食料安全保障推進は喫緊の課題 鈴木 宣弘

日本の食料・農業危機の深層と日本社会崩壊の足音

東京大学大学院教授 鈴木 宣弘

 ロシアがウクライナの穀物積み出し港の攻撃を7月に再開し、インドは世界の輸出の4割を占めるコメの輸出の多くを7月から停止した。紛争に備えて中国は人口14億人が1年半食べられるだけの穀物を備蓄するために買い占めているという(一方、日本の穀物備蓄能力は1・5~2カ月だ。この点でもまったく危機への備えに雲泥の差がある)。さらに、イスラエル・パレスチナ紛争も勃発した。国際情勢はさらに悪化している。


 海外から食料や生産資材の輸入が滞りつつある危機が増幅している今、飼料に加えて、種と肥料も考慮して、直近の農水省データから実質的自給率を試算すると、2022年の日本の食料自給率(カロリーベース)は37・6%だが、実質はもっと低い。野菜で考えると如実にわかる。野菜の自給率80%と言うが、その種は9割が海外の畑で種採りされているから種が止まれば自給率は8%になってしまう。化学肥料原料はほぼ全てを輸入に頼っている。肥料が止まれば収量は半減してしまう。

食料自給率が低下した
本当の理由

 日本の食料自給率がこのように低くなり、食料危機に耐えられるのか、日本の食料安全保障は大丈夫なのか、という事態になった背景には米国の政策がある。わが国は、米国の占領・洗脳政策の下、米国からの要請をGATT、WTO、FTAなどを通じて受け入れ続けてきた。
 畳みかける農産物関税削減・撤廃と国内農業保護の削減にさらされ、農業を弱体化し、食生活「改善」の名目で「改変」させられ、戦後の米国の余剰農産物の処分場として、グローバル穀物メジャーなどが利益を得るレールの上に乗せられ、食料自給率を低下させてきた。
 米国農産物輸入の増大と食生活誘導により日本人は米国の食料への「依存症」になった。そうなると米国の農産物の安全性に懸念がある場合にも、それを拒否できないという形で、量的な安全保障を握られると同時に質的な安全保障も握られる状況になった。
 「規制撤廃、貿易自由化を徹底すれば、皆が幸せになれる」という「市場原理主義」は、皆を守るルールを破壊し、日米の政権と結びついた一部のグローバル企業などが利益を集中するのに貢献し、日本や多くの途上国で、貧困、格差の拡大と食料自給率の低下を招いた。
 米国のもう一つの洗脳政策は、日本の若者をどんどん米国に呼んで市場原理主義経済学を徹底的に教えて帰国させ、いわゆる「シカゴ・ボーイズ」を増殖させ、放っておいても米国が儲かるように日本人が自ら動く社会をつくろうとしたことである。

「食料は買えばよい」
という日本の経済政策

 日本側も、米国の利益にしっかりと応えるように農産物の関税撤廃をお土産、「いけにえ」として米国に差し出し、その代わり日本は自動車などの輸出で利益を得ていこうとした。そうすれば経済産業省の方は自分の天下り先も得られるという側面がある。「食料など金を出せば買えるのだ。それが食料安全保障だ」という流れが日本の経済政策の主流になった。
 もう一つは財務省だ。米国の要請に呼応するかのように、信じられないくらい食料と農業のための予算を減らしている。農水予算は1970年には1兆円で防衛予算の2倍近くあったが、50年余たってもまだ2兆円だ。再生エネ電気買取制度による2022年度の買取総額は4・2兆円で、これだけで農水省予算の2倍である。安全保障の要は、軍事、食料、エネルギーと米国などでは言うが、なぜ、その要の中でも一番の要の食料だけがこんなにないがしろにされてきたのか。
 さらには、欧米に比べて食料・農業・農村への共感が日本人に希薄だとされるが、その主因の一つは、日本の歴史教科書から食料難の経験や農業・農村の重要性に関する記述がどんどん消されていったことにある。こうした一連の流れは、日本農業を当然苦しくする。食料の輸入が増え、自給率が下がり、食料危機に耐えられない構造が形成された。

武器とコオロギだけでは生き延びられない

 そこに、世界的な食料危機が起きた。世界の人口は増えていき、食料不足が大きな課題となっている。
 日本の食料とその生産資材の輸入途絶のリスクが高まっている。「お金を出せば輸入できる」のが当たり前でなくなり、肥料、飼料、燃料などの暴騰にもかかわらず農産物の販売価格は上がらず、農家は赤字にあえぎ、廃業が激増している。
 国民の命を守るには国内の食料生産を増強する抜本的な対策が必要と思われるが、逆に、コメ作るな、牛乳搾るな、牛処分しろ、ついには生乳廃棄で、「セルフ兵糧攻め」のようなことをやっていては、本当に「農業消滅」が急速に進み、不測の事態に国民は餓死しかねない。
 一方で、増税してでも防衛費は5年で43兆円に増やし、経済制裁の強化とともに、敵基地攻撃能力を強化して攻めていくかのような議論が勇ましく行われている。欧米諸国と違って、食料自給率が極端に低い日本が経済制裁強化だと叫んだ途端に、自らを「兵糧攻め」にさらすことになり、戦う前に飢え死にさせられてしまう。戦ってはならないが、戦うことさえできない。
 さらには、SDGsを「悪用」して、水田のメタンや牛のゲップが地球温暖化の「主犯」とされ、まともな食料生産の苦境を放置したまま、昆虫食や培養肉や人工卵の機運が醸成されつつある。しかも学校給食でコオロギが出されたり、パウダーにしたりして知らぬ間にさまざまな食品に混ぜられようとしている。
 イナゴの食習慣は古くからあるが、避妊薬にもなるようなコオロギで子供たちを「実験台」にしてはならない。戦後の米国の占領・洗脳政策による学校給食や今年からのゲノム編集トマト苗の全国の小学校への無償配布と同じように子供たちを「実験台」にした拡散戦略を繰り返してはならない。
 まともな食料生産振興のための支援予算は長年減らされ、トマホークなどの大量購入と昆虫食などの推進が叫ばれている。コメを減産し、乳牛を処分し、牛乳を廃棄し、不測の事態には、トマホークとコオロギをかじって生き延びることができるのか、今こそ考えなくてはならない。

日本で最初に飢えるのは東京(大都市圏)

 「いや、自給率223%の北海道などが頑張ってくれていれば、都市部の消費者も大丈夫だ」と吞気なことを考えていたら大変である。今年は「日本の台所」北海道も猛暑で、さまざまな農畜産物が減産した。こうした気象災害の頻度は高まっている。
 「異常」の頻度が高まり、何十年に一度が数年に一度と「通常」化しつつあることが懸念を増幅させている。
 なにせ東京の自給率は四捨五入すると0%(0・49%)である。北海道の国内シェアは、小麦65%、大豆41%、じゃがいも80%、たまねぎ62%、かぼちゃ41%、スイートコーン38%、牛乳56%などと極めて大きい。
 この意味するところは重大である。ウクライナ紛争、中国の大量買い付け、世界的な異常気象の頻発(通常気象化)による不作などで、輸出規制も起こり、海外からいつでも安く食料を調達することが難しくなってきている。そういうなかで、国内の食料の多くを依存している北海道の生産が減少したら、日本の消費者、特に、自給率ゼロの東京などの住民は食料不足で、飢えかねないリスクが高まっているということだ。
 酪農家は飼料、燃料などの価格高騰で赤字に苦しみ、さらに、追い打ちをかけるように、猛暑で、少なくとも1割、多いと3割、平均的には2割前後も乳量が減って、赤字が膨らんでいる。酪農家の販売乳価がなかなか上がらず、乳価上昇は赤字解消にとても追いついていないところに、さらに赤字幅が拡大する事態になってきた。
 北海道の牛乳生産は全国の6割近くを占め、都府県でも猛暑で減産が続いている。全国的な牛乳不足が顕在化してくる可能性がある。しかも、牛乳は過剰だとの短絡的判断で、乳牛を全国で4万頭も処分するのを奨励する政策をやってしまった直後だ。子牛が生まれて乳が搾れるようになるまでには、3年近くかかるので、増産は間に合わない。さらに、赤字で廃業する酪農家も増えてしまうと、年末にかけて再びバターが足りない、といった事態も起こりうる。
 コメについても、猛暑で、北海道のみならず、主産地の新潟や東北各県でも作柄は良くない。すでに、肥料や燃料などの高騰で所得がゼロ、つまり、自身の労働報酬がなく、ただ働き状態の稲作経営が大半を占めている。コメの取引価格は上がる見込みがあるが、一気に赤字が解消し、将来的に増産が進められる状況ではない。
 海外からの物流が滞るリスクが高まっているなか、頼りの主産地が、コスト高で苦しみ、気象災害のダブルパンチで減産すれば、まず、最初に食べられなくなるのは都市圏の消費者である。終戦後の「買い出し」を経験した方は少ないだろうが、よく思い出す必要がある。

日本社会崩壊の道~陰謀論でなく陰謀そのもの

 グローバル種子・農薬企業やIT大手企業がもくろんでいる、もう一つの農業モデルは、今いる農家を追い出して、ドローンとセンサーを張り巡らせて自動制御して、儲かる農業モデルをつくって投資家に売るのだという見方もある。実際、ビル・ゲイツさんは米国の農場を買い占めて、米国一の農場主になっている。2022年の世界食料サミットでこういう農業を広めていくためのキックオフにしようとしたという事実もあり、絵空事ではない。
 彼らは、まともな農業の代わりに、次の儲けのために、コオロギなどだけでなく、もう一つは、このような無人農場を考えているのかと言うと、陰謀論だと言う人がいる。しかし、日本が国策として推進するとしているフードテック(「Food」と「Technology」を組み合わせた造語。最新技術を用いて、食に関する課題解決や新たな食の可能性を広げると言われる)というものの中身を見ると愕然とする。
 その論理は、温室効果ガスの排出を減らすためのカーボンニュートラルの目標を達成する必要があるが、今の農業・食料産業が最大の排出源(全体の31%)なので、遺伝子操作技術なども駆使した代替的食料生産が必要である。それは、人工肉、培養肉、昆虫食、陸上養殖、植物工場、無人農場(AIが搭載された機械で無人でできる農場経営)などと例示されている。温室効果ガス排出の多さから各たんぱく質を評価すると、最も多い牛に比べて豚は約3分の1、鶏は約5分の1、昆虫食では鶏よりもさらに少量だとの解説もある。
 今の農業・畜産の経営方式が温室効果ガスを排出しやすいというのであれば、まず、環境に優しく、自然の摂理に従った生産方法を取り入れていくことを目標とするというならわかる。だが、それをすっ飛ばして、さらに、問題を悪化させるようなコオロギや無人農場に話をつなげているところの誤謬に気づく必要がある。
 日本はフードテック投資が世界に大幅な後れを取っているので、国を挙げた取り組みの必要性が力説されている。だが、「今だけ、金だけ、自分だけ」の企業の次のビジネスの視点だけだ。陰謀論だと言う人がいるが、フードテック解説には、そのとおり書いてある。陰謀論でなく、陰謀そのものなのである。
 こんなことを続けたら、IT大手企業らが構想しているような無人の巨大なデジタル農業がポツリと残ったとしても、日本の多くの農漁村地域が原野に戻り、地域社会と文化も消え、食料自給率はさらに低下し、不測の事態には、超過密化した東京などの拠点都市で餓死者が出て、疫病が蔓延するような歪な国になることは必定である。
 「市場原理主義」(貿易が止まったときに命を守る安全保障のコストが考慮されていない)では、いざというときに国民の命は守れないことも明白になったのではないか。日本の多くの農山漁村が原野に戻り、地域社会と文化も消え、食料自給率はさらに低下し、不測の事態には超過密化した拠点都市で疫病が蔓延し、餓死者が続出するような歪な国に突き進むのか。今が正念場である。

日本国民を守る道

 さらに、食品表示をなくして、何でも食べさせようという動きも強まっている。遺伝子組み換えでない表示は実質できなくなった。ゲノム編集の表示は最初からない。なんと無添加の表示も厳密でないからやるなと。コオロギのパウダーが入っているかどうかも表示されない。まさに、わからないようにして何でも食べろという話だ。
 米国でも同じことが進められた。しかし、米国の消費者は負けなかった。大丈夫だと。私たちの周りにはホンモノを作ってくれている生産者がいる。その生産者と信頼のネットワークをつくって安全、安心を確かめながら食べていけば、表示なんかなくたって命は守れるし、頑張っている生産者も支えられると。この信頼のネットワークの広がりによって、遺伝子組み換えの牛成長ホルモンで儲けが減ったモンサント社は、そのホルモンの権利を売却するまで追い込まれた。
 だから、国が動かなくとも、私たちは私たちの力で、日本社会が古来もっている地域循環的な共同体的な力を発揮して、日本各地で頑張ってくれているホンモノの生産者と消費者の信頼のネットワークを強化すれば、けっして負けることはない。大きな力が私たちの命や社会を蝕もうとしても必ずはねのけることはできる。そうした動きは、すでに全国各地に広がっている。
 農家の平均年齢は70歳近くになっており、あと10年もすれば多くの農村は崩壊する。
 極端に言えば、自分たちで食材を作るしかない。消費者が除草剤や防カビ剤や成長ホルモンなどの残留で命を縮めかねない輸入品は安いのではなく、命を守るには地元の安全・安心な農産物こそが本当は安いのだと気づき、今すぐ国産・地場産にシフトしていけば流れは変えられる。ホンモノが分かる消費者と頑張る地元農家とのネットワーク強化だ。
 特に、都市部の皆さんは、「農業問題は消費者問題」であることを嚙みしめて、自分たちの命を守ってくれている人々への感謝と支え合う行動がもっと必要である。都市部の農業の重要性ももっと認識されなくてはならない。東京や大阪でも頑張ってくれている農家さんがたくさんいる。その農家さんと共に支え合い、さらに都市部で安全でおいしい食料を増産していく消費者と生産者との一体的な取り組みも強化したい。
 例えば、他の仕事をしながら農業にも携わるような「半農」の形態を増やすということも必要だろう。
 農家が地域住民に農作業を教え、耕作放棄地も使って身近な地域で生産から消費までの循環型の仕組みをつくり上げる。そうした意識を国民がもつ必要がある。

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