私が農家をめざした理由
大牟田市議会議員 船原 基近

「農」への思いの原点
私が農家をめざした理由、「農」に対する思いの原点は、農業高校である福岡県立久留米筑水高校に20年以上勤め、社会福祉科という県立高校で唯一の介護福祉士養成高校で教員をしていた時の経験でした。文部科学省から指定研究を受け、社会福祉科の生徒が農業を通して勉強したらどうかという、情操教育醸成というテーマで研究をしました。その成果として、「生物活用」という農業科目の授業を、福祉を学ぶ生徒たちと一緒に、全員必修で始めました。畑に出て野菜を栽培し、花壇作りやフラワーアレンジメントも学習しました。生き物の活用ですのでアニマルセラピーも学習しました。
保護者の酪農家の所に行って、子牛の生まれる瞬間に生徒と立ち会ったりしました。本当に私にとって「農」に対する思いを深めた経験でした。
お百姓さんになりたい
私は2022年に教員を早期退職し、大牟田市議会議員に挑戦しました。公約の一つに「教育と福祉と農業でまちづくり」を掲げ当選しました。その後、「食と農の課題を考える南筑後懇談会」に参加し学習を続けています。議会では新規就農の課題など取り上げてきました。
農業実践では、市内の上内という中山間地域で農業を営む叔父の手伝いをしています。活動を続ける中で私自身、お百姓になりたいという思いが強くなりました。
そんな中この春、「何とか田んぼが復活できないものか」という相談を義父から受けました。県南部のみやま市にある義父の田んぼが、15年間耕作放棄のままでした。私は、一番身近な義父の田んぼをほったらかしにしていたと思いも新たに3月、雑草が繁茂する田んぼを復活しようと思い立ちました。
写真は、義父所有で50年目になるトラクターを操作する私です。15年間動かしていなかったトラクターが、なんと動いたのです、感動しました。この手押し式のトラクターが15年間、主を待っていたのではないかと思う瞬間でした。
その後、田んぼを耕作し、上内の叔父や先輩農家さんからいろいろ教えていただき、6月に私が運営しているフリースクールの子どもたちと一緒に田植えができました。真夏は、雑草との闘いでした。元肥もしていませんし、もちろん農薬は一度も散布もしていません。8月末に出穂を迎えました。近隣の農家さんから「この田の稲穂の付き具合は普通よりも良い」と言われます。
私は、稲を育てることも、子どもや人と関わるということも、何か成長を感じるという営みには、素直に喜びを感じます。稲の成長は、子どもの写真を撮るように、たくさん撮影しています。私は成長する稲たちを、「むぞがって(筑後弁で可愛がる)」います。可愛くてしょうがないです。今後は子どもたちと一緒に稲刈りをし、稲架掛け天日干しをし、みんなで美味しいお米をいただければなと思っています。
中山間地域を守る
取り組みを始めて
私は、日本の原風景ともいえる中山間農地を守りたいと思っています。市内の川床という中山間地域の田んぼも耕作しています。この地域の一番奥はずっと湿田でした。水路がイノシシの被害で埋まっているので常に水が溜まり水鳥の楽園でした。
その川床集落の棚田をなんとか復活したいという思いで、市役所農林水産課から中山間地域等直接支払い制度の話を聞きました。通常の耕作をし、畦の草刈り等集落での共同管理に対して、いくばくかの補助を出すという制度です。この川床集落は2年前まで市内で一番広く、支援を受けていましたが、担い手不足で中断に追い込まれていました。
この直接支払い制度を再度活用するには、私が農家であることが条件でした。この間、みやま市の義父の田んぼの所有を私の妻に贈与という形で農地移転ができました。農地移転のために、私が水田を管理する営農計画をみやま市農業委員会に提出しました。こうして、私は、営農計画が受理され念願の農家になれました。農地を確保し農家になれて初めて直接支払い制度を使えるだけの農地を、川床集落で借り入れることができ、ようやく制度の申請ができました。
この夏、イノシシ被害で埋まっていた水路の泥を重機で上げ復活させました。水が年中溜まっていた田んぼは、除草後3カ月間乾燥させ復活の兆しが見え始めました。今もイノシシによる水路への被害が続いていますが粘り強く足を運んで泥を上げています。地道な活動を続けることで叔父や地域からの信頼を得ることも重要な取り組みです。

中山間農地で田植えをする筆者
水田風景と共にある私たち
事務的で制度的な話になりますが、農家になるための手続きのお話です。私は、「どうしたら農家になれるのか」という質問を議会でしました。回答は、「営農計画を提出すること。農地を確保すること」の二つの条件を満たすことでした。
大牟田市に営農計画書を出しました。経営主は私です。営農計画作成で農業委員会から言われたのは、「経営主が倒れたら配偶者や、他の担える人を必ず営農計画で入れてください」ということでした。これには、驚きました。農業を初めてする人たちが個人(一人)で始めるというのは、ハードルが高いことではないかと思いました。
もう一点は、営農計画で、「作付面積、収量、純生産量、そして単価、総生産額、これをきちんと数字で出してください」と言われました。以前参加した令和の百姓一揆での資料に、米作り農家の時給換算が10円とか20円とかの報告がありました。生産額を算出してみると本当に、経済的自立が困難であると感じてしまいます。伯父が言うのは、「20代で、農業高校を卒業し農大に行った人でも、農業で食べていこうと思うならば、米だけでは難しい、中山間地ではもう絶対に自立は無理だ」と言います。「絶対」と言います。伯父は「やってはいけない!」とまで言います。「年金をもらい楽しみで農業をしている人や、私みたいに別の仕事をしている人間ならまだいい」と。
これで日本の将来は本当にどうなるのだろうと心配になります。日本人の多くは、太古から農業に携わっていました。朝ドラの最高傑作のひとつ『ひよっこ』が再放送されています。『ひよっこ』の奥茨城村の田園風景は、川床集落の風景と一緒です。私たちは、どこか水田の風景を懐かしむ心情をDNAとして持っているような気がしてなりません。
あの風景を守りたいと強く思うのです。そしてそこでできた米で私たちは命をつないでいかないといけないと思います。外国からのお米や小麦では、輸入できなくなったらわれわれは飢えしかない。
身近なところから、復活させて5年後、10年後、中山間地の美しい風景を再び皆さんに報告できるよう、これからも、しっかり、取り組んでいきたいと思います。
