農業すなわち食料を守れない国に未来はない
吉賀町農政会議会長 斎藤 一栄さんに聞く
(昨年12月18日、島根県吉賀町で農民が、「米価UP」「自給率UP」などと掲げて町内をトラクターデモした。編集部は運動を呼びかけた同町農政会議の斎藤一栄会長にお話をうかがった。見出しも含め文責編集部)
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吉賀町は島根県の南東部にあり、北に津和野町、南側が山口県の山口市や岩国市などと接している典型的な中山間地です。標高も高く、日本海の益田市に流れる高津川は支流も含めて300キロメートルあり、ダムもなく水が豊富で水質では日本一の清流です。棚田百選の一つ「大井谷の棚田」もあり、古くからおいしいコメがとれる地域です。
町の人口は6000人弱、農業法人は10ぐらいあります。中山間地ですから規模の大きい法人でも30ヘクタールくらい。
吉賀町でも兼業農家が多く高齢化もあり耕せなくなって、やむなく耕作放棄地が増えつつあります。中山間地直接支払などを活用し、地域で助け合ってやってきましたが、支えきれなくなりつつあります。特に水、水路の管理が大変です。中山間地の水路は複雑で長く、草や土砂などの掃除、大雨の後処理など、水田にとって重要な水の管理には人手がかかります。
さらに山間部ですから鳥獣被害もあります。この地域は猿とイノシシの被害が多く、最近、猿がすごく増えました。
中山間地を守る、
行動する農政会議に
農業を取り巻く環境は厳しく、中山間地の農業がダメになったら、間違いなく平地の農業もダメになると危機感をもっています。農政会議は農協の政治団体で、島根県には11の農政会議があります。中山間地を守ろうと、「行動する農政会議」を目標に掲げ、今回の行動は1年以上前からいろいろと話し合ってきました。
全国から4000人が武道館に集まって、国会議員にも来てもらって「エイ、エイ、オー」と気勢を上げただけでは効果が少ない。町や村でみんなが立ち上がる必要があります。壁の外に出て、消費者・国民に訴える、行動する必要があるのではないかと、7月ころから呼びかけを始めました。
「趣意書」を持ってトラクターがある家を一軒ずつ回りました。トラクターデモをやりたいと話したら読まずに、「分かった協力する」と、本当にうれしかったです。3日間で決まりましたが、東西20キロ、南北20キロ近くある山間部で、出発場所の農協の集荷場までトラクターを集めるのに1日半かかりました。
パレード当日の12月18日、出発場所から山の方を回って、町中を通って、保育園の前を通って、終点の町役場まで3キロをトラクター22台、軽トラ4台でパレード。町役場で声明文を読み上げ、町長に手渡しました。
保育園の前では、園児たちが野菜の絵などを描いた手作りの旗を持って歓迎してくれました。事前に知らせてありましたが、大歓迎で本当にうれしかったです。授業中の小学校や中学校には知らせていませんでしたが、生徒たちが窓際に集まって「がんばれ」と、びっくりしました。また寒い中でしたが住民の人もあちこちで出てきて、本当励みになりました。
食料は国民の命の問題だ
国消国産による自給率アップ、増え続ける耕作放棄地の解消、早急な少子高齢化対策、農地の多面的機能の回復、農畜産物価格への資材費等の転嫁など、農業者に寄り添った農政を掲げました。
吉賀町もそうですが、日本の農業は中山間地が多いです。石破首相が言われるサステナブルな農業(持続可能な農業)、私はまずは中山間地からだと思っています。「平地の大規模農業」だけでは持続可能な農業になりません。
「日本は人口が減るので平地の大規模だけで大丈夫」という意見があるようですが、現状では食料が余るほど急激に人口が減ることはありません。平地の大規模農業でも担い手の高齢化、人数の減少で、あと何年もつかという話を聞いています。このままだと、農業者の減少スピードが速い。だから、農業者に寄り添う農政を急いでほしい。
私たちは、中山間地域で農畜産業を営む農業者として、国民の食を支えているという自負心があります。肥料や飼料、燃料などの高騰の一方で農畜産物価格の低迷が続き、1年間やってもわずかな収入、赤字続きでは農業は継続できません。
ウクライナや中東での戦争もあり、食料は輸入すればいいという時代は終わったと思います。食料自給率38%は異常です。食料は国民の命の問題だという意識が大事だと思います。
フランスやドイツなどでは、農民が高速道路を何千台のトラクターで止めて農業政策を要求する。そういう行動をフランス国民は支持する。自給率100%以上という自負心と国民の命を守っているという理解があるからだと思います。
国民の命を守る農業を
財政で支えるのは当然だ
私たちも見習いたい。農業は国民の命を守っている第一次産業だという自覚を、消費者も含めて持つことが必要だと思います。放っておくと消費者と生産者が対立します。対立させないようにするのが国の役割です。例えば、農業者はコメを作っても米価が安すぎてとても農業が継続できない、後継者も出てこない。一方、昨年夏以降コメの不足、価格が上がって消費者が困った。貧困も広がっていますから。
新自由主義というか、今の市場原理任せでは、大手の流通業者が買い占めなどして甘い汁を吸う。戦後の日本は、食料は輸入すればいいと国内農業の支援をしてこなかった。結果、農業で生活できず後継者もいない、国民の命を守れない自給率38%になってしまった。
農業者が農業を継続できる米価、消費者が安心して買える米価、この差を財政的に支える政策が国の役割です。そのために国のお金をつぎ込むのは当然だと思います。昔の食管制度――生産者米価と消費者米価、その差額を国は負担する――の考え方は必要だと思います。仕組みをどうするかは別にして、コメなどの基礎的な食料については、そういう政策にすべきです。
たとえ武器弾薬をため込んでも食料がなければ国民を守ることはできず、農業すなわち食料を守れない国に未来はありません。もちろん戦争はあってはなりませんが。
全国のうねりにしたい
今回の行動は小さな一歩かもしれませんが、やがては国会をむしろ旗で包囲、銀座4丁目でパレードをしたいと思っています。元農水大臣の山田正彦さんから3月に東京で行動を起こしたいと呼びかけられました。そういう行動が計画され、実行されることは本当にうれしいことです。
ただ私たちはすぐには大きなことはできない。今年は島根県内で、それぞれの農政会議が、できれば同じ日、統一行動日を決めて、トラクターパレードをやりたいと思っています。そして全国にのろしを上げたい。そしてできるだけ早く、「国会をむしろ旗で包囲」「銀座4丁目でパレード」して政府と消費者の方々に訴えたいと思っています。