角田義一代表世話人の死を悼む 日中平和友好

角田義一さんは日中両国の平和友好関係の発展のため奮闘された

 角田義一さんは参議院副議長として2005年11月、中国を公式訪問。参議院と中華人民共和国全国人民代表大会(国会)との定期交流を合意した。角田さんは、地元紙「上毛新聞」の18年の連載で次のように語っている。

 05年11月、この年の外遊先に、私は中国を選んだ。前年の韓国と同様、当時の日中関係は冷え切っており、日本政府や立法府の高官はなかなか訪中できずにいた時期だった。
 全人代の呉邦国常務委員長と会談し、参議院と全人代の相互交流を提案。同氏の快諾を得て、現在もそれが引き継がれている。そして日中両国に横たわる根源的な問題について、次のように考えを述べた。
 かつて周恩来総理は日中共同声明を発するに際し、日本に対する損害賠償を放棄した。その理由は、先の日中戦争は日本の軍国主義者が起こしたものであり、中国人民は筆舌に尽くしがたい苦痛を被ったが、日本人民もまた犠牲者だったという深い認識があったからだ。しかし損害賠償を請求するとなれば、さらに日本の人々を苦しめることになる。われわれ日本人は周総理が恨みの連鎖を断つために、中国国内で10年をかけて対日賠償放棄を説得したことを忘れてはならない。
 A級戦犯が合祀される靖国を、小泉純一郎総理(当時)が参拝することに対する中国人民の思いに対し、最大限の理解を示した発言だった。ただ、私はこの時、周氏の話はしたが、小泉総理の靖国参拝についてはひと言も触れなかった。信念として、海外で自国の総理を批判する愚は絶対に犯してはならないと考えているからだ。韓国でも中国でも、小泉総理に対する批判的な発言は一切していない。
 訪中時には、当時の駐日大使で現在外相を務める王毅氏と緊密にやりとりした。当時の遼寧省党委員会書記で現在は総理の李克強氏とも会談し、晩餐会にも招かれた。両国友好のために意義深い訪中となった。


中国国際交流協会秘書局

 自主・平和・民主のための広範な国民連合の皆様
 貴組織の代表世話人であられた角田義一先生がお亡くなりになったことを知り驚きを禁じ得ず、ここに謹んで深い哀悼の辞をささげるとともに、角田先生のご遺族に心からのお見舞いを申し上げます。
 角田先生は自主・平和・民主のための広範な国民連合の代表世話人を担われて以来、中日民間交流を積極的に支持され、両国関係の発展と東アジアの平和協力を創出するために積極的な貢献をなさいました。
 中国国際交流協会は貴組織と共に、新時代の要求に合致する建設的かつ安定的な中日関係を構築し、地域と世界の平和を促進し、発展させるために尽力します。
 角田先生、とこしえに!

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華語シンクタンク

 尊敬する角田義一先生のご家族、広範な国民連合の皆様
 広範な国民連合代表世話人、日本国参議院元副議長の角田義一様の逝去を承り、華語シンクタンクの同僚全体から深い哀悼の意を表させていただきます!
 角田義一様は何度も中国を訪問されたこともあり、長期にわたって中日友好に尽力され、中日関係の発展に対して多く貴重な提案と展望も提出されました。角田先生がご高齢の下でも国民の福祉を心に抱いて中日平和を願っていらしたことは、私たちは敬慕と感動に堪えません。
 先生が今年1月に「日本の進路」の新年あいさつに掲げられた「日中再び戦わず」の呼びかけはまだ耳に残っており、今突然病気で逝去され、私たちはとても残念で悲しんでおります!
 角田先生は私たちを離れられましたが、先生の思想は永遠に私たちの進路を導いてくださるでしょう。角田先生の政治理念と主張を実現するために共に奮闘してまいりましょう!