「核のない世界」をめざして
世論を作り民衆の力で国を動かす、そういう時代だ
元広島市長の平岡 敬さんに聞く
昨年、日本被団協がノーベル平和賞を受賞しました。大変有意義なことです。田中さんの受賞演説は自らの被爆体験、核兵器廃絶に向けたさまざまな運動など、素晴らしかったと思います。ただ、アメリカの原爆投下の責任について一言触れてほしかった。米国が「原爆投下は間違いだった」と言えば、どの国も核兵器を使えない。それを言わせなければなりません。米国の原爆神話をどう粉砕するかが、被爆80年の大きな課題だと思います。
なぜなら、米国が原爆攻撃を正当化している限り、ロシアのプーチン大統領は「米国は実際に原爆を使ったのに、謝ってもいない。その米国がわが国に文句を言う筋合いはない」と言ってはばからないからです。こうした言い抜けを許さないためにも、広島は「米国の原爆攻撃は間違いだ」と言い続けなければなりません。
被爆者は「原爆許すまじ」を言い続けます。「核のない世界」を実現するための方策は、米国の責任を明らかにすることから始まります。
軍事力によって国民の命と安全を守ることはできません。近隣諸国と友好関係を保ち、平和な環境をつくることが日本の生きる道です。そもそも、食料の自給率が低く、エネルギーを外国に頼り、海岸に原発を並べた日本が戦争などできるはずがありません。そのことを敗戦80年、被爆80年に際して訴えたい。
原爆使用を正当化する米国
米国は今も広島への原爆攻撃は「戦争を早く終わらせ、多くの人命を救った」と言い続けています。しかし、日本を占領した時、広島市民の復讐を恐れたのか、広島市の占領はイギリスやオーストラリア軍に任せて、米軍が前面に出なかった。これは原爆が人道に反する残虐な兵器であることを認識していたからでしょう。
人類が核の恐怖の下で生きなければならない責任は、元をたどれば、米国にあります。原爆を開発した米国は、その管理に万全を期さねばならなかった。1946年、第1回国連総会の議題は「核兵器の国際管理」であり、国連原子力委員会が設けられた。ところが、核の秘密を独占したい米国によって、3年後に協議は失敗に終わった。そこから核の拡散が始まり、現在の危機的状況を招いてしまった。
東京地裁での原爆裁判は63年に、「米国の原爆攻撃は国際法に違反する」との判決を出しました。
原爆を開発したオッペンハイマーを描いた映画『オッペンハイマー』が2023年夏世界で公開された。広島での公開は昨年3月。日本での公開の遅れは広島・長崎で非人道的兵器である原爆を使ったことに、米国が後ろめたさを感じ、広島や長崎の怒りと反核の叫びを抑え込みたいと考えていたように思う。
反核の声の無力化策動
広島の反核の声を無力化しようとする動きが顕著になったのは2016年5月、米国の現職大統領であるオバマ氏の広島訪問ころです。米国内で、広島でオバマが謝罪させられるのではないかとの懸念の声が上がった。オバマ訪問を希望する日本政府と広島市は、「謝罪を求めない」と表明した。生き残った者が、死者の気持ちを差し置いて「原爆を許す」などと言ってはならない、と私は思った。
案の定、平和記念公園でオバマは「71年前、死が空から降り落ち、世界は変わった」とスピーチし、原爆投下の責任には一言も触れなかった。原爆は自然現象ではない。明らかに人間が行った残虐行為である。破壊力はもとより、放射線による後遺症は、戦争が終わっても今日まで続いている極めて非人道的な兵器なのである。
しかし、オバマのスピーチを広島市民は黙って聞いていた。そしてオバマが被爆者と抱き合う写真は世界に拡散された。米国は広島市民の反応を見て、安堵し、「和解」できたと思ったかもしれない。
追随した岸田首相と広島市
2023年のG7広島サミットで発表された「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」は核抑止力を正当化した。「核のない世界」の実現が政治的使命だと言っていた広島1区選出の岸田首相は、「核抑止」を認めてしまった。さらに昨年7月、日米で核の使用を前提とした「拡大抑止」を言明した。核廃絶を願う広島の願いは踏みにじられた。岸田氏に激しい怒りを覚えます。
原爆攻撃を正当化したい米国政府は昨年春、突然、平和記念公園とパールハーバー国立記念公園との姉妹公園協定の締結を持ちかけてきた。市民や議会への説明がないまま、松井市長は米国大使館へ赴き、調印した。まさに前代未聞の出来事である。パールハーバー国立公園は「戦勝記念公園」なんです。平和公園は戦争を否定する公園。この協定は原爆攻撃と真珠湾奇襲の問題を相殺しようとするもので、原爆攻撃の責任を免れようとする米国の狙いは明らかです。
アジアへの加害責任
今年は被爆80年、戦後80年です。
米中の対立が激しくなる中、安倍政権以降、米国従属で中国を敵視する姿勢が強まった。岸田政権は党内基盤が弱いこともあり、なりふり構わず米国にすり寄った。2022年12月、安保3文書を閣議決定し、軍事予算の倍増(5年で43兆円)を決定した。
敵基地攻撃能力の保有を明らかにして、専守防衛を投げ捨て九州・沖縄・南西諸島に次々とミサイルを配備しています。
朝鮮や中国などアジアの国々に対して、日本は加害責任があります。中国はじめアジアでの犠牲者は数千万人、日本人も300万人出ています。二度と戦争を繰り返さないために、日本の戦争責任を認め、謝罪すべきです。今もってきちんと謝罪したのか曖昧だと思います。
アメリカによる広島や長崎の被爆、沖縄の地上戦、各地の大空襲被害などは日本にとっては被害者側です。しかし、アジアに対しては明確な加害側です。日本の加害責任と被害の問題、間違ったことを認めることはつらいことですが、歴史を学ぶことで平和な世界をつくっていくことだと思います。
戦後70年の「安倍談話」では、日本の行為を侵略と明言せず、戦後50年の「村山談話」(村山内閣総理大臣談話)より後退させました。今年、80年に際して「談話」が重要ですが、すでに出さないみたいなことになっていて大変残念です。
核抑止論は幻想、むしろ危険をあおる
いま、逆に「非核三原則」を無視する「核抑止論」、「専守防衛」を否定する敵基地攻撃などに踏み出しています。
アジアの国々は、過去の経験から日本が戦争する国になったと見ているのではないか。日本が、とくに政治家がなぜそのことに気づかないのか。やっぱり日本は独自の外交をきちっとやらなきゃいけないですよ。日本はアジアに対して戦争を起こしてきた歴史に学び、絶対にアジアで戦争を起こしてはいけない。
相手に脅威を与えないことが一番の外交です。ところが中国や北朝鮮をにらんで軍備増強をしてきた。「台湾は中国の内政問題」だと日中国交正常化の共同声明でも1978年の平和友好条約で確認してきた。にもかかわらず「台湾有事」だと騒ぎ、国民も脅威だと思っている、踊らされています。九州から沖縄、南西諸島にはミサイルがどんどん配備されています。沖縄は非常に危険です。偶発的な軍事衝突の危険性も高まっています。
しかも、アメリカに頼れなくなったということで、日本の核武装論すら一部に強まっています。
しかし、広島・長崎の経験からも核兵器は絶対に使ってはなりません。地球は破滅、人類は滅びます。核武装しても国民の命は守れません。武力では守れません。
核抑止は幻想です。仮に日本を守るために核を使えば報復で日本が核でやられます。核抑止では平和は守れません。
戦争になれば犠牲者は昔の比ではない。戦争の悲惨さを日本人は忘れつつある。絶対に戦争を起こしてはいけない、そのための外交努力が大事です。とりわけ北東アジア諸国と日頃から仲良くする、友好関係をつくることが一番です。
国際社会は変わった、平和外交でアジアと仲良く
いま国際秩序が大きく変わりつつあります。欧米中心では世界をコントロールできなくなってきました。BRICSやグローバルサウスの国々が、経済、人口、資源などでもG7「先進国」に比べてまさってきました。
米国は経済力などで中国に追いつかれそうになっているので覇権を維持しようと、台湾問題などを口実に日本を前面に立てて中国と争わせようとしています。日本と中国を争わせて漁夫の利を得ようとしています。
戦後の日本の政治経済外交は米国頼りでやってきました。日本が独自にどうするか、思考停止状態が長く続いてきました。しかし、トランプ政権のような米国に従っていたら日本は破滅です。日本独自の平和外交を展開すべき時です。
核兵器の開発、使用や威嚇などを禁止する「核兵器禁止条約」。唯一の被爆国である日本は、米国の核抑止(核の傘)を理由に批准していません。第3回締約国会議が今年3月あったが、日本政府はオブザーバー参加すらしていない。米国に頼って政治権力を維持していこうという誤った考え方です。
過去の経験からも戦争をしてはなりませんし、実際に日本は戦争ができない国です。食料自給率38%、エネルギーもない、さらに50基以上の原発を海岸に並べた日本が戦争できるはずがない。敵基地攻撃などと勇ましいことを言っても、原発が攻撃されれば日本は破滅です。
日本は戦争できない国だということを認識したうえで、どう平和をつくっていくかを考えるべきです。核抑止論では平和は守れません。
日本は再び加害者に
ならない
近隣諸国との緊張関係を緩和し、仲良くしていくしかないんです。中国と仲良くすべきです。
北朝鮮とは、いまだに国交正常化が実現していません。日朝国交正常化を約束した2002年の日朝平壌宣言に戻って努力すべきです。
アジアの国は日本による戦争での被害を覚えています。日本が軍備増強すれば、反発するのは当たり前だ。被害を受けた国がどう思っているか、相手の立場になって考える必要があります。
日本が先頭になって中国、朝鮮半島、ロシアも含めた北東アジアの平和のために努力するべきです。北東アジア自治体連合(本誌11ページ下段、羽場久美子さん発言参照)があります。日本から日本海側を中心に14自治体が加わっています。広島もここに加わって平和のために積極的な提言していくべきではないかと思います。
国の政治家だけに頼るのではなく、私たち国民、民間がやれることがあると思います。国際政治を動かすのは国だけではない。核兵器禁止条約や対人地雷禁止条約ができたのも民間、民衆の力です。民衆の力で世論を作り国を動かす、そういう時代だと思います。自治体や民衆が中心になって政治を動かしていく立場に立つべきではないかと思います。
ひろおか・たかし 1927年生まれ。中国新聞の編集局長などを経て広島市長を1991年から2期8年務める。(文責編集部)