韓国で進む先進的な農政 日本でも地方からうねりが

山田 正彦・元農林水産大臣に聞く

FTAのどん底から立ち上がる韓国

 私はこの4月、韓国を訪れ同国の農協中央会によるワークショップに参加しました。

 会場には全国の単協組合長らが1400人も詰め掛け、すごい熱気のなか討論が行われました。
 特に印象に残ったのはキム・ビョンウォン会長の熱意が込められた講演です。韓国では今年1月に韓米FTAが発効し、農業分野へのダメージが懸念されています。しかし、キム会長は映画にもなった「ハドソン川の奇跡」での遭難機を例に、「あなた方組合長はその機長であり、クルーである農業を立て直さなくてはいけない」と呼びかけました。そして、「農協の目的は組合員の所得を増やすことが第一。そしてその組合の利益は農民に還元しなければならない」と何度も力説します。
 こうしたキム会長のリーダーシップにより、中央会はこの1年で農業資材の価格を40%下げて、さらに物によってはもう10%下げると約束しました。また、農民がトラクターなどの農機具を購入するために多額の債務に苦しんでいるのを見かね、中央会から単協に拠出して農機具を買い、それを無償で農家に貸し出す制度もスタートさせました。こうしたかいあって、農家所得も伸び、2020年には目標である農家所得を500万円まで拡大できるというのです。
 キム会長は就任以降の約3年、毎週末には全国の農村を回りながら、農家とひざを突き合わせて話し合い、その数は600回にも及び、その距離は地球6周半というから驚きです。
 私は昨年秋、来日したキム会長から韓国憲法に農業の環境保全に対する公的役割を明記することを求める署名がわずか1カ月で100万筆(韓国人口の約2%)も集まったということを聞きました。そして、私が菅民主党政権時代に農林水産大臣として実現した戸別所得補償制度を、ぜひ韓国で実現して食料自給率を60%まで伸ばしたいと熱く語っていたことを覚えています。
 ひるがえって日本ではどうでしょうか。
 日本の農協は残念ながら安倍政権の「規制改革推進会議」などによって、解体されようとしています。また、戸別所得補償制度も廃止されてしまいました。今年1月には環太平洋連携協定(TPP)が発効してわずか1カ月で牛肉だけでも輸入量は1・5倍と急増し、日欧経済連携協定(EPA)も2月に発効し、豚肉だけでも5割、乳製品で3割もの輸入激増です。
 そして、いよいよ日本とアメリカの貿易協定協議が始まります。これはまさに日米自由貿易協定(FTA)にほかなりません。安倍政権は「物品貿易協定」(TAG)交渉だと強弁していますが、アメリカ側は繰り返し「FTA交渉だ」と言っています。このままでは自給率は20%さえ切りかねません。農林水産物については譲れるだけ譲るというのが霞が関と官邸の意向です。
 一方、韓国は韓米FTAのどん底から立ち上がろうとしています。
 日本の農協も今一度、協同組合の理念に立ち戻って、企業ための利益を追う農業ではなく、農民、消費者の利益のために一丸となって頑張る時です。

韓国水産物輸入制限措置 WTO敗訴
日本は「世界に負けた」

 世界貿易機関(WTO)は4月11日、韓国による福島県を中心とした東北・関東地方産の水産物の輸入制限措置に対する日本の提訴について、韓国の措置を違法とした一審パネルの判断を覆し、日本の請求を退ける決定をしました。これで日本の敗訴が確定しました。
 私はこの判決について、自由貿易を促進してきたWTOが人間の生命、健康に配慮して、自由貿易を初めて制限した画期的なものだと思います。
 しかし、ほとんどのマスコミはまるで日韓両国間だけで争われ、日本が敗訴したかのように報じています。しかし、事実は違います。
 韓国と同様に日本の水産物について輸入制限をしている国は、現在22カ国あります。アメリカも韓国とほぼ同水準の広範囲の輸入規制をかけています。
 実はWTOの紛争解決制度には、第三国の参加制度があって、利害関係を有する第三国は、他国間の紛争解決手続きに参加することができます。紛争解決手続きで争われているのと同様の規制をしている国は、他の国の間の紛争であっても、自国の規制の適法性を認めさせるため、他国間の紛争解決手続きに参加できるようになっているのです。だから、アメリカや中国、欧州連合(EU)、インドなどもこのケースに第三国でありながら参加しているのです。
 ですから、日本は韓国に負けただけでなく、これらの国々と争って負けたと言っていいのです。「世界に負けた」のです。

種子条例の動き次々と

 昨年4月に主要農作物種子法(種子法)が廃止されましたが、種子条例をすでに制定した山形、埼玉、新潟、富山、兵庫の5県に加え、今年3月までに北海道、福井県、宮崎県、岐阜県で種子条例を制定して、9の道県で種子法に代わる種子条例が制定されることになります。これに続く形で、長野県が6月、宮城県が9月に県議会で制定の予定です。それ以外にも鳥取県、栃木県、岩手県、茨城県、福岡県などかなりの県が検討しているので、今年中に20県まで迫る勢いになってきました。
 条例が制定されれば法的拘束力をもつ最高規範になります。また、県によってはコメ、麦、大豆だけでなく地域独自の小豆、そば、伝統野菜なども条例に加えています。さらに予算措置を義務付け、優良品種の育種権は県の財産として民間企業にみだりに渡さない工夫も見られます。条例化された県ではモンサントなどではなく、公共の安価な伝統的な固定種を入手できます。
 こうした地方における条例化には自民党も賛成して成立しています。また今年4月の統一地方選の一つとして行われた島根県知事選では新たな種子法の復活をめざして2万人もの署名を集めたJA島根が「保守分裂」の選挙を闘い勝利しました。こうした地方における動きを無視できず、野党が国会に提出した種子法の復活法案(現在継続審議中)に対し、自民党も審議に応じています。
 もうこの動きは止められません。地方から日本の政治を変える動きが今できつつあります。