「もの言えぬ」時代を再来させてはいけない
ジャーナリスト 吉田 敏浩

国民監視と戦争体制づくり
今年2月8日の衆議院選挙で、自民党は「高市ブーム」に乗って大勝し、衆議院の全議席の3分の2を占める316議席を得た。増長した高市早苗首相は独善的な政権運営をエスカレートさせ、「スパイ防止法」制定に向けた危うい動きも加速している。
政府は今夏、「スパイ防止法」に関する有識者会議を設け、法案の具体的な議論を始める見通しだ。その議論と与党の提言を踏まえて、いまの特別国会の次の国会以降に法案提出を目指すという(「朝日新聞」2月17日朝刊)。
自民党と維新の会は昨年10月の「連立政権合意書」で、「インテリジェンス・スパイ防止関連法制(基本法、外国代理人登録法及びロビー活動公開法等)」の「検討を開始し、速やかに法案を策定し成立させる」と謳っていた。
「スパイ防止法」は政府による市民監視を強め、「集会・結社・表現の自由」、「知る権利」、「報道の自由」、プライバシーの侵害などをもたらす。戦争反対の声を封じて、日本を再び「戦争をする国」に変える狙いが秘められている。
自民・公明連立政権下で特定秘密保護法の制定、盗聴法(通信傍受法)の改正(盗聴対象の拡大など)、共謀罪を新設した改正組織犯罪処罰法の制定、土地利用規制法や重要経済安保情報保護活用法や能動的サイバー防御法の制定など、「知る権利」を侵害し、国民・市民監視を強める一連の国家秘密法制と治安立法の強化がなされてきた。「スパイ防止関連法制」も、その延長線上にあり、戦争体制づくりの一環である。
「スパイ防止関連法制」が制定されたら、戦前・戦中の軍機保護法、国防保安法、治安維持法といった国家秘密法制や治安立法が、人びとの自由を奪った「もの言えぬ」時代が再来するおそれがある。
「スパイ防止法」の必要を唱える側は、「日本は外国による諜報活動が非常にしやすいスパイ天国だ」と主張する。しかし昨年8月、当時の山本太郎参院議員(れいわ新選組)が提出した、「日本はスパイ天国」という評価について政府の考えを質す質問主意書に対し、石破茂内閣(当時)は、政府は「外国情報機関」の「情報収集活動」への防諜(スパイ防止)対策の強化を重視し、「違法行為の取締りの徹底等に取り組んで」おり、日本が「各国の諜報活動が非常にしやすいスパイ天国であり、スパイ活動は事実上野放しで抑止力が全くない国家であるとは考えていない」という答弁書を閣議決定し、「日本はスパイ天国」との言説を否定した。
それは、特定秘密保護法、重要経済安保情報保護活用法、日米地位協定に伴う刑事特別法、日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法(MSA秘密保護法)など、各種の国家秘密法制や国家公務員の守秘義務も定めた国家公務員法、自衛隊員の守秘義務も定めた自衛隊法がすでに存在するからだろ。
これらによって、防衛、外交、スパイ(「特定有害活動」)防止、テロ防止、安全保障に影響のある経済情報、米軍の軍事機密などに関する情報の漏洩、脅迫・窃取などの不正行為による取得、漏洩や取得の共謀・教唆・扇動、探知などの行為を罰則付きで取り締まる防諜体制もできている。
これら各種の国家秘密法制は、政府の情報統制と国民・市民監視につながり、「知る権利」と表現・言論の自由を侵害するなど、問題だらけの法制度だが、政府の立場からはスパイ防止に有効と見なされていることが、前出の石破内閣の答弁書からはわかる。
したがって、各種の国家秘密法制に新たに「スパイ防止法」を加えなければならない立法事実(法律を制定しなければならない前提、根拠となる社会状況などの事実)があるとはいえない。しかし、高市政権は「スパイ防止法」制定に前のめりだ。その狙いはどこにあるのか。
排外主義を煽る
「スパイ防止法」
まだ高市政権による「スパイ防止法」の法案が提出されていないので、具体的な条文がどうなるかはわからない。だが、自民党と維新の会の「連立政権合意書」の「インテリジェンス・スパイ防止関連法制」の項目に、「外国代理人登録法」とあるのが、まず目をひく。
高市政権内ではこの「外国代理人登録法」などの整備(制定)が想定されているという(「朝日新聞」2月17日朝刊)。
維新の会の安全保障調査会「インテリジェンス・スパイ防止法タスクフォース」が、昨年10月に発表した「『インテリジェンス改革』及び『スパイ防止法』(仮称)の策定に関する中間論点整理」によると、「外国代理人登録法」の目的は、「防諜体制強化」で、「外国政府並びに外国の組織及び企業等の利益のために、国内で政治的又は宣伝的な活動を行う者を透明化すること」だという。そして、具体的な構想をこう示す。
「国内で活動する『外国の利益を代表して活動する者(外国代理人)』は、政府の所定機関に登録し、活動内容及び資金の出所等を報告する義務を負い、それらは公開される。当該義務等に違反した場合の刑罰を定める」
このような維新の会の「外国代理人登録法」構想は、法案策定の過程で自民党側ともほぼ共有されるとみられる。
現に自民党の小林鷹之政調会長は2025年10月30日の記者会見で、「スパイ防止法の制定を念頭に、外国勢力やその代理人が日本国内で情報収集活動をする場合に登録を義務付ける制度が必要との考え」を示し、「米英両国の外国代理人登録法に触れ、『外国勢力の情報収集活動を国民の監視下に置くルールがあってしかるべきだ』と述べた」(「共同通信」25年10月30日)。
しかし、「外国の利益を代表して活動する者」という「外国代理人」の定義は曖昧で、いかようにも拡大解釈でき、恣意的に適用されるおそれがある。「外国代理人」は外国人に限定されず、日本人も含むとみられる。そもそも「外国代理人登録法」を制定しなければならない立法事実(「外国代理人」に該当する者のスパイ活動、情報収集活動などが明らかになったという事実)があるのか。制定を目指す根拠そのものが疑わしい。
政府批判や戦争反対を
犯罪に
国家秘密法制の問題に詳しい海渡雄一弁護士(秘密保護法対策弁護団共同代表)は、昨年12月16日に参議院議員会館で開かれた、「第3回スパイ防止法を考える市民と超党派の議員の勉強会」での講演、「戦争の危機の深まりの中で、スパイ防止法は戦争反対の声を封ずる凶器となる」において、「スパイ防止法」制定の狙い、その危険性について次のように指摘した。
「スパイ防止法の本質とは何か。武器輸出禁止の国是が変わるなかで、日本の経済そのものが軍事化していく、軍需産業を経済の根幹にしていく過程が始まっています。スパイ防止法によって、政府批判や戦争反対の活動が犯罪として取り締まられるおそれがあります」
「スパイ防止法関連法制として『外国代理人登録法』が制定されたら、外国人と交流することそのものが犯罪として位置づけられる可能性があるのです。たとえば日本人と中国人が交流を通じて日中の戦争が起きないように努力をしようという活動が、そこで何か重大な情報が洩れなくても、政府に登録されないでおこなわれていると、犯罪にされてしまうおそれがあります」
「市民団体が海外の市民団体と連携していると、『外国勢力』と見なされて監視対象にされかねません。日本の市民と(仮想敵国の)外国の市民の交流を(スパイ活動視して)監視し、交流できなくすることで、敵対関係を煽り、排外主義を煽る狙いが秘められているわけです。それは戦争をすることのイロハ、初歩といえます」
「集会・結社・表現の自由」を侵害
昨年11月の高市首相の「台湾有事・存立危機事態」発言以来、反発する中国との関係が緊張し、悪化するなか、中国敵視の排外主義的な風潮が広がっている。中国との融和・信頼醸成を唱える政治家や言論人などに「媚中派」とレッテルをはり、悪罵を浴びせる言説が繰り返され、政府批判をする人間を「反日分子」と中傷する言葉もネット上を飛び交う。SNSには「スパイ防止法に反対する奴はスパイ」、「中国の手先」といった悪意の個人攻撃も書き込まれている。
こうした偏狭な排外的空気、社会分断の風潮がはびこるなか、スパイ防止の名目で「外国代理人登録法」などが制定されたら、「日中友好」や「日中不再戦」などを唱える市民団体、NGO、NPO、公益社団法人などの民間団体やそのメンバーが、あるいは団体に属さない個人も、「外国の利益を代表して活動する外国代理人」すなわち「外国勢力」、「中国の手先」と決めつけられ、誹謗中傷されるおそれがある。
「外国代理人登録」の圧力がかかり、関係者が公安警察などによる監視対象、取り締まりの対象にもされかねない。「外国勢力」と内通する「非国民」などとレッテルがはられ、白眼視されて社会的排除の対象とされ、活動を委縮させられる事態も起こりうる。まさに憲法が保障する「集会・結社・表現の自由」(第21条)が侵害されるおそれがある。
「スパイ防止関連法制」制定の動きには、日本の市民が不戦・平和のために外国の市民と交流を深め、国際連帯を築こうとするような運動を、「外国勢力」と内通する動きと見なして監視下に置き、排外主義を煽って社会的に孤立させる狙いも秘められているのではないか。
しかし、国民・市民の戦争被害・犠牲も織り込みずみの軍事力強化、軍拡と軍事費膨張に偏った政府の安全保障政策に白紙委任をするわけにはいかない。政府は一向に取り組もうとしないが、戦争を避けるためには「平和外交による緊張緩和と信頼醸成こそが必要」なのである。
その一環として、日本と中国の市民同士の交流、対話、相互理解を通じた不戦・平和のための民間の国際連帯は、重要な意味を持つ。「安全保障は国の専管事項」という政府の主張に惑わされず、憲法前文「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないよう」に、国家に白紙委任をしない主権者として国民・市民が、そうした取り組みをするのは当たり前のことだ。
「外国代理人登録法」など「スパイ防止関連法制」ができてしまったら、中国敵視の排外主義的な風潮に拍車がかかり、この社会は「もの言えぬ」空気と相互監視・密告の同調圧力に覆われてしまうおそれがある。
中国の脅威や排外主義を煽る政治家たちは、外敵をつくりだして国内の矛盾に対する国民の不満をそらし、自分たちの支持層を増やそうとする。「裏金問題」や「統一教会との関係」のような不正・スキャンダルから有権者の目をそらすためにも利用する。
「スパイ防止法」には、戦争反対と政府批判の声を封じる狙いが秘められている。その制定の動きは、戦争体制づくりの一環にほかならない。「集会・結社・表現の自由」、「知る権利」、「報道の自由」、プライバシーの権利を脅かす「スパイ防止法」、「外国代理人登録法」を許してはならない。
