主張 ■ 歴史の反省を踏まえなくてはならない(下)

日中国交正常化から52年 激変の世界

「対米自立、アジアの共生」こそめざす国家像

『日本の進路』編集部

 日ごとに困難さを増す国民生活、米中対立激化で戦争の危険が高まる東アジアで、わが国の進路が厳しく問われている。
 9月には自民党の総裁選と立憲民主党の代表選があるが、これは単なる党内行事、権力闘争ではあるまい。政権与党とそれに対抗する野党第一党の基本政策=国家ビジョンが争われてしかるべきだ。そう期待したい。
 いまや世界の経済や政治は、米国を中心としたG7と言われる大国支配から、中国をはじめとするグローバルサウスが主導する世界に劇的に変わっている。
 米中対立が激しくなる中で、日本は大国となった中国とどう向き合うのかが、いま問われている。米国に追随して中国と敵対する道ではなく、日中関係をさらに前へ進めることこそ、日本の国益と東アジアの平和に貢献する道である。

勇気ある政治家に期待する

 かつての指導者たちは国益を懸けて、国の進路を切り開いてきた。1972年9月27日、北京でわが国の田中角栄総理大臣と中国の周恩来総理が共同声明に調印し、両国は国交を正常化した。
 両国とも当時、国交正常化への国内事情は厳しいものだった。日本では、アメリカに押しつけられた台湾との「国交」関係維持勢力が多数派だった。田中総理と大平正芳外相は文字通り命懸けで北京を訪れ、帰国して自民党両院議員総会で土下座しなくてはならなかった。
 中国の国民感情はもっと厳しかった。日本軍の侵略によって3500万人ともいわれる人々が殺害され、国土は荒廃した。日本への憎しみは筆舌に尽くしがたく「国交など論外」という感情は当然だった。その中で周総理は「田中首相訪中受け入れに関する宣伝要項」を全国に発出し、「侵略戦争は日本軍国主義者が起こしたのであって、日本人民もその犠牲者である」と、党内にとどまらない国民的な集中学習を行った。こうして9月25日の田中首相の北京到着にこぎ着けたのである。
 交渉の過程もきわめて厳しいものとなった。台湾の帰属は最大の難関だったが、最終的にわが国は「一つの中国」を認めることで合意に至り、歴史的な共同声明調印となった。周首相は「己の欲せざるところを人に施すなかれ」と戦争賠償も放棄し、対日外交を一貫して進めた。
 こうした歴史を振り返る時、日本の現状は悲しいばかりだ。
 しかし動かぬものはない。この7月、久しぶりに与野党の指導的国会議員のいくつかの団が、さらに日中議連(二階俊博会長)の代表団も8月末に中国を訪問した。自民党、公明党にも野党にも勇気ある政治家がいる。この人びとの決意と努力を高く評価し、続く政治家がさらに多数となることを期待したい。政治家を含む国民間の交流、相互理解が国家間関係の基礎である。その上に政府が動くことを期待する。
 読売新聞報道によると中国政府は、自国漁船の「(日本側が)敏感な海域(尖閣海域)での操業」を禁じたという。日本政府が応える番である。

「一つの中国」を認めない外務省

 ところが岸田政権は中国敵視をいちだんと強めた。前号の「主張」でも取り上げたが、中国敵視の日米合同大軍事演習が毎日のように行われていて、この秋も続く。しかし、このことはマスコミではほとんど報道されない。不測の事態が起きないのが不思議なほどの緊張した事態となっている。
 さらに驚くのは外務省が、「一つの中国」を公式に否定する動きを示したことだ。7月26日の日中外相会談での上川外相発言を、「中国側が改ざんして発表した」と中国に抗議したのである。中国が「(上川外相は)一つの中国を堅持する立場はなんら変わらないと発言した」と発表したことが「改ざん」だというのだ。
 外務省は「わが国の台湾に関する立場は日中共同声明にある通りであり、この立場に変更はない」としている。何が違うのだろうか。外務省は共同声明で台湾を自国の一部であると主張する中国の立場を「十分に理解し、尊重する」と述べただけで、解釈の余地を残した合意だったと主張したいのである。
 しかし「一つの中国」はいささかの曖昧さも許されない両国の合意である。そうでないとするとどうして日中国交正常化と同時に、台湾(「中華民国」)との「国交関係を終了」(大平外相記者会見表明)したのか。また、共同声明の「ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する」(日本は台湾を中国に返還すると確認したもの)は日本側の提案で加えた。
 「中国は実効支配していないから台湾は中国の一部ではないという余地を残した」といった見解は当時からある。では、わが国が実効支配していないから北方領土はわが国領土ではないのか。
 詭弁で「一つの中国」原則をねじ曲げることはできない。

政府も国会議員も
厳守すべき

 日中両国は国交正常化以来、条約や協定、宣言などで関係を強化してきた。1998年、小渕恵三総理が江沢民国家主席の訪日時に取り交わした「日中共同宣言」では「改めて中国は一つであるとの認識を表明する。日本は、引き続き台湾と民間及び地域的な往来を維持する」と約束した。
 台湾との関係は「民間及び地域的な往来」に限定されているのだ。それにもかかわらず最近、堂々と「総統就任式」なる儀式に「国権の最高機関」たる国会の、三十数人の議員が出席した。有力国会議員の訪問も相次ぐ。
 与野党国会議員に問わなくてはならない。これは「締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守すること」を確認した憲法第98条、「国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員に憲法を尊重し擁護する義務」を負わせた憲法99条に違反する行為ではないか。
 さらに驚くのは、れっきとした政府機関である海上保安庁が台湾の「公式機関」海巡署(海保に相当)と7月18日、合同訓練を実施したことである。海上保安庁は公然と日中間の合意を無視したのである。許されない暴挙だ。しかも、問題はこれへの抗議が日本ではほとんど聞かれないことである。

与那国住民の呼びかけに応えよう

 日中の貿易総額(輸出入合計)は2023年、42兆円を超え、日本の総貿易額の20%を占めた。2位の米国(15%)を凌ぐ。いまや日中の経済関係は国民生活の基礎を支えるライフラインともいえる。
 もし不測の事態で経済交流が途絶えたらどうなるのか。オイルルートとして南シナ海の重要性がよく言われるが、それはまだ迂回が可能だ。だが、日中経済関係に迂回路はない。平和と安定以外にないのである。
 しかも軍事衝突になれば、沖縄・南西諸島だけでなく日本全土が攻撃対象となる。在日米軍基地は全国に存在し、「有事」になれば全国の民間空港や港湾も日米の軍事利用の対象だ。
 わが国は歴史の反省に立って、激変する世界で対米自立を遂げ、アジアと共に平和に生きる道を選ぶべきだ。東アジアの国境を越えた気候危機対策、日中韓の共通課題としての少子高齢対策などで協力が進めば、未来への希望となる。
 日本の最西端、台湾を臨む与那国島の住民有志は島内外に呼びかけている。「共同声明を含む日中政府間基本4文書に深く学び、両国間のすべての紛争を平和的手段で解決しよう」と。この呼びかけを全国はしっかりと受け止めようではないか。