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食料農業 ■ 「小泉劇場」は農協つぶしの売国政治

コメ農家支援を急がないと間に合わない

東京大学特任教授 鈴木 宣弘

 「令和の米騒動」が収まらない。小泉農水大臣が登場し、備蓄米によるコメの「価格破壊」が、スピード感を演出しつつ、強引に、特定の大手業者を優遇する形で断行されている。さらには輸入米の早期投入も行い、市場を「じゃぶじゃぶ」にすると意気込んでいる。この機動力を国民は評価しているが、「小泉劇場」に惑わされていないか。
 米騒動の根本原因は「減反し過ぎと稲作農家の疲弊」にある。それを放置して流通悪玉論や農協悪玉論が展開され、米国からの輸入米への市場開放や農協組織の外資への差し出しにつなげるストーリーが危惧される。
 そもそもコメ卸業界は営業利益率が極めて低い。1・4%が4・9%に改善しただけだが、対前年比では確かに500%増になって暴利を得ているかのような指摘は明らかに意図的なミスリーディングである。五次問屋まである中間を飛ばせという議論もあるが、それぞれの役割があって街のお米屋さんも成り立つ。大手小売だけに都合よく中小業者つぶしになる懸念もある。
 主食用の輸入米も早期に投入することも発表された。しかしすでに、コメ不足への対応で9月からの新米も「青田買い」で高値契約が進んでいる。需給を急速に緩和する政治介入が続けば、コメの流通業界もつぶされていくことが危惧される。
 5㎏で2000円を下回るような米価に下げ続けようとする小泉農相の姿勢は、生産者にとっては大きな不安につながっている。備蓄米に輸入米も投入して低米価にして、かつ、増産し、輸出するといった発言に整合性があるだろうか。
 そんな低米価で誰がコメを作れるのか、ということになる。「スピード感」を出すべきは米価破壊でなく、包括的な稲作ビジョンの提示だ。

農協批判の落とし穴

 流通業界と農協組織をコメ価格高騰の犯人に仕立てようとする動きが強まっている。小泉氏が自民党の農林部会長として過去に取り組んだ「農協改革」が頓挫したのに対するリベンジだとも指摘されている。
 協同組合を既得権益や岩盤規制だと批判して壊し、自らの既得権益に替えようとしている。
 「農協改革」の本質は「農協解体」で、本丸は、
 ①農林中金の貯金の100兆円と全共連の共済の55兆円の運用資金を外資に差し出し、
 ②日本の農産物流通の要の全農をグローバル穀物商社に差し出し、
 ③独禁法の「違法」適用で農協の農産物の共販と資材の共同購入をつぶすことだ。
 売国に歯止めをかけねばならない。

「輸入米」という
落としどころ

 備蓄米には限りがあるから、一時的な効果しか見込めない。だから、次は輸入しかない、という流れで、トランプ政権の要求に応えていくストーリーになりかねない。もうなってきている。
 前回のトランプ政権でも、25%の自動車関税で脅され、他の国は毅然と突っぱねたが、日本は「何でもしますから、うちだけは許して」と屈服した。中国が米国との約束を反故にした300万トンのトウモロコシまで「尻拭い」で買わされ、「盗人に追い銭」外交を展開した。
 前回の日米貿易協定で日本は、牛肉(関税の大幅引き下げと緊急輸入制限措置の無効化)と豚肉(実質ゼロ関税)を譲ったが、米国側がTPPで日本に約束していた牛肉関税撤廃は反故にされた。一方、米国産のコメ(7万トン)と乳製品(3万トン程度)のTPP輸入枠の実施は見送られた。コメは民主党地盤のカリフォルニア州が主産地なのでトランプ氏が重視しなかったとの見方もあったが、米国のコメと酪農団体は反発した。
 日本の交渉責任者は「自動車交渉のための農産物のカードはまだある」と漏らしていた。今回、自動車関税の見直しを懇願するための前回の積み残し分の生け贄リストに残る目玉はコメと乳製品だ。そもそも、トランプ氏自らがTPPから離脱したからコメの7万トンの約束は消えたのである。だから突っぱねればいいだけだが、7万トンの「お土産」をどう設定するかが議論されている。
 トランプ関税に浮足立って、担当大臣が一目散に米国に出向いて、どれから譲ればいいですかと聞くありさまだ。絶対に切ってはならないコメのカードを最初から出すから許してと言い出すのは交渉になっていない。すべてを失うだけだ。
 コメ・農業を守るのは「国防」の一丁目一番地だ。
 さらに、大豆やトウモロコシの輸入拡大も日本側から提案している。まさに、前回と同じだ。米中関係の悪化による「尻拭い」をまた受け入れる。7万トンのコメ輸入の追加枠を含め、この流れは、苦しむ日本の農家をさらに追い詰め、食料安全保障の崩壊を早める。

「大規模化」で、
しかも27年に?

 小泉農水大臣と石破総理がタッグを組んで、農政改革をやるという。小泉氏は農林部会長時代の「農協改革」のリベンジ、総理は、2009年に農水大臣として提案した「減反廃止+所得補償」提案のリベンジともいわれる。
 09年の関係閣僚会合には筆者もアドバイザリーメンバーとして参画した。筆者が計量モデルによるシミュレーションに基づいて著書で示した提案を基に、農水省で精緻化して石破プランが発表された。それは、生産調整の緩和により米価が下落したら直接支払いで補塡し、消費者は安く買え、生産者も持続できるようにする政策だった。
 当時は、与党や農協組織にも生産調整廃止や緩和による米価下落への懸念が強く、実現しなかった。だが、今こそ、増産が必要なときである。しかし、米価の「価格破壊」だけが先行し、農家を支える仕組みは27年を目途に決めると言っている。しかも、大規模層に限定するような議論になっている。これでは間に合わないし、対象限定では、農村現場の多くは救えない。
 15‌ha以上の経営は数で1・7%、面積で27%しかない。大規模化ができるところは推進すべきだが、それには限りがあることは棚田が広がる日本の風景を見れば一目瞭然だ。大規模だけを支えても農村コミュニティーも国民へのコメ供給も維持できない。
 2・5兆円の別枠予算を確保したと言うが、5年間なので、年間5000億円だ。かつ、中身は、水田区画の大規模化、施設整備、スマート農業、輸出産地の育成となっている。これらは関連企業の利益が大きい。苦悩している稲作現場をスピーディーに救えるとは到底思えない。なぜ、農家の所得を支える仕組みが出てこないのか。
 農家への直接支払いには、バラマキ批判があり、対象農家を大規模に限定すべきだとの議論があるが、それでは、多くの農家・農村が破綻する。対象を限定しなくとも、補塡基準米価を高過ぎないように、努力目標として設定すれば、バラマキにはならない。
 今、かなりの大規模経営でも60㎏で2万2000円は必要だとの声がある。それなら、努力目標として、2万円を基準米価として、それを標準的な販売価格が下回った場合は、その差を補塡する仕組みを導入してはどうか。
 急がないと農村現場がもたない。