「コメ不足」「バター不足」を猛暑のせいにするな

農家を苦しめる政策が根本原因

問題の大本には米国からの度重なる圧力

東京大学大学院特任教授 鈴木 宣弘

 過剰、過剰と言われたコメが、突如足りないと言われ始め、急速にコメ不足が顕在化した。これからは新米が市場に出回るので、当面、需給逼迫感は緩和されると見込まれるが、長期的には、政策の失敗の是正をしないと、コメ不足が頻繁に起こりかねない。
 いろいろな要因で今回のコメ不足は顕在化したが、根底には、稲作農家の平均所得が1万円(時給にすると10円)というような事態に追い込んでいる「今だけ、金だけ、自分だけ」の「3だけ主義」の取引とコスト高に対応できない政策の欠陥がある。
 昨年の猛暑による減産・品質低下と訪日客の急増による需給逼迫と言われるが、猛暑などの異常気象は頻度が高まっているし、インバウンドも、コロナ前に戻った部分が大きいのだから、想定外とは言い難い。猛暑が通常化してきているので、猛暑による減産の可能性を常に織り込んで、コメ需給の調整をしていく必要がある。
 根本原因は別にある。過剰在庫を理由に、①生産者には生産調整強化を要請し、②水田を畑にしたら1回限りの「手切れ金」を支給するとして田んぼつぶしを始め、③農家の赤字補塡はせず、④小売・流通業界も安く買いたたくから、農家が苦しみ、米生産が減ってきているのが根底にある。
 さらに、⑤増産を奨励し、コメの政府備蓄を増やしていれば、その放出で調整できるのに、それをしないから、対応できないのだ。しかも、100万トン程度の政府備蓄はあるのだから、それを放出する用意があるというだけで状況は変わるのに、それを否定している。自分たちのメンツしか頭にないようでは農家も国民ももたない。
 中国は今、米国との関係悪化による紛争に備えて備蓄を増やすとして、中国の人口14億人が1年半食べられるだけの穀物を買い占めているという。だから値段が下がらない。一方、日本の穀物備蓄能力は1・5~2カ月だ。この点でもまったく相手にならない。
 日本は国内のコメの生産力が十分あるんだからもっと増産して備蓄すればいいはずだ。そうすれば今回のようにみんなが困ったときに食料を国内でちゃんと確保することができる。コメは今700万トンくらいしか作っていないが、日本の水田を全部利用すれば1400万トン以上できる。そうすれば1年半とは言わなくても日本人がしっかりと1年くらいは食べられるだけの備蓄はコメを中心にできる。
 そんな金がどこにあると財務省が言えばおしまいになるが、これこそよく考えてほしい。米国の在庫処分といわれるトマホークを買うのに43兆円も使うお金があると言うなら、まず命を守る食料をしっかりと国内で確保するために、仮に何兆円使ってでもそのほうが安全保障の一丁目一番地だ。こういう議論をきちんとやらなくてはいけないのに、それが全然出てこない。

国内酪農を疲弊させ、
輸入で賄う愚

 酪農も同じだ。過剰、過剰と言われたが、バターが足りないと言い始めた。昨年の猛暑による減産のせいだと言うが、根本原因は別にある。過剰在庫を理由に、①酪農家には減産を要請し、②乳牛を処分したら一時金を支給するとして乳牛減らしを始め、③酪農家の赤字補塡はせず、逆に、脱脂粉乳在庫減らしのためとして酪農家に重い負担金を拠出させ、④小売・加工業界も乳価引き上げを渋ったため、廃業も増え、生乳生産が減ってきているのが根底にある。
 さらに、⑤増産を奨励し、政府がバター・脱脂粉乳の政府在庫を増やしていれば、その買い入れと放出で調整できるのに、それをしないから、対応できないのだ。その結果、酪農家を苦しめた失政のツケを、さらに輸入を増やすことで、いっそう酪農家を苦しめる形で対応するというのだから、あきれる。輸入を国産に置き換えて自給率を高めるべきときに、国産を減らさせて輸入で賄うという「逆行政策」が進んでいる。

農家がどれだけ苦しんでいるか

 稲作農家がどれだけ苦しんでいるか。実際に、農水省公表の経営収支統計を確認すると、農家の疲弊の厳しさに驚く。2020年、稲作農家が1年働いて手元に残る所得は1戸平均17・9万円、自分の労働への対価は時給にすると181円。21年、22年は両年とも、所得は1万円、時給で10円というところまで来ている。
 ある稲作農家は話してくれた。「家族農業の米作りは自作のコメを食べたい、先祖からの農地は何としても守るという心意気だけが支えているように感じています」と。
 今、販売されているコメは値上がりしているが、農家は去年安く売ったコメなので、農家に値上がりのメリットは還元されていない。流通段階が利益を得ている。
 確かに、新米の価格も上がっているが、それでも、生産者米価は60‌kgが1・6万円前後、コストも60‌kg当たり1・6万円強。やっとトントンか、まだ赤字である。もっと支援して増産してもらい、政府備蓄も増やさないと、農家はもたないし、国民ももたない。

今後も放置すると「基本法」で定めて、果ては「有事立法」

 さらに、25年ぶりの農業の憲法たる「基本法」の改定で、誤った政策を改善する方向はなかった。それどころか非効率な農家まで支援して食料自給率を上げる必要はなく政策は十分であり、つぶれる者はつぶれればよい、農業・農村の疲弊はやむを得ない、一部の企業が輸出やスマート農業で儲かればそれでよい、という方向性を打ち出した。
 しかも、この深刻な総崩れの事態を放置して、支援策は出さずに、有事には、罰則で脅して強制増産させる「有事立法」(食料供給困難事態対策法)を準備して凌ぐのだという。そんなことができるわけもないし、していいわけもない。
 フードテックの推進も、今頑張っている農業を地球温暖化の主犯として、農家の退場を促すかのようにして、一部の企業の次の儲けにつながる、昆虫食、培養肉、人工肉、無人農場などを推進するとしている。
 今、農村現場で頑張っている人々は支援せず、支えず、農家を退場させて、一部の企業の利益につながるような政策を推進するというのは、フードテック推進も、改定基本法にも共通する流れだ。
 このようなことを続けたら、農業・農村は破壊され、国民に対する質と量の両面の食料安全保障も損なわれる。これほどに日本の地域と国民の命をおろそかにしてまで一部企業の利益を重んじることが追求される。どうして、ここまで「今だけ、金だけ、自分だけ」の政治になってしまったのだろうか。
 農水予算を削減して、農業・農村の破壊を放置し、一部の企業利益のみが追求される。「財務省経済産業局農業課」になってしまったとの声(三橋貴明氏)がある。以前の農水省はもっと食料・農業・農村のために闘った。今や、その主張は財務、経産とほぼ同じだ。奮起せねば、国民の農も食も命も守れない。

ついに牛乳も消え始めた?

 「コメ不足」が大問題になっているが、ついに、「飲む牛乳も消え始めたのか?」と心配される写真を福岡の知人からいただいた。


 酪農経営も深刻な事態である。酪農経営では、平均で所得はマイナス、特に、酪農業界を牽引して規模拡大してきた最大規模階層(平均330頭)では、赤字が平均で2000万円を超えている。
 今こそ国内の生乳生産を増やし、危機に備えて国民の命を守る体制強化が急務のはずだ。だが、酪農家は、飼料価格も肥料価格も2倍近く、燃料5割高が続いて赤字は膨らんでいる。さらに、国が「余っているから、牛乳を搾るな。牛を殺せ」と言うのでは、まさに「セルフ兵糧攻め」だ。生産を立て直して自給率を上げなければならないときに、自らそれをそぎ落とすような政策をやってきた。
 日本が国内在庫を国内外の援助に使わないのはなぜか?
 かつて国士といわれた農水大臣が周囲の反対を押し切って脱脂粉乳の在庫を途上国の援助に出した。それが、市場を奪ったとしてアメリカの逆鱗に触れたとの説がある。彼はもうこの世にいない。
 政治行政の側には農家や国民の心配よりも自分の地位や保身の心配ばかりしている状況がありはしないか。
 日本だけは、酪農では「脱脂粉乳在庫が過剰だから、ホルスタイン1頭処分すれば15万円払うから、4万頭殺せ」などという政策を打ち出した。そんなことをやれば、そのうち需給が逼迫して足りなくなるのは当然で、そのときになって慌てても牛の種付けをして牛乳が搾れるようになるまで少なくとも3年はかかる。そして、すでにバターが足りないと言い始めた。
 そもそも、2014年のバター不足で国は増産を促し、農家は借金して増産に応じたのに、今度は「余ったから搾るな」と2階に上げてハシゴを外すようなことをやる。不足と過剰への場当たり的な対応を要請され、酪農家が翻弄され、疲弊してきた歴史をもう繰り返してはならない。酪農家は限界に来ている。
 牛は水道の蛇口でない。時間のズレが生じて、生産調整は必ずチグハグになる。生産調整、減産をやめて、販売調整、出口対策こそ不可欠だ。増産してもらって、国の責任で、備蓄も増やし、フードバンクや子ども食堂にも届け、海外支援にも活用すれば、消費者も生産者も、皆が助かり、食料危機にも備えられるのに、それを放棄した。
 不足が明らかになってきても、「減産要請したのに簡単に方向性を変えたら、沽券に関わる」かのように、減産要請を続け、バターの輸入を増やして対応した。そして、ついに、飲む牛乳さえも不足し始めたのかと心配される状況だ。

「オレンジ・牛肉ショック」の深層

 「オレンジ・牛肉ショック」が起きている。ブラジルや米国の天候不順などによるオレンジの不作でオレンジジュースが店頭から消えた。価格が高騰し、米国産の供給減と円安、中国などとの「買い負け」で、国産と輸入牛肉の価格が逆転し、焼き肉店の倒産が多発している。
 これらの背景にある根本原因は何か。①米国からの貿易自由化要求に応え続けてきた政策の結果と②「輸入に頼り過ぎている」消費者の選択の結果だということを認識すべきである。

米国依存構造

 オーストラリア産のオレンジは、ここ数年で大きく輸入量を増やしたが、オレンジの輸入先は長らくアメリカの独占状態だった。オレンジ果汁はブラジルに大きく依存している。
 地球温暖化により世界中で異常気象が「通常気象化」し、干ばつや洪水が至る所で起きやすくなっている。オレンジに限らず、不作の頻度の高まりが予想される。
 日本の輸入牛肉は、米国産への依存度が高い。年間輸入量50万~60万トンの4割を占め、その代表格は牛丼店や焼き肉店で主力の冷凍バラ肉だ。こうした米国を中心とした「輸入に頼り過ぎる」構造はなぜ生じたのか。

日米牛肉・オレンジ交渉

 輸入依存構造の大元は、米国からの度重なる圧力だ。米国からの余剰農産物受け入れのための貿易自由化は戦後の占領政策で始まった。日本の自動車などの対米輸出増による貿易赤字に反発する米国からの一層の農産物輸入自由化要求の象徴的な交渉が1977年、83、88年の第1~3次「日米牛肉・オレンジ交渉」だった。
 系譜は上段の表の通りである(外務省HPから)。
 米国を主軸とした農産物貿易自由化交渉の進展と日本の食料自給率の低下には明瞭な関係があることは右の表からも読み取れる。その総仕上げは、2015年のTPP合意だ。牛肉は最終的に9%の関税まで引き下げ、オレンジの生果とジュースの関税は段階的に撤廃することが合意された。

・1977年,第1次交渉
 →78年,数量合意(83年度には以下を達成すべく拡大。牛肉:83年度3万トン,オレンジ:8万トン,オレンジジュース:6,500トン)
・1983年,第2次牛肉・オレンジ交渉(数量拡大要求)
 →84年,牛肉につき88年度までに年間6,900トンずつ増加させることで合意。
・1988年,第3次牛肉・オレンジ交渉(輸入割当撤廃,関税化を行い,税率を段階的に引き下げ),最終合意。
 →牛肉:91年度70%,92年度60%,93年度50%(急増の場合:+25%),オレンジについては3年,オレンジジュースについては4年で自由化(輸入枠の撤廃と関税率の引き下げ)。

国産ミカンの激減、
牛肉自給率の低下

 米国などから安い輸入品が押し寄せ、競合する温州ミカンなどは壊滅的な打撃を受けた。故・山下惣一氏曰く、「ピーク時には17万ha、360万tもあったミカンは4万2千haの80万tまで減っています。新興産地のわが村では大小合わせて100戸の農家がミカンを植えましたが、現在残っているのはわが家を含めて4戸です。(中略)日本のミカンは自由化で強くなったとアホなことをいう人がいますがとんでもない話で現在に至るまでには死屍累々の世界があったわけで、これはどの分野でも同じでしょう。『儲かる農業』などと簡単に気安くいうな。私はそう言いたいですよ」。
 牛肉についても、「国内農家への打撃が懸念されたが、牛肉では危機感を持った畜産農家などが品質向上に努め、世界に知られる『和牛』ブランドが育った」(日本経済新聞)との評価もあるが、今や、35%(飼料自給率を考慮すると10%)前後にまで低下しているのだ。

今こそ身近な農畜産物を大切にしよう

 だから、オレンジも牛肉も、ひとたび海外で何かが起きれば、国民が一気に困る状況になっている。オレンジ・牛肉ショックはこの現実を見せつけている。米国からの畳みかける貿易自由化要求に応じてきた結果であり、発がん性も指摘される防カビ剤や成長ホルモンのリスクも指摘されているにもかかわらず、「見かけの安さ」に国民が目を奪われてきた結果でもある。
 しかも、今や、国産の農畜産物のほうが米国産より安くなってきている。国産は高いから買えないと言っていた消費者には、和牛も国産の方が安いし、キャベツは4分の1、トマトは半分の価格になっている現実を見てほしい。「いつでも安く輸入できる時代」が終焉を迎えている今こそ、身近で安全・安心な国産、地元産に目を向け、農業・農村を支える思いと行動を共有したい。

 (本稿は、食料自給の確立を求める自治体議員連盟が8月30日に行った学習集会での同連盟顧問も務める鈴木先生の報告を編集部の責任で要旨としてまとめたもの)
 本文中で引用した山下惣一氏の提言全文はURL-https://www.jacom.or.jp/noukyo/tokusyu/2017/01/170104-31746.php

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食料自給の確立を求める自治体議員連盟

「コメ騒動」の中で学習会&検討会

 食料自給の確立を求める自治体議員連盟(食料自給議連 世話人・北口雄幸北海道議、今井和夫・宍粟市議、西聖人・熊本県議)は8月30日、オンラインでの学習会&検討会を行った。折からの「コメ騒動」の中で、会員地方議員三十数人など50人ほどが参加し北口雄幸世話人が司会して始まり、最初に学習会で鈴木宣弘顧問・東京大学大学院特任教授が問題提起の報告を行った(要旨別掲)。
 食料自給議連の今後の取り組みとして、政府の「基本計画」策定に対して地方自治体からの「要望」をまとめて年内に対政府要請行動を行うことが確認された(要望項目や最終日程は別途会合をもって検討する)。また引き続き、食料自給議連の賛同議員の拡大を呼びかけることも確認された。
 世界的な食料危機の中で、この夏の「コメ騒動」は象徴的である。食料自給の確立、食料安全保障は文字通り一刻の猶予もならない課題となっている。農林漁業を成り立たせることは地方の再生などにも決定的な役割を持っている。食料自給議連の今後に期待し、全国の自治体議員の賛同参加を呼びかけます。

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