令和8年熊本地震発災から見えたもの

避けては通れない日本全体を襲う災害頻発

熊本県議会議員 幸村 香代子

 

 

 令和8年7月28日午後4時27分、熊本県宇城市と八代郡氷川町で最大震度7、私の住む八代市でも震度6強を観測する地震が発生しました。私は地震発災時、県議会農林水産常任委員会の視察から帰るバスの車中でした。水俣から自動車道に乗り、日奈久トンネルの手前で突然の揺れに襲われました。日奈久インターは閉鎖され、一般道路を県庁へ向かいましたが、通過時間がもう少し早ければ、現在も通行止めが続く妙見第一橋の分裂に巻き込まれていたかと思うとぞっとします。
 バスは県庁へ向かいましたが、私は途中で下車し、自宅へ徒歩で向かいました。道筋には倒壊した家屋があり、多くの皆さんが座り込んでおられました。声をかけると口々に恐怖を語られます。やっとの思いでたどりついたわが家は倒壊を免れていてほっとしました。幸いなことに電気も水も異常はありませんでしたが、余震が続く中で、近所の皆さんと一緒に一夜を過ごしました。上空を報道関係のヘリが飛び、テレビやSNS、ラジオから聞こえてくる情報に、とんでもない被害が発生していると、不安と恐怖で眠れない夜を明かしました。翌日から地域を回り、その実態を知ることになります。

八代市のシンボルが
次々と倒壊

 多くの神社仏閣、文化財などが倒壊しましたが、中でも国の名勝に指定されている「松浜軒」、ユネスコ無形文化遺産八代妙見祭の本殿「八代神社」、八代市の中心部に位置し桜の名所でもある「八代宮」、名湯日奈久温泉の「金波楼」、八代市の雇用を支える「日本製紙」、八代市の農業を支え、平野を潤す「農業用水路」など、八代市を象徴する多くの歴史的建造物や経済を支える企業の建物が見るも無残な姿となりました。多くの皆さんが立ち尽くし涙される姿を目にしました。私たちは一瞬にして心の拠り所や生活の基盤をなくしてしまいました。

倒壊した八代神社楼門。市民に親しまれ、「妙見神社」と呼ばれていた

明らかになった住民の48%が井戸水で生活する八代市

 八代市の世帯数は約5万8000。地震後、多くの住家で断水の被害が出ました。
 しかし、行政が把握しているのは上水道利用世帯のみであり、したがって公表される断水世帯の数も上水道利用者のみの数でした。公表される数字の少なさと、徐々に断水が解消されているという報道に、まったく実感が伴いませんでした。井戸水利用世帯が含まれていないのではないかと気づいたのは数日たってからでした。その後、全世帯の約48%が井戸水利用世帯であるという事実が明らかになっていきました。私は発災後3日目には、立憲民主党本部を通して、井戸水利用者への救済を求める意見を国へ届けました。
 徐々に井戸水の被害が甚大なものであるという事実が明らかになっていきます。全国的にもこれほど多くの世帯が井戸水で暮らしている自治体はないということです。豊かな地下水に恵まれていた球磨川の以南地域は、大きな二つの橋梁を越えねばならず、水道整備に費用がかかることから、整備計画そのものがなかった地域です。したがって家を建築するときには井戸を掘るという選択肢しかありませんでした。私自身もそうです。
 それが、今回の地震で市南部を中心に水が出ない、濁りがとれないという4400世帯の(公表された数)被害が発生しました。この事態を重く見た、国、県、市の支援も始まり「井戸水対応チーム」が発足しました。その後、さまざまな支援メニューが提示されていますが、件数が多すぎて、対応に時間がかかっています。八代市には井戸掘削業者が3社しか存在せず、全国さく井協会から支援を受けることになりました。多くの自治体が抱える技術者の不足は緊急時にその問題が浮き彫りになります。緊急的な対応で支援物資や防災井戸、給水車などでしのいでいます。しかし根本的な「水が出る」という解決には結びつかず、毎日、飲料水、風呂、洗濯、トイレの生活用水を確保する作業で被災者も疲れ切っています。これから気候は冬へと向かいます。寒さの中でこの作業を続けることがどれだけ過酷なことか。何とか改善の方向性を見いだせないかと関係者と意見を交わしています。

ラストワンマイルの課題とSNS

 支援物資は拠点までは届くが、避難者の手元まで届かないという課題が、10年前よりも深刻になったと感じています。災害弱者といわれる高齢者、障がい者、妊産婦、外国人など避難所への避難ができない方たちが確実に増えています。情報が届かない、または情報があっても動けないのです。この在宅避難者へ情報や物資を届けるためには、圧倒的にマンパワーが不足しました。その解消のために多くのボランティアなどに対応いただきましたが、もっと地域の中に小さな拠点が多数できることが必要です。住民自治協議会や地域防災協議会など地域の事情に精通した人たちが動けるような仕組みも必要だと思います。確かに全員が被災者ですから、極端に負担がかかることは避けたいと思いますが、日頃の関係性と信頼からスムーズにいくことも多いと思います。
 一方で、SNS上には多くの情報が発信されました。私はSNSを否定はしません。タイムリーな情報が届きますし、使い慣れた人にとっては便利なツールです。今回の地震でもその優位性を発揮しました。また、多くの人たちがSNSには功罪があることを認識し使うことにより学習を重ねてきたと思います。しかし、SNSでの情報発信に頼るあまり、地域情報格差が大きくなっているのではないかと危惧します。災害時において情報は重要です。どのように届けるか工夫が必要です。

災害大国日本の向かう先

 八代市だけをみても、2016年熊本地震、20年球磨川豪雨災害、25年線状降水帯による豪雨災害、26年にこの熊本地震が発生しました。異常気象と言われる夏の酷暑や線状降水帯による豪雨災害は、異常ではなく地球全体の気候変動による避けては通れない日本全体を襲う災害となっています。この災害からどのように身を守っていくのか、地域を再生していくのか、国力を集中して取り組むべきだと考えています。
 国は令和9年度予算編成方針に「強く豊かな日本」と掲げAI、半導体、経済安全保障、防衛、創業の5分野を強化していくようですが、特に目新しいものでもなく、この間推し進めてきた分野への集中投資です。では、これまで私たちは豊かさを実感できてきたのでしょうか。
 国民負担率は46・2%を占め、それが災害など困難な環境に置かれた時に保障となって還元されるのであれば不満はありません。しかし、セーフティーネットすら盤石ではない社会に希望すら持てなくなっています。強くなくてもいいから、どんな災害が起きても「安心して住み慣れた地域で暮らしていける」、そんな社会こそが豊かな日本だと私は思います。これからも皆さんの声を聞かせていただきながら、暮らしの再生に取り組んでまいります。