「台湾有事」は米国の戦争画策
避ける外交の選択肢がない「安保3文書」
参議院議員(会派「沖縄の風」代表) 伊波 洋一
沖縄では1945年の沖縄戦で県民約9万4千人と、県出身軍人・軍属2万8千人の計12万2千人以上の県民が地上戦で亡くなりました。他都道府県出身兵約6万5千人以上、米軍1万2千人以上、全体で20万人以上が亡くなりました。
その後、米軍統治が27年も続いて、県民の土地が強制接収されて広大な米軍基地が造られ、現在も米軍駐留が続いています。
県民が広大な米軍基地の返還を求め続ける中で、日本政府が県民の反対を押し切って、自衛隊基地建設を強行しており、沖縄の各地で自衛隊基地建設に反対する取り組みが続いています。沖縄県民は、強く戦争に反対しています。
基地問題の解決と中国との友好で戦争を避ける
私は、1996年から2003年まで沖縄県議を2期務め、03年から10年まで宜野湾市長を2期務めました。中国との関係では、私が県議会議員の時、大田昌秀知事の福建・沖縄友好会館の建設を県議会で与党県議として支えました。
宜野湾市長の時には05年に厦門市と宜野湾市の友好合作提携10周年記念事業を行いました。私の市長就任の前年から毎年一人の市民留学生を厦門市立鷺江大学(現・厦門理工学院)に人材育成を目的に留学させ、今も続いています。
参議院では、外交防衛委員会、沖縄・北方特別委員会、外交と安全保障に関する調査会などに所属し、活動してきました。
米軍戦略による沖縄の軍事化に反対する基地問題の解決と、日中関係改善に向けた日本政府の取り組みを促すことを中心に関わってきました。「沖縄を二度と戦場にさせない」取り組みです。
日中間には平和への確固たる基礎がある
日中間はこれまで、1972年の日中共同声明と78年の日中平和友好条約に基づき、話し合いと外交交渉を通して、さまざまな困難な問題を解決しています。
日中平和友好条約第一条の2では、「相互の関係において、すべての紛争を平和的手段により解決し及び武力又は武力による威嚇に訴えないことを確認する」と合意しており、お互いに話し合いを継続し続けることが重要です。
私は、今日の日中関係を見るつけ、日本にとって、中国との間で平和友好条約を締結していることは極めて重要だと考えています。
中国は現在、日本の最大の貿易相手国であり、日本の全輸出入貿易総量の26・5%を占め、進出企業も3万社を超えています。昨年の日本車の新車販売台数も、日本国内より中国国内が多いのです。日本経済は、近年の中国の経済成長に助けられてきたと言っても過言ではありません。
ここ10年間の日中間の関係改善の取り組みについても、日中は話し合うことで問題の解決に努めてきました。現在は、話し合わなくなったことで、対立が深まっています。
尖閣領土対立も両国間で乗り越えた
最大の懸案だった2010年来の尖閣諸島問題についても、話し合いを通して乗り越えた。そのことを再確認したいと思います。
日中関係は、10年の尖閣諸島での中国漁船の海上保安庁船への衝突事件を契機に、極めて厳しい関係が続きました。
その中で、日中経済関係の相互依存性を重視する経済界や従来の自民党政治家を含む保守側の後押しもあり、14年11月10日の北京でのAPEC首脳会議直前に日中事務レベルで4項目合意をすることができました。
14年11月に安倍首相と習近平主席の首脳会談が実現し、その後も機会あるごとに首脳会談が続き、18年5月の李克強総理の国賓来日が実現し、18年10月25日~27日の安倍総理訪中へとつながって、10年以来のさまざまな懸案事項の解決に向けた31項目の合意がされました。わずか5年前のことです。
31項目合意の内容は、例えば19年から5年間で3万人の青少年交流を推進することや、①政治的相互信頼の醸成・3件、②海洋・安全保障分野における協力及び信頼醸成・8件、③経済分野等における実務協力の推進・12件、④対中ODAに代わる新たな協力・2件、⑤国民交流の促進・領事分野の協力・5件、⑥地域・国際情勢・1件です。
しかし、トランプ米政権が仕掛けた米中貿易摩擦問題が起こり、日中関係改善の取り組みも、米政権に忖度してストップしてしまいました。その後の新型コロナウイルス感染症によるパンデミックが、人的交流をストップさせました。
18年10月の安倍訪中での日中合意の案件の多くがストップしていますが、「2018年10月の安倍訪中合意」は消えたわけではなく、事務レベルでの日中の話し合いは続いています。
日中が歩み寄った14年の4項目合意は、翌15年の戦後70年に発表された安倍政権の「戦後70年談話」にも反映されています。
1995年の「村山首相談話」を引き継ぎ、日本政府として、日本の起こした戦争を振り返り、戦争を否定し、東南アジアの国々や韓国、中国など隣国のアジアの人々の苦難の歴史を胸に刻み、地域の平和と繁栄のために力を尽くす決意を、安倍政権としても表明しています。
この「戦後70年談話」と比べても、昨年12月の岸田政権の「安保3文書」が、いかに日本の戦後の歩みから外れたものであるかが、分かります。
米軍が「台湾有事」の
危機感をつくり上げた
一方、尖閣問題を契機に対立してきた日中関係が和解に向かうことに反対し、日中合意を一番に嫌ったのは米軍と米政権だったのです。バイデン政権でも変わりません。
今日、わが国に充満する「台湾有事」の危機感は、デービッドソン司令官(当時)が2021年3月9日の上院軍事委員会で「軍事的不均衡によって、中国が一方的な現状変更をめざすリスクが高まっている。今後6年以内に中国が台湾に軍事攻撃を仕掛ける恐れの認識を示した」と証言したことに端を発しています。
私は、このデービッドソン司令官(当時)の証言が、国会論戦や国内マスコミを通してどのように浸透したかを調査しました。
国会の本会議や各種委員会などでの発言に「台湾有事」の言葉が出現した回数は15年の安倍政権の安保法制審議の通常国会で5回、その時以外は年に1回程度でしたが、21年には32件の発言があり72回「台湾有事」が使用され、22年は101回の発言で251回「台湾有事」が使用されました。今年23年は6月22日までに66回の発言で204回「台湾有事」の言葉が使われました。
朝日新聞や読売新聞、NHKでも同様に、21年~23年に「台湾有事」が拡散されました。朝日新聞では、21年37件、22年108件、23年63件、読売新聞では、21年58件、22年205件、23年123件、NHKでは、21年17件、22年53件、23年31件でした(23年は6月22日までの件数)。
このようにわが国で「台湾有事」が使用されたのは、この2、3年のことです。「事実」としてではなく、米軍戦略の用語として使われ始めたのです。「台湾有事」では、南西諸島の特に先島地区も攻撃される可能性を前提に、南西諸島での自衛隊基地建設や自衛隊による離島奪還訓練などの根拠にされ、マスコミを通しても拡散された。そのために、「仮想現実」としての「台湾有事」が一般国民にとっての「現実の危機」として浸透していったのです。そうして日本で「台湾有事」への危機感が充満する中、岸田政権の「安保3文書」が検討・策定されていったと言えます。
急速に進む自衛隊配備強化
沖縄では、沖縄県民の反対を無視して、辺野古新基地建設に加えて県内各地での自衛隊基地建設など、際限のない軍事基地強化が続いています。
特にここ数年、顕著なのは、南西諸島における自衛隊基地建設です。2016年度~22年度までの6年間で奄美諸島から沖縄本島、宮古島、石垣島、与那国島までの島々に航空自衛隊の監視基地や陸上自衛隊の地対艦ミサイル部隊、地対空ミサイル部隊、警備部隊の駐屯基地が建設され、既存の空自部隊への航空部隊追加配備や地対空ミサイル配備などが行われています。6年間で15の陸自部隊と4空自部隊が配備されました。
23年度以降も新たな部隊配備に向けた自衛隊建設計画が与那国島や沖縄本島の沖縄市での弾薬庫建設や、うるま市勝連駐屯地への地対艦ミサイル部隊配備、北大東島へのレーダー部隊配備基地などの部隊配備や基地建設が発表されており、沖縄本島や宮古島、石垣島などへの新たな自衛隊基地建設計画が続いています。このような一連の自衛隊基地建設の動きが、「台湾有事」に向けた米軍戦略と連動するものであることは、明らかです。
日米の軍事一体化も
南西諸島での自衛隊基地建設計画の6年間を通して日米の軍事的一体化は強化され、毎年の日米外務・防衛閣僚2プラス2協議のたびに米軍の新たな軍事戦略に対応する合意がなされ、米軍が想定する「台湾有事」に対応する日米演習が沖縄でも行われるようになりました。
2022年1月の日米2プラス2協議で合意された「台湾有事」の日米共同作戦計画に沿って、22年10月には陸自と海兵隊の遠征前方基地作戦(EABO)訓練「不屈の龍レゾリュート・ドラゴン22」が北海道・上富良野演習場や矢臼別演習場で行われ、11月には日米共同統合演習「キーン・ソード23」が、日米合わせて約370機の航空機と艦艇30隻を使用して、自衛隊約2万6千人、米軍約1万人が参加し、沖縄県・北大東島射爆場での精密誘導弾、ロケット砲、艦砲射撃や、与那国島を含めた県内の自衛隊基地と米軍基地で実施されました。
さらに23年2月~3月には、陸自水陸機動団と米軍による離島奪還の日米共同訓練「アイアン・フィスト23」が大分県・日出生台演習場や鹿児島県・喜界島、徳之島、沖縄県・宜野座村や金武町ブルービーチなどで行われました。
「台湾有事」に向けた
米軍戦略
南西諸島での自衛隊基地建設は、防衛省においては尖閣防衛を理由にして進められてきましたが、米軍おいては当初から「台湾有事」に向けた米軍戦略として発案された経過があります。米国は、尖閣諸島を日本の領土と認めておらず、尖閣問題に言及することなく、あくまで「台湾有事」戦略として自衛隊を利用しようとしています。
米軍が「台湾有事」での台湾防衛に戦略転換したのは2012年ごろです。
それ以前、米軍は中国本土を攻撃して勝つ戦略である「エアシーバトル」戦略を基本にして、米中戦争の過程では、中国軍による先制攻撃が前方展開基地である日本各地の米軍基地に対して行われるとする「ヤマサクラ」という指揮所演習を2年ごとに日本各地で行っていました。それは、日本全体が戦場となり、米軍は北海道からミサイル部隊を入れて、日本国内を徐々に回復するもので、沖縄まで制空・制海権を回復した後、中国本土を攻撃して勝利するものでした。
第1列島線を守る「オフショアコントロール戦略」
しかし、1990年~2010年までの中国の2桁成長に対し、アメリカはリーマン・ショックによる経済停滞とイラク戦争とアフガニスタン戦争による財政負担で、経済成長が低迷し、米軍が中国軍に簡単に勝利する見通しがなくなりました。加えて、中国の核戦力が大きくなったために、核戦争への危険が生じました。そのために、台湾を含む韓国・日本・フィリピンの第1列島線の権益を守ることを主眼にして米国の同盟国に中国と対峙させて戦わせるという「オフショア戦略」に転換しました。
米海軍関係誌(Proceedings)に「アメリカ流非対称戦争」という論文として提起されていますが、日中対立を利用して、南西諸島に自衛隊の地対艦ミサイル部隊を配備させて制限戦争を行わせるというものです。韓国と日本、フィリピンに呼び掛けたようですが、加わったのは日本だけです。
「専守防衛」を大転換
させた「安保3文書」
岸田政権は、2023年12月16日に「安保3文書と5年間43兆円の大軍拡」の閣議決定をしました。その内容は、日本国憲法9条に基づく平和主義、すなわち「専守防衛」を否定するものです。GDP比2%をめざす今回の5年間43兆円の防衛予算は、周辺国のミサイル発射基地や航空基地、ミサイル搭載艦および中枢施設を攻撃する長射程ミサイルの開発と配備に多くの予算が充てられます。
安保3文書の一つの「防衛力整備計画」では、25年度までに地上発射型、26年度までに艦艇発射型、28年度までに航空機発射型のミサイル開発完了をめざし、量産体制を確立するとしています。10年後までには先進的な長距離射程ミサイル運用能力の獲得とミサイルの十分な数量の確保をめざすとしています。
イージス艦には米国製巡航ミサイル「トマホーク」を早期に購入取得して配備する予定です。わが国は、これまで日本国憲法9条の「戦争の放棄」を根拠に、敵基地攻撃をする装備を持たないことを方針としてきました。岸田政権は、これを180度転換させて、周辺諸国を日本国内からいつでもミサイル攻撃できるようにするのです。
戦争を避ける選択肢がない
今回の「安保3文書」と「5年間43兆円大軍拡」の最大の欠陥は、「戦争をする準備」しかないことです。「戦争を避ける」という選択肢がないのです。
その大きな理由は、「安保3文書」がわが国を守るためのものではなく、米軍の対中国戦略に基づいて日米同盟の最前線で自衛隊が中国軍と戦うための準備に必要な取り組みになっているからです。
安保3文書の一つに「国家安全保障戦略」があります。2013年の国家安全保障戦略では分け隔てのない「外交」の記述でしたが、22年では軍事や防衛、国際秩序など安全保障を重視する同盟国や同志国との「外交」になっています。
「台湾有事」も米軍が想定する戦争計画であり、台湾に侵攻する中国軍を想定して自衛隊に攻撃させるものです。自民党の一部には、台湾防衛を声高に叫ぶ方もいますが、日本を戦争に巻き込む危険なものです。
岸田政権の暴挙は、「沖縄が再び戦場になるのではないか」との大きな危機感を沖縄県民にもたらしています。岸田軍拡と安保3文書に抗議する動きが、労働団体や政党・民主団体の平和集会や平和行進だけでなく、県内の市民団体や若者たちを含む有志の方々による取り組みとしても広がっています。
沖縄から、沖縄や台湾、日本を戦場にしようとする米軍戦略にNO!を突きつけて、絶対に二度と戦争を起こさせないために声を大きく上げていきます。
(見出しは編集部)