ポピュリズムの台頭と労働者の立場
情報産業労働組合連合会中央執行委員長 北野 眞一

近年、日本政治においてもポピュリズム的傾向が顕在化している。ポピュリズムとは、「民意」を直接体現すると称して、既存の政治・官僚・メディア・専門家などの「エリート」を敵視しながら単純化して強い指導者像を前面に打ち出す政治手法である。
その背景には、長期にわたる経済停滞、実質賃金の伸び悩み、雇用の非正規化、地域間格差の拡大といった構造的課題が横たわっている。とりわけ労働者にとって、努力が生活の安定に直結しない現実は、政治不信と不満を蓄積させる土壌となってきた。
バブル崩壊以降、日本企業はコスト削減と競争力維持を優先し、労働市場の流動化を進めてきた。その結果、非正規雇用は増加し、賃金格差は固定化した。将来不安は社会全体に広がり、「このままでよいのか」という漠然とした焦燥感が共有されている。ポピュリズムは、こうした不安に対し、複雑な構造問題を単純な対立構図に置き換えることで応答する。「強いリーダーが決断すれば解決する」「外部の脅威が原因だ」といった語りは、わかりやすさゆえに支持を集めやすい。
加えて、世界情勢の不安定化がその傾向を後押ししている。ロシアのウクライナ侵略や中東情勢の緊迫化、米中対立の激化は、日本にも安全保障上の緊張をもたらしている。日本政府は防衛力の抜本的強化を掲げ、2022年末の国家安全保障戦略改定以降、防衛費の大幅増額方針を打ち出した。23年から5年間で43兆円規模という水準は、戦後日本の安全保障政策の大きな転換点であった。
生活基礎の視点で見る
安全保障環境が厳しさを増していること自体は否定できないが、その検証は必要だ。しかし、労働者の視点から問うべきは、その政策選択が生活基盤とどのような関係にあるのか、という点である。
防衛費拡大は財源問題と不可分であり、増税や社会保障抑制と結びつく可能性がある。実質賃金が伸び悩むなかで、負担増が先行すれば、家計への圧迫は避けられない。国家の安全保障と個々の生活保障は対立概念ではないが、優先順位や配分の議論が十分に行われなければ、労働者は「守られる主体」であると同時に「負担を担う主体」にもなる。
さらに、国家主義的な政策が強調される局面では、異論や多様性が軽視されやすい。ポピュリズムと国家主義が結びつくと、「国益」の名のもとに労働政策や社会政策が後景に退く危険がある。歴史的に見ても、外部脅威の強調は国内の統合を促す一方で、労働運動や市民的自由への制約を正当化する契機となる場合があった。労働者にとって重要なのは、国家の強化が労働条件の改善や社会的包摂と両立するのか、それとも後退をもたらすのかを見極めることである。

短期的な政策が持つ側面
さて、現政権が掲げる物価高対策や経済対策等には、短期的な負担軽減や「成長のスイッチを押しまくる」と強調し、あたかも所得向上や生活改善につながるように語られる一方で、実際には労働者の生活基盤を揺るがしかねない側面を持つ。
消費税減税は、物価高に苦しむ国民にとって一見魅力的に映る。しかし、消費税は、社会保障財源と位置付けられ、減税による財源不足が将来の医療・介護、保育などのサービス縮小につながる懸念は拭えない。これらの分野はすでに深刻な人手不足に直面しており、安定した財源確保は不可欠である。短期的な負担軽減が長期的な生活不安を増幅させる結果になってはならない。
さらに柔軟な働き方や生産性向上の観点で、裁量労働制の適用拡大を図ろうとしているが、働く人々の健康と生活を守る観点から重大な懸念を伴う。成果を理由に長時間労働が強いられ、生活時間や家庭時間が奪われるような働き方が広がれば、少子化対策や地域社会の維持にも悪影響を及ぼし、所得向上どころか、生活の質を低下させる危険性すらある。裁量労働制の対象業務の拡大は、多くの人を労働時間規制の枠外に置き、長時間労働や過労死のリスクが高まることが容易に想像できる。
また、経済成長戦略としての防衛産業の拡大は、一部の雇用創出をもたらす可能性があるが、それが広範な労働者の生活向上につながるとは限らない。産業政策としての防衛強化を論じるなら、地域経済や中小企業への波及、技能育成、民需転換とのバランスといった観点が不可欠であり、軍事的需要に依存する経済構造は、国際緊張の持続を前提とする側面を持ちかねない。
「分断」が政治的資源に
ポピュリズムが広がる社会では、分断が政治的資源となる。「既得権益層」対「普通の国民」、「都市」対「地方」、「正規」対「非正規」といった対立は、労働者内部の連帯を弱める。だが、賃金停滞や不安定雇用といった問題は、属性を超えて共有される構造的課題である。労働者視点に立つならば、短期的な感情動員ではなく、分配構造の見直しや労働市場の公正化、教育・子育て支援の充実といった中長期的政策こそが優先されるべきだ。
加えて、現政権の掲げる「強い国家」路線に対し、労働者が求めるべきは、「強い生活基盤」である。最低賃金の引き上げ、同一労働同一賃金の徹底、社会保障の持続可能性確保といった政策パッケージが不可欠だ。
人気取りの後に何が?
現政権が短期的な人気取りの政策を掲げ、支持を固めた後に何があるのか懸念も広がる。「国論を二分する大胆な政策」を巨大化した与党が独断的に推し進めるのではないか。国際情勢が緊迫するほど、安全保障政策の論議は加速しやすい。たとえば、安全保障関連3文書の改定、防衛装備品の5類型・非核三原則の見直し、さらには憲法への緊急事態条項の創設や9条自衛隊明記など、国家の根幹に関わる政策が視野に入っていると見える。

連帯と包摂の政治を
最後に、民主主義の成熟という観点を強調したい。ポピュリズム的政治は、即効性のある言葉で支持を集めるが、制度や熟議を軽視すれば、最終的に不利益を被るのは社会的弱者であることが多い。労働者が主体的に政治参加し、情報を吟味し、政策の具体的影響を問い続けることこそが、拙速な国家主義への歯止めとなる。
不安定な世界にあってこそ、恐怖や対立ではなく、連帯と包摂に基づく政治が求められる。国家の安全は重要である。しかしそれは、働く人々の生活と尊厳が守られてこそ、真に意味を持つのである。
