高市首相―平和の課題は何か?
青山学院大学名誉教授、世界国際関係学会アジア太平洋元会長 羽場 久美子

「歴史はらせん状に発展する」(ヘーゲル)。自民党内でも右派・保守派の高市首相は、この間の対トランプ外交、対習近平外交で、マスコミからも、世論調査でも、極めて高い評価を得ている。政策が極めて明快でパフォーマンスも高く、21世紀に入ってからの歴代の首相の中でも最も政策的にも行動的にもうまいように見える。「世界の中心で咲き誇る日本外交を取り戻す」、「日米外交の黄金時代」を強調し、前向きのパフォーマンスをすることで、各新聞社の世論調査でも特に20―30代の若者から60―80%の支持を得ている。
高市外交とは?
しかしその政策は、保守・右翼政策そのもので、各会談でも、防衛費増大、力による平和、日米同盟の強化、中国に対する尖閣東シナ海問題、香港・新疆ウイグル問題、台湾問題など、そこまで言うかという事項にあふれている。
最初にこれを書いたのは、保守層支持が、参政党や国民民主からも離れ、自民党支持に回帰しているからだ。
パフォーマンスや政策が極めてうまいがゆえに、きちんと情勢分析して対抗していく方策を取らないと、次の選挙で自民が圧勝し、高市政権が長期化する可能性がある。とともに、さらに左派・リベラルが衰退し、保守・ナショナリズムが社会と若者の主流になっていく可能性がある。保守化した若者が未来をつくるとするとこれに本気で対応しなければならない。
それに対して立憲民主党の中道寄りの姿勢は、高市政権と対決する強い姿勢をほとんど見せず、野党の大連合は夢まぼろしとして崩れ去る可能性もある。
高市氏の戦略は、トランプ以上に右派であり、戦争準備の姿勢である。見かけは華やかだが、最終的に国民に犠牲を強いる方向に進むことになる。
高市氏は所信表明で「中国、ロシア、北朝鮮の軍事的動向が深刻な懸念」と述べて、防衛費増大前倒しを強調し、トランプと共に横須賀米軍基地で力による平和、日米黄金時代を説いた。これは本気の戦争準備であり、日本国民、とりわけ琉球諸島の国民を、戦争の犠牲にさらすということだ。これは確かにアメリカにとっても好都合なシナリオだ。
一時休戦の
習近平・トランプ会談
しかし一方、10月30日、韓国釜山で行われた習近平・トランプ会談においては、米中接近、「貿易休戦」が行われた。トランプは習近平を「偉大な指導者」と持ち上げ、習近平もタイとカンボジアの停戦をもたらしたトランプの手腕をたたえた。
米中は、とりあえず1年間ではあるが、貿易休戦を合意し、アメリカの農家が、中国が大量の大豆を全く買ってくれなくなり、困り果てている状況の中で、アメリカ側が折れ、中国がアメリカの大豆を大量に購入することを条件に、中国への関税を引き下げた。
これを見る限り、トランプの政策は、「米中2極時代の到来」に備えているように見える。
トランプ政権が、アメリカを利するために、中国と経済面で大幅な取引をし、台湾問題を棚上げし、台湾やウクライナに冷たい姿勢を示していることを鑑みると、ロシア・ウクライナ戦争におけるEUへの態度と同様に、トランプ政権は、対中国外交を転換し、日本は同盟国でありつつ「見捨てられる」可能性もある。
すなわちNATOに5%を要求しつつ、欧州の安全は欧州自身で守れということと同様だ。
日本にも2%を超える(3・5―5%ともいわれる)防衛費を要求し、80兆円もの投資や、それ以上にアメリカに貢ぐことを「日米の黄金時代」として要求しながら、「台湾有事」は当面棚上げする。高市政権下で、防衛費だけが膨らみ、日本が一方的にミサイル配備とトマホークやオスプレイ、アメリカのAI兵器を爆買いし、対米従属だけが続いていくことになる。
経済力を直視せざるを
得ない
日本では高市政権の政策通とパフォーマンスぶりに大きな評価があるものの、アメリカメディアでは、高市・トランプ会談について、高市は安倍後継者であるが、歴代最長かつその後暗殺された安倍の時のような力はもはやない、とそっけない。
中国についても、日本の強気は中国に衝撃を与えているか、という質問に対し、「失礼だが、中国全体の中で日本はかつてほど重要でなくなっている。中国にとって日本は、経済力に対するニーズ。対米関係を動かすためのカード。その程度の認識だ」と呉軍華氏は述べている。日本は残念ながら世界の中では、すでに「世界の中心で咲き誇る」力は持っていないと見られているということだ。
日本のGDPに見る経済力は、1968年から2010年まで実に42年にわたって世界第2位の座に君臨したが、その間まわりの国々に尊敬され信頼される役回りを果たせたであろうか。その時こそ「世界の中心で咲き誇る日本外交」を推進すべきであっただろうが、今、経済力が衰退する中で、代わって成長する中国に、48兆円を超える軍事力をもって、アメリカの言う通り対峙することは、国民を危険にさらすばかりだ。
日本の経済力は、2025年にGDPでインドに抜かれ世界第5位、1人当たりGDPでは世界38位でありマカオ、香港、韓国、台湾にも抜かれている。
うまいパフォーマンスを取り除いて、基盤たる「経済と国民生活」という観点からその政策を見ると、中国、ロシア、北朝鮮というアジア大陸の3つの近隣国すべてを名指しで非難することで、自国の足元を切り崩している。
中国については「重要な国」と言うものの、「黄金の」日米同盟に依拠して、中国封じ込め、外国人批判、外国人担当大臣を置いて不動産の買い占めを制限するなど、基本的には日本からの中国人排除である。
翻って、アメリカ・トランプの政策を見てみると、バイデン政権の「価値の外交」を強く批判し、バイデンが敵視していた、ロシア、中国、北朝鮮に接近し、むしろウクライナや台湾を退けている。
高市外交とトランプとの齟齬(そご)も
その点では、今後高市外交とトランプ外交の間に、大きな食い違いが生じる可能性もある。
すなわちこれまで自民党政権や防衛省が語っていた、日米同盟における、「巻き込まれ」と「見捨てられ」のうち、米中戦争への「巻き込まれ」が喧伝されて防衛費拡大や沖縄へのミサイル配備があったが、米中接近による「見捨てられ」となれば、高市氏自慢の防衛費増大は、米中が頭越しに接近した時に、日本だけが中国に対して武装準備しつつ「見捨てられる」可能性がある。そうなると日本だけが、対米80兆円の投資、(ローンを含め)60兆円の防衛費を増大させ、ミサイルや戦闘機を買って中国に対峙する中、米中が接近して孤立する、戦争が偶然から始まれば日本だけが暴走して国民、特に沖縄に膨大な犠牲を強いられる、という第2次大戦期のようなシナリオも起こり得て、日本の高市政権の対中強硬外交が空回りする可能性がある。
ならば防衛費増額ではなく、むしろ経済界が主張する、日本の国益から見た経済回復、エネルギーの安価な輸入の観点から、中国の一帯一路との協同や、ロシアの天然ガスの輸入に力を注ぐような政策が今後重要になってくるのではないか。
日本と異なり、韓国の李政権も、北朝鮮との融和を考えており、その意味でも、中国・北朝鮮・ロシアの接近による、新しい世界秩序構築の中で、日本の保守・右派政権は政策を変えざるを得ない事態も起こりうる。
日米首脳会談、日中首脳会談だけを見たときには、政策通かつ保守派の政策をすべて盛り込んだ外交は成功に見えたかもしれないが、今後、トランプの対中国政策、対ロシア政策、対北朝鮮政策を踏まえると、あまりにも日米だけで考えている。トランプは、何よりも日本が敵視している、中国、ロシア、北朝鮮とうまくやろうとしているのではないかということだ。そこを見ていかないと足元をすくわれる。
高市も中国敵視は
続けられない
どうすればよいのか。
その意味では、日本も経済面においては中国と結ぶことによってこそ、日本の経済衰退を押しとどめられる。
アメリカも2025年度はトランプの関税戦略によって大きく経済後退すると予想される。アメリカも日本も欧州も、停滞する自国経済を回復するためには、中国やインド、ASEANなど、アジアと結ぶしかない。
高市氏は保守政権ながら、第1期のトランプ・安倍の蜜月とは異なる、新しい経済戦略を、アメリカ・日本の衰退、中国・インドの成長という中で、検討していかねばならない時代に入っている。
EUは、英仏独という欧州大国が、NATOの防衛費を5%まで上げると言い始めている。しかし小国ベルギーやルクセンブルクなどEUの多くの国々は財政的にそれらを出す余裕もなく、防衛費増額には反対している。
高市政権は、短期的には日米同盟強化、防衛費増額、対米投資の路線を進めているが、長期的には日本経済回復のためにも、中国、ASEAN、インドなどとの新興国連携にシフトする政策を取らざるを得ないだろう。
自治体外交、日中韓の連携こそ日本経済再生の道
各地域の自治体としては、自治体を疲弊させないためにも、沖縄のように、自治体主権、自治体外交を推進し、自治体とそこに住む市民の利益は自分たちで守る、自治体の市民の命は自治体が擁護する、という形を取っていかないと、危険である。日中戦争のような「兄弟殺し」の戦争が始まり、アメリカはそれに関与しないという最悪の事態は絶対に避けねばならない。
東アジアの諸国の連携、日中韓の市民による連携こそ、日本経済を再生させ、私たちの命と平和を守る。
日本の貿易の4分1は中国である。最大の通商国相手に、沖縄琉球列島の1300㎞、今や大分や中国四国、横須賀から東北、北海道に至るまで、防衛費60兆円も使って、ミサイルを配備し、オスプレイやトマホークなど使い物にならない武器を高額で言い値で買ってどうする、それはわれわれの命を危険にさらすということだ。
国内の財政は火の車なのに、政府は防衛費やアメリカへの投資に大盤振る舞いをし、国民の30%を占める高齢者の社会保障費を減らし、若者の「103万円の壁」を外すこと、外国人を排斥することで、若者保守層の支持を得ようとしている。
そうではなく、中国、ASEAN、アジア、アフリカの諸国と連携し、新興国の経済的社会的地位を高めていく、衰退するグローバルノースだけと結ぶのではなく、グローバルサウスと結んで、日本経済を復興させ、戦争を調停する役割を担っていくべきであろう。
この間、中国やインドを歴訪してみると両国は経済成長やバブルの財政を、投資やインフラに振り向け、それも国内に対してのみならず、対外的に、周りの貧しい国々に投資し、道路や交通網を整備することにより、グローバルサウスのリーダーになろうとしている。
日本も、遅ればせながら、新興国と結び成長を支援することでこそ、尊敬される国になっていくべきだろう。
