大会議で、プーチンは最後の日に出席し、総括的意見を発表するとともに、参加者からの自由質問を受ける)
 BBCの長年のモスクワ特派員のレオニード・ロゴージンがこの点に着目し、「インテリニュース」というホームページに、安全保障については絶対に譲歩しないが、国境線すなわち領土については譲歩の余地を示した、という興味深い分析を特記している。
 ゼレンスキーの方は、これよりだいぶ遅れるが、11月29日、イギリスのスカイニュースで、「現在キエフが統治している地域がNATOの傘下におかれることと引き換えに、22年の住民投票によってロシアに併合された地域は直ちに取り返さなくてよい、ただし西側は、ウクライナがその領有権を主張することを認めるべし」という意見を述べた。
 ここで注目すべきは、ロシアもウクライナも、自国の安全保障が第一、領土の方は何らかの妥協ができるというシグナルを出し合っていることである。トランプにとって、ウクライナが自国の安全保障を守ることが必須の条件と思っていることと同じように、ロシアもまた、自国の安全保障が守られることが必須と考えていることを理解し、その双方を実現するために公平な努力を払うことができるかが今後の成功の鍵となる。そのような視点を基礎に、トランプは、真っ向から対立している安全保障に関するロシアとウクライナの要求をほぐしていけるだろうか。

第三章 抵抗勢力の活動

 安全保障について両者接近の鍵を見いだすためにトランプが克服しなくてはいけない重大な障害がある。それは、ゼレンスキーおよびその応援団のアメリカ国内のバイデン机下の民主党、および欧州のNATO諸国の一部(特に英仏)と、プーチンとの間にある決定的な対立と不信の構造である。
 バイデン・英・仏は、3年に近い戦争によって、プーチンはヒトラーと同じ根っからの虐殺者であり侵略者であり、彼とは絶対に妥協してはならない、少しでもウクライナが不利になる調停は潰さねばならないという信念にとりつかれているように観取される。
 昨年の11月13日に偶々私が直接経験した欧州主要国高官との対話でも、3年間の戦争によって極端に悪化したルソフォビア(対ロシア恐怖症)による強い恐怖感を感じた。曰く「プーチンはヒトラーと同じ。プーチンへの譲歩は、第2次世界大戦で英国のチェンバレン首相がヒトラーのチェコへの介入を認めた失敗と屈辱の再現である。プーチンと合意すればまた攻めてくる。合意への努力はつぶさねばならない」。
 プーチンに対する恐怖が、プーチンを敵に仕上げてしまい、3年近くのそれへの凝り固まりはもはや解凍できない。ギリシアのペロポネソス戦争で、スパルタのアテネに対する恐怖が全ての判断を狂わせたこととよく似ていると感じた。
 しかも、昨年11月以降の具体的行動においても、バイデン・英・仏に主導される西側の戦争指導による極めて危険な戦争のエスカレーションが起きている。バイデン主導で11月17日に、プーチンが9月12日に強い警告を出していた長距離ミサイルによるロシアの国内への攻撃を解禁したことが発端となっている。それ以来、米(エイタクムス)・英(ストームシャドウ)・仏(スカルプ)がロシア国内に長距離ミサイルを発射するか、そう意図が表明されてきた。
 かかる攻撃は、プーチンによる対抗措置を呼び起こしている。プーチンは、11月19日に核兵器使用のハードルを下げ、さらに11月21日、非核弾頭を搭載した中距離弾道ミサイル「オレシュニック」を戦闘テスト目的と言いつつウクライナ向けに発射し始めた。
 当然のことながらトランプおよびその政策集団は、「プーチンはヒトラーと同じである」という思い込みから解放されていなければいけない。私の承知する限り、そのような見方をしている人はいない。11月以降のバイデン主導によるロシア国内への長距離ミサイル攻撃についても、トランプは公に「このような攻撃はやめるべきだ」と言い切っている。
 私自身も、現役時代から見てきたプーチンは合理的に物事を考えられる人間であり、間違えた判断をすることはあっても、ヒトラーと同じ虐殺者、侵略者と思ったことはない。ロシアは、国の中心部がウラル山脈以西の欧州部分にあり、欧州との関係で自国の安全保障を確保することが必須である。そのために鍵を握るウクライナが、自らの中立とロシア系ウクライナ人の保護を実施していたら、ロシアがこの戦争を起こすことはなかったと、私は確信している。

第四章 現時点での
和平交渉の見通し

 結論として、1月20日正式にトランプが大統領に就任した後、ウクライナ和平交渉はどのように展開されるだろうか。私の見るところ、その主要条件は、
 ①ウクライナの安全保障については、22年3月のイスタンブール合意に従い、「NATO非加盟+P5等ロシアを含む国際合意」を基礎とする。
 ②領土については、イスタンブール合意(クリミアについては現状維持だが15年の交渉継続を認める等)を基礎とするが、6月14日にプーチンがロシア外務省演説で述べたように、その時以降の事態の変化(22年9月の4州併合)は考慮される。
 ③ロシアの安全保障に直接影響する案、例えば、欧州軍により構成される10万の「平和維持軍」のウクライナ内への駐留案などが報じられているが、到底ロシアを納得させられるとは思えない。ロシア対外諜報庁(SVR)は逆手をとり、この駐留軍はウクライナに時間稼ぎをさせ戦闘能力を回復させるのみならず、分割占領(黒海沿岸はルーマニア、西部はポーランド、中央東方部はドイツ、キエフを含む北部はイギリス)の結果としてウクライナの解体につながりかねないと警告している。
 ④ロシアの安全保障を担保し、平和の「不可逆性」を求めるロシア側を満足させる案は、私の承知する限り、まだ登場していない。ここに現下の最大の問題点がある。

第五章 日本外交の役割

 戦後日本外交の原点は、人の命を大事にし、平和外交を推進することにあった。この戦争の評価が分かれるにしても、この戦争は一刻も早くやめねばならない。
 外交ではタイミングが決定的に重要であり、トランプ大統領によって開かれた「ウクライナ和平」という「機会の窓」を、何としても今実現することが決定的に重要だと思う。
 日本は、トランプ次期大統領を支持し、停戦に全面的に協力すべきと考える。トランプの仲裁和平が実現するために貢献することは、まさに国民的支持のある平和主義に大きな果実をもたらし、日米関係を強化し、日ロ関係に大きく貢献する。トランプから、ウクライナから、そして間違いなくロシアからの高い評価につながり、このことは、日本外交の幅を広げることになる。
 さらに、石破総理には、日本だから提起できる、貴重な視点があると思う。日本が太平洋戦争を、痛恨の後れをとったにせよ終えることができたのは、米国が、降伏の条件として日本は必ず国体護持(皇室の安泰)を提起することを知悉していたことによる。
 トランプ大統領に対し、このような日米関係の歴史に照らしても、敵国プーチンの論理をも斟酌することが公約実現のためには必須であることを、日本の総理であればこそ、明確に指摘できるのではないだろうか。
 石破総理が、ぜひともウクライナ停戦の実現に実質的な寄与をされることを、心から望むものである。

(25年1月6日脱稿)