農業と農村の衰退は農家だけでは解決できない

新しい農業の仕組みや地域再生をめざす

グリーンコープ生活協同組合ふくおか理事長 坂本 寛子

 緑の山に囲まれた青空の下、こうべを垂れ、たわわに実った稲穂が風を受けて揺れている。その一角に、稲の黄金色ではない、深い緑色が目を惹きつける。大人の胸ほどの高さまで成長したサイレージ(飼料)用トウモロコシだ。
 ここは、福岡県田川郡赤村にある圃場。赤村ではグリーンコープの産直生産者たちが、有機栽培や化学合成農薬をできるだけ使わない農法で、トマトやセロリなどを中心にさまざまな野菜を、そしてその土地の名前を冠した「赤村のめぐみ」という米などを生産している。グリーンコープの鳥越ネットワークの生産者たちだ。


「安心・安全な食べものがほしい」に応えて

 グリーンコープは、西日本を中心に展開する16の生協と約43万人の組合員から成るグループだ。安心・安全な商品の開発や、平和・環境・福祉・子育て・その他の支援など、それぞれの地域を豊かにしていきたいとさまざまな事業と活動を組合員が主役となって行っている。40年以上前から組合員と生産者の産直関係を大切にしており、この産直は産地直結、組合員の「安心・安全な食べものがほしい」という願いに生産者が応え、作ってくれたものを組合員が利用するという関係だ。その信頼関係があるからこそ、生産者は安定して農業を続けることができている。
 この産直関係には4つの特徴がある。誰が作っているのか明らかである。どのような方法で栽培しているのかが明らかである。生産者と組合員は産地交流などを頻繁に行い、顔の見える関係をつくっている。そして、生産者の側から見ても産直提携が実感できる。
 鳥越ネットワークは、「地域の生産の核となり、新しい農業の仕組みや地域再生に尽くす」ことをめざし、農業を通して地域の活性化に取り組んでいる。その活動の一つが、地域に広がる耕作放棄地の活用だ。生産者の高齢化や後継者不足などによって耕作されなくなった耕作放棄地を再び農地に戻す取り組みは、2017年から昨年までに約60‌haの土地を開墾し、大豆や小麦の栽培をしてきた。グリーンコープでは、その大豆や小麦を使った商品を開発し、組合員は商品の材料の背景にある物語を感じながら、その食べものをいただくことができている。

産直関係を一歩進める投資

 毎年、北九州地域の組合員がここ赤村での体験田を楽しみにしている。5月に田植えをし、6月には田んぼにいる虫の観察、そして9月には稲刈りを行い収穫できることを生産者と一緒に喜び、自然に感謝する。大人も子どもも楽しみにしている取り組みで、毎年参加希望者が多い。生産者からお米を育てる話や、田んぼにいる小さな生き物の話を聞き、そして田んぼの中に入っていく。冷たさや感触を嫌がる子。足を取られて泥だらけになる子。子どもよりも夢中になって、黙々と進めていく大人。日常では見ることができない表情が、この田んぼでは見ることができる。この体験を通して、自分たちが毎日おいしく食べているお米が、どこで、どんな人が、どんなふうに育ててくれているかを知ることができる。そして、田んぼの稲の上を飛び交っているトンボを見ることで、自然があるからこそ私たちは食べものを口にできるのだと感じられているだろう。
 しかし、グリーンコープの産直青果には課題もある。それは欠配だ。自然相手の生産だからこその厳しさがある。産直生産者との関係は、組合員が望む品質で作っていただく。それをこれからも農業を継続できる価格、市場価格に影響されない固定価格での取引が基本になっている。この品質を維持しながら生産性の向上にも取り組み、一般市場においても遜色のない価格にしていくことで、欠配の解消をめざしていく。
 農業を農民・農業者だけのことと考えずに、これまで続けてきた組合員と生産者の産直関係をさらに一歩進めるように取り組んでいくことを考えていく。生産者が取り組む事業に投資を行い、生産者と連帯して、より生産性の高い農畜産業を実現していくことに踏み出していくつもりだ。

食料の危機と可能性と

 わが国の食料自給率は38%しかない。多くの食べものを海外からの輸入に頼っている。しかし今、世界的な作物の不作や不安定な政治情勢、そして国内の農畜産業の衰退などによって、私たちの食べものの将来が危うくなっている。
 農作物の肥料や畜産物の飼料、生産物の管理や運搬に必要な燃料代などが高騰し、生産者の経営を直撃している。今年は地球沸騰と言われるようになり、温暖化による影響で大雨や夏場の異常高温などが頻発、生産者がこれまで培ってきた経験や技術は全く活用できなくなっている。この状況が続くと廃業を考えざるを得ない生産者が増えていく可能性は否めない状況だ。
 グリーンコープは鶏と卵、養豚の飼料を2008年から少しずつ国産化してきた。22年、国産飼料の価格が輸入飼料の価格を下回っている。今後、国産飼料を増やしていくことで、組合員が望む高い品質の畜産物を、輸入飼料に頼る市販品よりも安く提供できる可能性が出てきている。

農業中心の地域づくり

 さらにこの夏、もう一つ新しい取り組みを始めた。その先駆けとして一緒に取り組んでいるのが、鳥越ネットワークによる飼料用のトウモロコシの栽培。冒頭の景色だ。
 グリーンコープの食べもの運動の象徴である「産直びん牛乳」の母牛の飼料となる。今年度は耕作放棄地2・5haを含む6・8haの土地を活用する予定だが、さらに多くの産直生産者が栽培へ参加を予定しており、数年後には150haほどまで拡大することをめざしている。
 このサイレージ用トウモロコシを作るために新しい機械が必要となる。しかし、生産者にその機械のための資本力があるかというと厳しい。これまでであれば、資本力がないから、新しくチャレンジしたいと思っても生産を諦めるという構造だった。この生産に必要な機械をグリーンコープが投資し、生産者は投資しないで生産を開始し、機械代を飼料作物の価格から返却していくという、これまでにない枠組みをつくることによって実現していきたい。
 そしてさらに、グリーンコープと赤村の鳥越ネットワークとで、農業を中心とした地域づくりにも取り組んでいきたいと考えている。

消費者と生産者が連帯し課題解決

 農業と農村の衰退は農家だけでは解決できない課題だ。消費者と生産者が連帯し、農作物と飼料作物の生産、畜産業、堆肥の循環、農畜産物の加工、都市と農村の人と物の交流によって自然と人間の共生・循環による経済を成立させていきたいと、生産者と一緒に考えている。
 赤村を豊かな地域に再生し、新鮮でおいしく安心して食べられる野菜の産地であると同時に、癒やしの里としても人が訪れる場所にしていきたい。レストランや直売所があれば、この土地で作られた食材を、ここの自然とともに味わえる。さらに里山を整備すれば、春のタケノコ掘り、夏はホタル狩り、秋には栗拾いなど、自然の中で季節を感じられそうだ。観光農園などもと、夢が膨らんでいる。ここは組合員だけの場所ではなく、地域の人の日常であり、遠方からも非日常を体験し、おいしい、楽しいを実感できる場所にしていきたい。
 これからの赤村にワクワクが止まらない。
(見出しは全て編集部)