司法の積み上げで差別のない社会を制度化するために
クルドヘイト対策弁護団 金 英功 弁護士に聞く
埼玉県川口市や蕨市周辺で、クルド人住民を標的とした排外主義的な動きが激化している。SNS上の誹謗中傷から始まり、街頭でのヘイトデモ、さらには日常生活への物理的な攻撃へとエスカレートする事態に対し、一石を投じたのが2024年11月21日にさいたま地裁が決定したヘイトデモ差し止めの仮処分だ。蕨市で唯一の弁護士として、この裁判を主導する金英功弁護士は、在日コリアンという自らの出自を背景に、マジョリティー社会が抱える「排除の論理」に警鐘を鳴らす。現場で何が起きているのか、そして既存の法律が抱える「壁」とは何か。金弁護士に詳細を伺った。(聞き手 編集部・伊礼悠花)

金 英功(キム ヨンゴン)弁護士
1988年埼玉県生まれ。朝鮮大学校、成蹊大学法科大学院を経て、2015年弁護士登録。埼玉弁護士会人権擁護委員会の副委員長、在日本朝鮮人人権協会とNPO法人ウリハッキョで理事をつとめる。わらび中央法律事務所代表。
クルド人のヘイト被害
と背景
現在、川口や蕨で起きているクルド人のヘイト被害は、具体的にどのような状況なのでしょうか。
クルド人へのヘイト問題が表面化し始めたのは2023年6月ごろからです。当初はSNS上の言説が中心でしたが、24年2月ごろからは地域社会での直接的な被害が目立つようになりました。25年夏の参議院議員選挙もあって、状況は変わってきてはいますが、現在も彼らクルド人たちは安心して外に出られない状態に追い込まれています。街を歩けば勝手に写真を撮られてSNSにさらされ、自宅まで公開される。公園で子どもを遊ばせていても、見知らぬ地域住民から「帰れ」「出て行け」と罵声を浴びせられる。あるクルド人の方は、「母国トルコでは軍の銃口が怖かったが、日本では向けられるスマホが怖い」と話していました。
さらに被害は陰湿化しています。蕨駅前にある一般社団法人日本クルド文化協会の事務所ビルに入っているケバブ屋に、ユーチューバーのようなネット配信者が突然やってきて、カメラを回しながらインタビューを装って挑発的なことを言う、といった事案も起きています。ひどかった時期は、ベランダを外から撮影されたり、郵便ポストを勝手に開けられて手紙を捨てられたりといった嫌がらせのほか、彼らの多くが従事する解体業の現場でトラックの鍵穴に異物を詰められたり、防護シートをカッターで切り刻まれたりといった実害が出ています。工事現場の看板には「クルド人帰れ」という落書きがなされるなど、生活のいたるところにヘイトが蔓延しているのが現状です。
なぜ、これほどまでにクルド人に対するヘイトが激化したのでしょうか。
大きく分けて3つの事象に整理できると考えています。まず、23年6月の出入国管理及び難民認定法(入管法)改正案の審議です。難民申請中でも申請3回目以降は強制送還を可能にする審議が行われました。これまでは、難民認定の申請をしている間は人道的な危機がある迫害国に送還させてはいけないという、難民条約で定められたノン・ルフールマン原則にのっとって入管法が定められていました。けれども、政府からしたら悪用する外国人がいるということで、難民申請3回目以降は申請中でも強制送還できるように変えてしまった。日本に住む約3000人のクルド人の8割ほどが川口には住んでいますが、多くが危機感を募らせ、国会でも声を上げました。これを受けて、ネット上では「不法滞在者は出て行け」「日本にいること自体がおこがましい」というようなヘイトの言説が広がっていきました。
同じ時期に、川口市議会では「一部の外国人による犯罪取り締まりの強化を求める意見書」が採択されました。川口に住むクルド人の多くは「仮放免」という不安定な立場にあります。住民票がなく、健康保険にも入れず、就労も原則禁止されている。しかし生きていくためには働かなければならず、無免許・無保険での運転による事故など、行政の手が届かない領域でゆがみが生じていたのは事実です。意見書には外国人としか書かれていませんが、「資材置き場で、トラックで」という文言からは、クルド人を標的にした決議であったことは明らかです。この意見書をきっかけに、クルド人は地域で悪さをしているという言説がネット上で広がることになりました。
極め付きが、23年7月川口市立医療センター前で起きた騒動です。クルド人の親族間のトラブルに端を発し、病院前に約100人のクルド人が集ったことで、救急受け入れが5時間半停止しました。これを一部メディアが「クルド人が暴動を起こした」という文脈で報道したことで炎上しました。実際には、あるクルド人同士の喧嘩を止めようとお互いの親族たちが集まったのですが、声が大きい彼らの姿は、言葉の分からない日本人には「暴動」のように映ってしまった。これが「クルド人は地域社会の害だ」という言説を一気に広がらせることになりました。
巧妙化するヘイトスピーチ
24年11月、さいたま地裁は日本クルド文化協会周辺でのデモを差し止める仮処分を決定しました。この影響はどう表れていますか。
この仮処分では、特定の人物(日の丸街宣倶楽部の渡辺賢一氏)に対し、蕨駅前にある日本クルド文化協会事務所の半径600メートル以内でのヘイトデモを禁止しました。決定後、その区域内での本人によるデモは行われていません。けれども、仮処分はあくまで特定の人物と場所に対するものであるため、渡辺賢一氏はヘイトデモ予定日に禁止区域外の川口駅で街宣をしました。また、別の団体や個人が、さいたま地裁の決定に抗議するという名目で事務所前に集まる事態も起きました。裁判所で決定したものの、人物と場所の範囲に限定があるため、公道でのゲリラ的な街宣は止められない。
現在進行中の本裁判では、デモの差し止め処分に加え、損害賠償も求めています。年内には一審判決を出してもらいたいですが、たとえ賠償が認められたとしても、他人が行うデモを禁止できるわけではありません。依然として、常に危険と隣り合わせの状況は続いています。
かつて在日コリアンが標的にされたヘイトスピーチと比べて手法に変化はありますか。
ヘイトであることには変わりはありません。15年ほど前から始まった初期のヘイトスピーチでは、「殺せ」「海にたたき込む」「ゴキブリ」「ウジ虫」といった聞くに堪えない暴力的な言葉ばかりでした。ですが、現在はそうした言葉は使われていません。16年に施行されたヘイトスピーチ解消法に触れないよう、彼らは慎重に言葉を選び、「クルド人は偽装難民」「クルドカーは危険」「日本クルド文化協会はテロ支援団体」といった表現を用いています。過激な言葉は確かに減ってはいるものの、公衆に「クルド人は犯罪集団だ」という認識を植え付け、社会からの排除を煽るという結果においては、かつての過激な言葉と何ら変わりありません。
結局はやはり弁護士たちが裁判を通じて、こうした巧妙な発言も不法行為にあたることを立証して、裁判所に認定してもらう事例を一つひとつ積み重ねていかなければなりません。さらに進めば、条例や法律でも、巧妙な発言が差別だと認定できるようなシステムを作っていくことが必要になります。
今までにない表現は法に触れることではないというのが、彼らの言い分です。けれども、クルド人が多く住む街で、プラカードや横断幕を広げて排除を煽る言葉を使うのは違法だと認められれば、そういった言葉を使ってはいけないという認識が広がっていくきっかけになると思います。そういう事例を少しずつでも積み重ねていって、共通認識にしていきたいです。80、90年代にはあまり耳にしなかった「セクハラ」という言葉が、先人の積み重ねで浸透したような同じ道を進むことになると思っています。
差別のない社会の制度化へ
現状を打破するために、どのような対策が必要ですか。
まず、理念法にとどまらない「包括的差別禁止法」の整備が不可欠です。現在のヘイトスピーチ解消法は、罰則のない理念法です。裁判所としても、この法律に触れているからといって、直ちに違法であると認めるには壁があるのが現実です。法律の名宛て人が誰に向けられているかと言うと、自治体などに向けられており、市民個人に対しては守らなくてもいいということになりかねない。外国人に対してだけでなく、さまざまな差別があるため、包括的に何が差別にあたるのかを分類・定義し、少なくとも「やってはいけないこと」を明確に規定しなければなりません。
また、自民党の埼玉県議団の中にも、差別のない埼玉を作るプロジェクトチームができてはいます。ただ、その活動状況が非常に不透明ではあります。弁護士会としても、私個人としても自民党にかかわらず県議の方々に条例の必要性を訴えてきていますが、皆さん一定程度の理解は示してくれるものの、現在の排外的な風潮の中でどのように市民レベルまで理解を浸透させていけばよいのか苦慮されているようです。しかし、このような風潮であるからこそ、公の代表者である議員らが声を上げ、この流れを食い止める方策を打ってほしいと考えております。
日本社会に対して、弁護士として、また一市民として訴えたいことは何ですか。
私自身、在日コリアンというマイノリティーとして、常に声を上げ続けなければならない存在でした。ヘイトスピーチに関しては、かつて私自身の属性に向けられていた攻撃が、今はクルド人に矛先が向いており、決して人ごとではありません。弁護士として、同じような立場の人に寄り添いたいという思いが根本にあります。外国人全体に対する排外的な空気をここで止めなければ、社会全体が取り返しのつかない方向へ進んでしまう。これまで何に対しても抗うことをしてこなかった結果、今の状況を招いてしまっているという側面は、外国人社会にも日本人社会にも共通して言えることではないでしょうか。
そして何より、マジョリティー側にとってみても、少数者を排除した先には自分が排除される立場になる未来が待っていると思います。今はクルド人が標的ですが、それが終われば次は別の外国人、あるいは日本人の中でのマイノリティー探しが始まります。誰もがいつか「排除される側」に回る可能性があります。
マイノリティーの立場からすれば、この排外的な雰囲気を打破していかなきゃいけないのは当然ですが、そうじゃないマジョリティー側にとっても、決して人ごとではないということを伝えたいです。自分は安全地帯にいると思い込んでいる人々に「明日はわが身だ」という想像力を持ってほしいです。
